1-6 昔話といきましょう
しばらく打ち合いが続いた。
「街まで案内してくれんだろ!」
「状況が変わった。こんな場所で手間取るくらいならお前を切り捨てて逃げるさ」
「お前やっぱおもしれえな!仲間になれよ!」
「いや口説くタイミング!!」
「ありゃ。今じゃねえのか。サリさんも言ってた通り女って難しいな」
「ちょっと!あんたら人の弾で打ち合ってんじゃないわよ!!!」
一人置いてけぼりのアマンダは盛大にツッコミを入れた。
「お前も来いよ!」
ラピスはそう言って、今度はアマンダに向かって弾丸を跳ね返した。
「ってちょっと!!誰に向かって打ってんのよ!!!」
弾丸はアマンダの真横を通り過ぎた。その時、彼女は焦った。なぜなら、ヒートアップするラピスとレインの打ち合いを前に、こちらも沢山発砲したからだ。結果的に、跳ね返る弾が増えただけだった。
「俺はビリヤードなんてやったこともねえし、頭使うのも苦手だ!あとは運に任せて、オラよっ!!」
「カッキーン!」
ラピスが勢いよく跳ね返した弾は、杉の木によってさらに跳ねてゆく。そしてその弾丸はまっすぐとアマンダの元へ向かい、彼女のピストルの銃口に突っ込んだ。
「ひいいっ!」
アマンダが反射的に手を放した時には、彼女愛用のピストルは完全に砕けてしまっていた。
「まだやるか?球遊び」
ラピスは近寄り、楽しそうな声で話しかけた。アマンダは目をぐるぐるまわし、白旗を挙げた。
「ううう・・・腰が抜けて立てない」
「ほら」
ラピスが手を差し出すと、アマンダは素直にその手を取った。
「負けを認めるわ」
レインは剣を鞘に収めた。
「フュー・・・」
アマンダは口笛を鳴らした。すると、みるみるうちに、アマンダの周りに狼の群れが集まってきた。
「嘘だろ・・・」
ラピスは唖然とした。
「昔話といきましょう。狼たち、案内して」
「アオーン!へへ、こっちですぜ」
「舌出しながら話すのやめて。汚い」
「クゥーン」
「・・・なんかこの狼飼い慣らされてんな。でも最初に出てきた狼は・・・」
「ふふ、たまにいるのよ。私の手から逃れようとする不届き者が」
アマンダはにっこりと笑い、ラピスはにんまりと笑顔を返した。
「ここは私のアジト。狼たちに守られているから安心して」
「さてと、どこから話しましょうか・・・。
私はもともと、リスタンで母と二人で暮らしていたの。おばあちゃんはこの森の奥で住んでいて、たまに会いに行っていたのよ。
でもいつからか、森に狼の群れが住み着き始めたの。本来ならもっと北の、人も寄り付かない場所で生活していたはずなんだけどね」
「トーダの森か。アスタニカ王国再建のため、森を切り開いてできたのがリスタンだったな。
「ええ。人間と狼は別々の場所で暮らしていたのに、餌がなくなったのね。それでこの森まで降りてきたの」
「狼も大変だったんだな」
「・・・まあね。おばあちゃんの家に行くまでは童話通りよ。十二歳の頃だった。
おばあちゃんの家にリンゴとワインを持ってお使いに行く途中、狼にそそのかされておばあちゃんの家への道を話したわ。それからは・・・」
アマンダがおばあちゃんの家に着くと、出てきたのはいつもと違った様子のおばあちゃんだった。背も高く、がっしりとした身体付きだ。
「ねえおばあちゃん、どうしてそんなに狼なの?」
「・・・えらい率直に聞く子だね」
「でも私が気にしてるのはその口臭よ。まるで腐った血肉を貪り食ったみたいな臭いだわ・・・」
「優しいのか優しくないのか分からない言い方だね。それと女の子が『貪り食った』なんて言葉使うんじゃないよ」
「分かったわ。『食い散らかした』って言うわね」
「表現がさらに汚らしくなったね」
「狼さんの毛ほどじゃないわよ。毎日ちゃんとお風呂に入ってるの?」
アマンダはにっこりと笑った。
「トレーニングに夢中になるとつい時間を忘れてしまってね」
「背がとっても高いのね」
「人は七十を過ぎてからが成長期なんだよ」
「それなら私もあと六十年もすれば追いつくわね」
「その時には私がいないのが悲しいね」
おばあちゃんに扮した狼は、もうすでにバレていると思ったが、アマンダは全く気にしていない様子だった。
アマンダはいつものように、お遣いの品をテーブルに置き、椅子に腰掛けた。
「ねえ狼さん、リンゴ食べたいな」
「これはダメだよ。せっかく赤ずきんが持ってきてくれたんじゃないか。明日ゆっくりいただくことにするよ」
「そっか!いろんなワイン持ってるんだね」
「興味があるなら、飲んでみるかい?」
「でも、大人にならなきゃ飲んじゃダメって」
「いいかい?これを飲んで、みんな大人になるんだよ。赤ずきんはもう12だろう?街の子どもだって、みんな飲んでるさ」
「そうなのね・・・。じゃあ、少しだけ・・・」
赤ずきんはそう言うと、グラスを持ち、少しだけ液体を舐めた。
「へんな味がするのね。まるでヨボヨボのおばあさんから搾り取った血のようよ」
「当たり前だよ。これはお前のおばあさんの血なんだから」
「え・・・?」
アマンダは手を滑らせ、コップを落とした。床に赤い液体が広がった。その色を見て、アマンダはめまいがした。狼は着ていたおばあちゃんの服を脱ぎ、姿を現した。彼女が恐怖で動けずにいると、狼は笑った。
「今日も運び屋ご苦労さん」
「なんの・・・こと?」
「いつも決まってワインとリンゴを持ってきているだろ。ワインはドラキュラにまわす鮮血だ。そしてリンゴは・・・」
狼は鋭い爪でリンゴを真っ二つに裂いた。すると中から、大量の白い粉が飛び散った。
「赤ずきんも一緒に使ってみるかい?」
「いらない!なにもいらないわ」
「可愛らしい赤ずきん。大人の言うことをちゃんと聞いて、いつも同じ道を通って、赤い頭巾をつけて。それが何かも知らない、密売人の赤ずきん」
狼は不気味な顔で笑った。
「その頭巾には加護の魔法が編み込まれている。ここまでいつも安全にたどり着けるのはそのおかげさ」
「どういうこと・・・?」
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