1-7 リンゴとワイン

「ここは人も寄り付かねえ格好の場所だ。取引には持ってこいだろ。お前に運びをやらせて、この家で売っぱらってたんだよ」


「そんな・・・」


「だが今日でお前のお役目も終わりだ。ばあさんが取引をためるって言い出すんだからな!」


「だから殺したの・・・?答えて!なぜおばあちゃんは麻薬なんか!」


「ばあさんや街の人間を食わねえ代わりにちょっと商売させただけだ。俺たちは考えた。お互いが得するビジネスをな。ばあさんは身の安全。俺たちは薬をいただくってわけさ」


「こんな森、もうとっくに汚れてるわ・・・」


「お前のばあちゃんは言ったよ。『もう取引はしない。そんなことまでして守る自然なら必要ない。これ以上アマンダにこんなことはさせられない』とね。誰が困るって、狼とお前の母親だよ」


「お母さんが・・・?」


「誰がリンゴとワインを用意したと思う?全部お前の母親さ!依頼主から金をもらって、お前に運ばせてたんだよ!」


狼はいかにも面白そうに笑い転げた。


「俺らだって悲しいんだぜ。森を奪われ、ろくな餌にもありつけず腹空かせて歩き回る。なあ。人間が何をしたか知らねえだろ。お前がずっと何してたか知らねえだろ!」


声を荒げる狼に、アマンダは震え上がった。


「いいだろちょっとくれえ人間利用したってよ。お前も共犯だぜ」


「この森であなたたち狼は生活できないの?」


「残念ながらここにも食料がないんでね。それで国から薬と少ねえ食料をもらう代わりに俺らは夜通し働いてんだよ!!」


「働く・・・?」


「おっと・・・これ以上は守秘義務があるんでね。話はここまでだ」


狼はアマンダの顎をつまみ、さらに言い寄った。


「仲間になれば生かしてやる」


「私は・・・そんな大人になんか、ならない・・・!」


「そうか。それなら仕方ない。最後に味わって食べてやるよ」


狼はアマンダの頭巾を縛る紐をほどいた。狼の蒸気した顔と大きな口から出るよだれに、アマンダは吐き気がした。狼はみるみるうちに、アマンダの赤ずきんの紐を緩めてゆく。アマンダは恐怖のあまり一歩も動けない。もうダメだと思ったその時だった。


「パキュン!」


「クゥーン・・・」


鋭い銃声とともに、狼は甲高い唸り声を上げ、倒れた。


「大丈夫かい?アマンダ」


「猟師のおじさん・・・!」


アマンダは緊張が解け、安心して猟師に抱きついた。猟師のベストには血が付いており、獣の臭いがした。


「怖かった・・・!ありがとう!」


ホッとして顔を上げると、猟師はアマンダの乱れた服を見た。そして露出している肩に触れ、さらに強く抱きしめた。アマンダは変な違和感がした。猟師はさっきの狼と同じ表情をしていたのだ。こちらを見つめる卑しい眼差し・・・。猟師は次に裂かれたリンゴと飛び散る粉を見つめ、小さな声で呟いた。


「これじゃ使い物にならねえな」


猟師はアマンダに聞かれたと思い、とっさに彼女を見た。


「おじさん。この狼、本当にもう動かない?」


アマンダは聞こえていないふりをした。猟師はホッとして笑った。


「ああ。心配なら、もう一度撃とうか?」


「おじさん、それ、私がやってもいい?おばあちゃんを目の前で殺されたの・・・。私、この狼に仕返ししないと気が済まないわ」


アマンダは泣き出した。さすがの猟師も、目の前で実の祖母を殺されたのを哀れんだ。そして、アマンダは潤んだ瞳で猟師を見た。猟師はその可愛らしい泣き顔を見て、そっと銃を渡した。


