1-3 赤ずきんの森
杉の木が茂る、深い森だった。歩いても歩いても景色は変わらない。ラピスは人里離れた高台の丘に住んでいたのだから、すぐに森を抜けられるはずもなかったのだ。
「お望み通りリスタンまでの抜け道を教えてやる」
「サンキュ!お前優しいんだな!」
「フン。脳内ハッピーすぎるだろお前」
レインは呆れ顔で笑った。殺し屋に向かって『優しい』だなんて。そもそも、知り合ったばかりの相手に心を許すとは、あまりにも無防備だ。
「で、名前は?」
「は?」
「名前くらい教えてくれよ!なんでもしてくれんだろ?」
「・・・名乗るほどの者ではない。確かになんでもするとは言ったが、余計な詮索はしないでくれ」
「へー。お前、どっから来たんだ?」
「人の話が聞けない奴だな。お前こそどこから来た。この森の抜け道も分からないいなんて、命知らずな旅人だな」
「俺はカイザの谷の、ずっと奥の丘から来たんだ!」
「あの渓谷に人が住んでいるなんて聞いたことないぞ」
「お前、頭良さそうな顔して、まだまだ知らないことだらけだな!」
「テメエ様は頭悪そうな顔して本当に頭が悪いくせに人には厳しいな」
レインが皮肉たっぷりにそう言うと、ラピスは大声で笑った。
「ははは!お前おもしれえな!仲間になれよ!」
「ならん!」
「はは!そっかそっか」
レインは『こんな奴に負けた』と言う事実を前に、打ちひしがれていた。
一方、ラピスとレインが森を歩く様子を、木の陰からじっと見つめる人物がいた。
「珍しい。男女が二人、この森を歩くなんて。男の方は右も左も分からないって感じね、可愛いわ。女は森に詳しそうね。足並みに迷いがない。でも・・・、この森に入ったからには逃がさないわ」
「おい、男」
「ラピスだ」
「お前」
「ラピスだ!」
「くっそムカつく野郎だな!いいさ呼べばいいんだろ!私はお前に負けたんだからな!言うよ!潔く!馬鹿ラピス様!」
「いや潔くねえし。負けたくせに態度でけえのな!」
「はあ・・・。ラピス、気をつけろ。さっきから火薬の残り香が・・・」
彼女は仕方なく名前で呼んだ。しかし、ラピスの反応がなく、不思議に思ったレインは彼を見た。すると、顔を赤くするラピスがいた。口が半開きでいかにも滑稽な表情だ。思わずレインは、プッと笑った。
「まさか呼ばれて喜んでるのか?」
「いざ呼ばれると緊張すんな・・・」
「はっ、何だ白々しい。
テメエ様は童貞でございますか?」
レインが冗談交じりでそう聞くと、ラピスは真顔で聞き返した。
「なんだそれ」
この時ばかりはレインもラピスを哀れんだ。
「あ、うん。もういいよ君。今のでもう確定したわうん」
「せ、世間知らずだと思ってんだろ!
仕方ねえじゃねえか。俺の全人生で、サリさんと兄貴以外、人と会ったのはお前が初めてなんだから」
「それが本当だとしたら相当やばいぞ」
「ああそうだよ。どうせ俺は何も知らない田舎者で」
「人生で3人目に会ったのがトップクラスの殺し屋なんてな」
「は・・・?」
「それに加えて、4人目も殺し屋とはな・・・」
「どういうことだ」
「伏せろ!」
レインはラピスの肩を思いっきり地面に叩きつけた。その瞬間、鉄砲の音が辺りに響き渡った。ラピスの頭上を弾丸が駆け抜けたのだ。
レインは伏せたまま、ラピスにささやいた。
「スナイパーがいる。かなり遠くから狙ってきた。相当の腕っ節だぞ」
さすがのラピスも、驚いて目を見開いた。
「着いて来い」
「そ、そんな奴から逃げれんのかよ」
「できるかどうかじゃない。
リスタンまで案内してほしいんだろ?必ず成し遂げる」
レインはそう言って、辺りを見回した。ラピスは彼女の芯の通った言葉に、ニッ、っと笑った。
レインは考えを巡らせた。
(相手はスナイパー。接近戦はしたくないはずだ。なんとかして距離を詰める・・・!)
すると、木々の間から狼が現れ、ラピスたちに向かって走って来た。
ラピスはとっさに攻撃しようと思ったが、狼は焦った様子で話し出した。
「お、お前たち!早く逃げるんだ!」
「はあ?なんでお前が」
「奴が来る・・・!」
「パキュン!」
銃の音とともに、目の前の狼は倒れた。
「おい!お前!」
「赤ずきんが・・・来る・・・」
悶えながらそう口にすると、狼は息を引き取った。
「赤ずきん・・・?」
ラピスは目の前で人が死んだ驚きで、立ちすくんでいた。レインがすぐさまラピスの手を引く。
「ラピス、こっちだ!」
「さっきの奴はなんで・・・!」
「この辺りに潜む狼だろう」
「俺たちを助けようとして・・・?」
「分からない。だが、相手があいつとは・・・。少々まずいことになった」
「誰だよ、いきなり人を殺すような奴は・・・!」
「さっき言われただろ!そいつは!」
ラピスは何かに狙われているような気がして、思わず大きな木にもたれた。そして次の瞬間、何者かがラピスめがけ、思いっきり突っ込んできた。
「ドーン!」
気づけばラピスの真横に手があった。目の前に少女がいたのだ。その頬は柔らかなカーブを描いており、小さな唇に翡翠色の丸い瞳が可愛らしい。ミルクブラウンのウェーブがかったショトヘア。血色の良い肌に、極めつけは真っ赤な頭巾。
「これはなんて言うのかしら?壁じゃないから、杉ドン?それじゃ変?」
突然現れた少女。ラピスは目を丸くして言った。
「ネーミングセンス、無・・・」
少女はムッとして、さらに腕に力を込めた。木がミシミシと音を立てる。
ラピスが気づいた時には、杉の木は折れ、近くの木に勢いよくぶつかった。けたたましい音が森に響く。
「じゃあ『杉ドーン!』ね?」
にっこりと笑う少女は、その容姿の可愛らしさと裏腹に、おぞましい怪力の持ち主だった。
「赤・・・ずきん?」
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