SKY OF GLORY

和泉ハル

Jewel Weapon Ruby

冒険の始まり

1-1 旅立ちの朝


【プロローグ】


「なあラピス。


SKY OF GLORY《栄光の空》 って知ってるか?」


「なんだそれ!」


「その空を見た時、世界が平和になるんだ!


いつか一緒に見よう!」



 広大な草原に、小さな家がポツリと立っていた。


家の前で少年ラピスは空を見上げている。


無造作にハネたこげ茶の髪。白いランニングシャツに青のジレ、黒のズボンを履いた、見たところ特徴のない少年だ。


でも一つだけ。


ラピスの瞳孔は、雫に丸い穴が空いたような、不思議な形をしているのだった。


彼は一息つくと、小さな声で呟いた。


「行ってきます」


「待ちな!」


扉を勢いよく開ける音と共に、大きな声が響いた。


「ど・こ・に、行くって?」


ギクッとして振り返ると、そこには鬼のような形相で睨みつける女性がいた。


彼女の名はサリ。木綿の白いパジャマ姿に、黄緑の長い髪を下ろしている。


目つきは鋭いが、普段はとても温厚なラピスの親代わりだ。


「ウォ、ウォーキングっすよ!」


「ああウォーキングね。朝早くからご苦労さん」


サリは感心した様子で笑った。


とっさについた嘘だがなんとか騙せたと、ラピスはホッとした。


「どうしてっ」


「えっ・・・」


サリは突然泣き出した。


「どうしてあんたたち兄弟は何も言わずに出て行こうとするの!?」


ラピスは動揺を隠せなかった。まさか今日家を出ることがバレていたなんて。


「サリさん!?サリさん泣かないで!」


「ひっく・・・。涙が・・・・・・、出ない」


サリは茶目っ気たっぷりに舌を出してウインクしてみせた。


「いやなんでだよ!ここ泣くところ‼︎そしてなにその顔‼︎」


「泣く…ですって?どうして私が泣かなきゃいけないのよ!」


サリは再び鬼の形相で睨みつけた。感情の起伏が激しいサリにはありがちなことだ。


「雨の日も風の日もそのまた雨の日も身寄りのないあんたたちを我が子のように育ててきた。


時には怒り時には褒め…


女手一つで育ててきたこの私に‼︎


泣く理由なんて一つもないわ!」


「いや十分な理由‼︎」


「私が怒る最大の理由!それは・・・」


サリは息を荒げながら、ラピスの置き手紙を指差した。


これはラピスがここを出る前に書いたものだ。


「ここっ!どうしてサリ『お姉さん』じゃなくて『おばさん』なのよ!」


「そ、そこーーーーーーっ!?」


「だって私、まだ29よ?」


「つまりもうすぐ30・・・」


「ああ?」


「ヒイイッ!」


ラピスはサリ以外の女性とは会ったこともないのだが、女性を怒らせるとまずいことだけは知っている。


「えーっとそれで…サリさんはいつから俺が出ていくって知ってたんだ?」


「レイズがいなくなった日のこと、覚えてるかい?」


「ああ・・・」


レイズはラピスの実の兄だ。


身寄りのない彼にとっては、たった一人の家族だった。


今から3年前、レイズは何も言わず、この家を出て行った。


それはレイズが18歳になる日のことだった。ラピスはその時のことを思い出した。


 レイズの誕生日の朝、リビングのテーブルにはケーキを食べた跡が残されていた。


手紙には『サリさんへ。突然ごめんなさい。俺は旅に出ます。ラピスを頼みます。今までありがとう』と記されていた。


 物心ついた頃から、ラピスとレイズは両親のことを全く覚えていなかった。


気づけばサリの元で暮らしていたのだ。


そんな彼らが聞いた、家族に繋がるたった一つの手がかり。それが『SKY OF GLORY(栄光の空)』だった。


そしてレイズは…


『ラピス、俺との約束、覚えてるか?俺はお前を待ってる。いつかまた必ず会おう』


その言葉だけを残し、去っていったのだ。


(忘れるわけねえだろ。ガキの頃からの約束だ。


いつか旅に出て、栄光の空を探すって・・・)


 「私はあの時、レイズにちゃんと、『いってらっしゃい』って、言ってあげれなかった。それだけが心残りだったからね」


「サリさん・・・」


「あんたら兄弟がボロボロの姿で家へやって来た時から、この子たちには使命があるんだと思ってたよ。


レイズも18歳になって出て行ったから、あんたもそうすると思ってたよ」


「へへ」


「まあ、あと1年はいるもんだと思ってたけどね!17歳の誕生日おめでとう」


「サンキュ!」


ラピスは満面の笑みを浮かべた。


「だから、ね。ラピス。兄貴連れてくるまで、帰ってくるんじゃないよ!」


サリは優しい目でラピスを見た。


ラピスは途端に照れ臭くなり、サリから目を逸らした。


湿っぽいのも心が温かくなるのも、どちらも苦手だなのだ。


「ぜってえまた帰ってくるからな!」


サリさんは俺の手を握り、大きく頷いた。この小さな手のぬくもりも優しさも、俺は忘れないだろう。


「いってらっしゃい」


「いってきまーす!」


ラピスは大きく手を振った。サリの笑顔を目に焼き付け、家を後にした。


 サリは見えなくなってゆくラピスの背中を見つめながら、手を振った。


「まったく、いつの間に成長したんだか」


涙まじりに呟き、微笑んだ。息子の旅路を浮かべながら。


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