1-2 道案内
「次の依頼は1億だってよ」
「・・・・・」
「なんだよレイン、乗らねえなあ」
薄暗い部屋に、一灯の光が灯っている。
そこには、椅子に腰掛ける男と、扉の前で腕を組む女がいた。
女の名はレイン。水色の髪をポニーテールに結んでいる。切れ長の瞳に鼻筋は通っており、いわゆる美人の類に入る女性だ。
彼女は世界最大と呼ばれるのマフィア組織の一員、殺し屋だった。
ノースリーブの白いシャツに、形のいい大きな胸。細身で動きやすそうな黒のパンツ。その腰には、桜柄のスカーフを巻いている。
細長く綺麗な手は、上質な漆黒のグローブに包まれ、背中には一本の長い剣が装備されていた。
レインは一向に黙っている。
男はそれが気に障ったのか、近くにあった椅子を蹴り上げ、彼女の真横に勢いよくぶつけた。
しかし彼女は動じず、男を睨みつける。
そして、芯の通った声で言い放った。
「私はもう、罪なき者は殺さない」
「てめえ」
男は鋭い殺気を放ち、女を睨みつけた。
男はデュークという、殺し屋組織の幹部だ。
黒のジャケットを身に纏い、しなやかな黒髪で、額にグレーのターバンを巻いている。
レインの方が立場は下だが、彼女は敵意をむき出しにして言い放った。
「私はもう誰の指図も受けない」
その言葉を最後に、彼女は黒煙と共に姿を消した。
「逃げたか。まあいい。少しは猶予を与えてやろう。捕まるのも時間の問題だがな」
デュークは冷酷な笑みを浮かべた。
小屋から逃げ出したレインは、この後の逃走フローを考えた。
(まずはリスタンに行き、物資を調達する。
リスタンはこの辺りで一番大きな街だ。
追っ手が来るより先に着けば身を潜められるな・・・。
だがここは人が滅多に通らない山の中だ。単独行動は目立ちすぎる)
レインはそう思い、できるかぎり俊足で木々の間を走っていた。
すると、前方に人影が見えたので、瞬時に木々の中に身を隠した。
(まさか、もう追っ手が?私の行動を先読みして、近くにいる仲間を向かわせたというのか?
・・・見たところリスタンに向かって、ただ歩いているだけのようだな。
デュークの手下ではなさそうだ)
彼女は気づかれないよう、距離を取りながら追い抜いて突破することを決めた。
いつものように気配を消し、姿勢を低くしながら、木々の合間をくぐり抜ける。音を立てないよう進みつつ、通行人を分析する。
敵意は感じられない。しかしレインは気を抜くことなく、その者の横を通り過ぎた。彼女は少し安心して、またスピードアップして森を駆け抜けてゆく。
「お前、足速いんだな!」
「なっ‼︎」
レインの心臓がドクン!と音を立てた。
同時に、彼女の脳内に危険信号が駆け巡る。追い抜いたはずの人影が、忍びの俊足に着いてくるのだ。
しかもそいつは満面の笑みで話しかけてくる。あまりの気味の悪さに、レインはまるで死神にでも会ったかのような悪寒がした。
「だ、誰だお前は!」
状況から察するに、只者ではないことは明白だった。彼女は言わずと知れた殺し屋レイン。
(この抜け足の速さには、同業者もなかなかついてくることはできない。それなのに易々と着いてくるとは・・・。
相手は相当なレベルのはずだ)
「俺はラピス!旅人だ!」
ラピスは屈託のない笑顔でレインに話しかけた。
彼は友好の証として、できるだけフレンドリーに話しかけた。
・・・が、失敗だったようだ。
レインの思考回路は生存を賭けて、一気に駆け巡る。
隙を与える前に一撃で仕留めなければ、やられる!
そしてレインは背中の剣を抜こうとした。その時。
「なあ、道案内してくれよ!」
「な・・・・・。なんたること‼︎」
あろうことか、彼女は剣さえ抜けなかった。背中に伸ばした腕は、ラピスによって差し押さえられビクともしない。
レインは逃げ出そうにも、もはや素早さと力の圧倒的な差を感じてしまっていた。
既に脳が敗北を認めていたのだ。
彼女は腕が解放された瞬間、地面に膝をつき手を後ろに組んだ。
「自ら仕掛けておきながら、剣さえ抜けぬとは。剣士として恥ずべきこと」
殺されても悔いはない。彼女は本気で思った。圧倒的な力の差を前に、平伏す事しかできないのだから。自分の力に驕ったことを憂うあまり、彼女は顔も上げられなかったのだ。
「ここで私を殺せ。さもなくば好きにしろ」
しばらくの沈黙が続いた。あまりにもラピスが黙っているので、レインは改めてその面を見てみた。ポカン、とした顔を浮かべている。
(なんだこいつは…ムカつくほどのアホ面だ。
これ以上私を惨めな気持ちにさせて楽しんでいるのか?どこまでも性の悪い奴だな)
そして彼女は、ラピスの目を不思議そうに見た。雫に穴が空いたような、変な瞳孔をしている。
彼女は今まで多くの人を見てきたが、こんな眼光の人間には出会ったことがなかった。ますます怪しい、とラピスを睨みつけた。
「好きにしていいのか?なら、道案内してくんねえ?」
「は?」
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