「いいかい?一度だけだよ。君はまだ子どもなんだから」


「ありがとう・・・!」


アマンダは満面の笑みで猟師から銃を受け取り、そして・・・。


「うっ」


間髪入れず猟師に向かって発砲した。猟師は床に倒れこんだ。


「このアマ・・・!」


「あーあ外れちゃったわね。今度は一度で仕留めないと」


アマンダは猟師の体にまたがり、頬杖をついた。


「おじさん、私分からないわ。まだ子どもだから、ズルい大人の気持ちなんて。だけど教えてくれてありがとう」


アマンダはそう言って、猟師に止めを刺した。猟師の息がないのを確かめると、アマンダは撃鉄を引いた。そして銃口を狼に向けた。


「まだ生きてるでしょ。動けないみたいだけど」


「・・・!」


狼はアマンダの声掛けに、思わず目を開いた。彼女の言う通り、意識はあるがとても起き上がることはできなかった。


「私に銃の使い方を教えたら見逃してあげる」


「ふざけんなガキが・・・」


「獣臭いわ、この猟師。ここまで来るのにあなたのお仲間も一通り殺してきたんじゃないかしら」


「クソ・・・」


「やっぱり一緒に働かせて?なんていう組織なの?私も大人になりたいの」

アマンダは猟師のベストから回復薬を取り出し、狼の前でちらつかせた。狼の目の前で瞳を丸くさせた。そして、甘い声で囁く。


「お願い、狼さん・・・」


狼は頰を赤く染め、しぶしぶ話し出した。


「・・・アスタニカ直下のマフィアだ。都市開発で住処を去る代わりに狼は仕事を与えられた・・・」


「そう・・・。それだけ分かれば十分よ」


アマンダはそう言うと、狼の口の中に銃口を入れた。狼は驚きのあまり声を失った。


「教えて欲しいって言ったけど、やっぱり大丈夫。私、素質あるみたい」


アマンダはそう言って猟師を見た。狼は猟師の姿を見て息を呑んだ。最後に撃った弾は、猟師の心臓を綺麗に射抜いていたのだ。


「ふふ。さっき撃たれた時の狼さんの声、とっても可愛かったわ。もう一度鳴いてくれる?」


「た・・・たすけてくれ!」


「ありがとう、立派な大人にしてくれて」


アマンダはその言葉を最後に引き金を引いた。既に体力の限界だった狼は、音もなく静かに息を引き取った。


「なによ。鳴かないじゃない。回復させてから撃てば鳴いたのかしら」

その時の彼女は、今までで一番冷たい顔だった。


 アマンダはタンスに隠されていた銃と麻薬を一通り持ち出し、家を出た。家の周辺には狼の死体が無数に転がっている。


「あーあ、みんな死んじゃった・・・。でもいいわ。狼はまだたくさんいるものね」


アマンダは空を見上げ、涙を流した。


「仲良くなるのは、難しいわね」


 アマンダは話し終えると、一息ついた。


「・・・なんてことがあって、狼をかたっぱしから殺していくうちに、彼らの方から降伏してきたわ。ね!びっくりした?これが本当のめでたしめでたし!」


「・・・・・」


ラピスは真っ青な顔で震えている。一方レインは、出された紅茶をたしなんでいた。


「なるほど。それで味方になったのか・・・」


「お前冷静すぎるだろ!!」


「ふふ、こんな話、坊やにはまだ早かったかしら?でも安心して。誰も知らない街への近道を教えてあげる。追ってが心配でしょ?」


「今回は手を借りよう。だが次はない」


「あら、私も同じよ。せいぜい組織に呪われなさい」


「はは・・・女の子同士って難しいんだな・・・」


「気にするな。こうやって女の子は仲良くなるんだ」


「そうそう、殴り合って絆を深めるのよね」


「じゃあな!アマンダ」


「ええ。気をつけて」


アマンダは優しく微笑んだ。レインは目を細めてアマンダを見ると、まっすぐと前を向いて歩き出した。


 アマンダは水晶を取り出し、呪文をかけた。そして水晶に向かって話しかけた。


「ターゲットは予定通りリスタンへ進行中。森で仕留める?」


「いや、いい。つかの間の自由を満喫させてやろう」


「あら優しいのね」


「じっくり泳がせるさ。じきに気が変わる」


アマンダは話し終えると水晶を懐に戻し、ふっと笑った。


「どうかしらね。伯爵より魅力的なボーイが一緒みたいだけど。ま、伯爵なら負けないはずないわよね」

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