世界はいつだって理不尽で下克上なんて起こりえない?

粟谷あわたに!!」

『あははー。覚えててくれたんだ。まぁ、あんなことあったしね』


 粟谷 泡あわたに はふる

 キラキラネームの先駆者のようなこの女は、高校時代の同級生にして俺の元彼女。電話であるため、向こうの表情は読めないが、おそらく白鯨を馬鹿にしていた時と同じ醜悪な笑みを浮かべていることだろう。


「いまさら、何の用だ……!?」


 この女とは、白鯨をいじめていたということを知った時に別れている。当時はガラケーだったが、スマホに変えてからも仕事の都合で電話番号は変えていなかった。

 むろん、別れてすぐに電話帳から彼女の番号を消したが、着信拒否にはしなかった。


 ただ単純に忘れていただけである。


『量くんって今何の仕事してるの?』

「ただの世間話がしたいなら、切るぞ。今忙しいんだ」


 何度も言うように、この時期はエンジニアが最高に忙しい。懐かしい相手に世間話をしているような余裕はない。

 もっとも、忙しくなかったとしても理由を付けて通話を切りたい相手ではあるが……。


『あれれ、つれないなー。ブタ男のこと、まだ根に持ってるの?』

「当たり前だろ。お前のせいで、アイツは……!!」


 電話の向こうでくすくすと笑う。

 高校時代は可愛いと思っていた笑い声も、今となってはただ俺を苛立たせるだけだ。


『この前さ、駅前のショッピングモールにいたよね?駐車場の所にさ。』

「それがどうしたんだよ……」

『別に―。あと、同窓会、来た方が良いよ?』


「行かねぇよ!!」と告げる前に電話を切られる。結局何がしたかったのだろうと考えていると、先ほどの番号からメッセージが届いた。

 嫌な予感がするが、開かないわけにはいかない。


『これ、バラされたくなかったら、同窓会おいでよ』


 メッセージに添付されていた画像には、光と獅子龍兄妹が車に乗り込もうとしている現場であった。この前ショッピングモールの駐車場で騒いでいた時に隠し撮りされたらしい。

 ただの写真にもかかわらず、ずいぶん強気だなと首を傾げて、気づいた。


「これ、アイツが悪いことしてるようにも見えないか!?」


 光は通信高校の制服を着ているし、姫蘭も私服ではあるが、幼い顔立ちであるため未成年感丸出しである。いや、実際に未成年ではあるが、問題はそこではない。白鯨と姫蘭の顔は似ても似つかず、スマホの写真程度では兄妹には見えないのだ。


『量くんの写真もあるよ』


 続いて送られてきた写真には、俺と悠の姿。

 あいにく、悠は大人っぽい顔立ちで普段着であるため、ごまかせなくはない。けれど、隣立っている俺との身長差や、白鯨の写真のことも合わせれば、よからぬ想像をする奴は多いだろう。


『何が目的だ?』

『量くんとの復縁♡』


 冗談じゃない。もう二度とあの女にはかかわりたくないと思っていたのだ。

 けれど、俺が断ることで迷惑を掛けるのは白鯨だ。もし万が一にでも彼の評判が落ちることになれば、今引き受けているほとんどの仕事がおじゃんになる。


 彼を失うのは非合理的だ。

 単純な損得の引き算で言えば、あの女の言うことに従うべきである。


「……捨てたはずなんだけどなぁ」


 失くしたつもりの合理の仮面をかぶりなおした。


……to be continued

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