自称人見知りには2パターン居る。『人見知り』をきっかけに話せる奴と、誰とも話せない奴

 エンジニア仲間であり、友人でもある白鯨は大きな体躯からは想像もできないほどに、生まれたての小鹿のごとく俺の陰に隠れて震えている。クジラなのか鹿なのかわからない。

 悠に部屋に戻れと表情で伝えようとするが、可愛らしく首を傾げるだけで分かっていないようだ。礼儀として挨拶をしようと距離を詰めるたびに、俺の腕を掴んだまま白鯨は逃げ惑う。


「は、量殿。え、え、援助交際でござるか?それともデリヘル?な、なんにせよ、言ってくれれば日を改めたのに……。」

「ちげーよ!!危ないこと言うな。この間母親が死んだって言ったろ…。」


 驚いて頬を染める悠から目を逸らしつつ、白鯨に事情を説明する。


「な、なるほど。そういうことであったか。……もしかして、さっきのオムライス、JKと量殿の分でござったか?も、申し訳ない!!」

「ああいや、いいよ。ずいぶん美味そうに食ってたし、俺はまた今度悠に作ってもらえばいい訳だから。」


 改めて、白鯨を悠に紹介するも、手をもじもじとしたまま俯くばかりで顔を見せようとしない。人見知りの日本代表みたいなやつであるから、その実力を遺憾なく発揮してしまっているのだろう。


 特に高校時代、白鯨は一部の女子グループに目を付けられていじめられていた。幸か不幸か高飛車な女でクラス全体からも好かれていなかったため、白鯨へのいじめはそいつらだけで済んでいたが、その事件以来対人恐怖症は悪化し、女性全般が苦手になってしまった。


 妹の反抗期も、妹が白鯨に触れるたびに拒絶してしまうようになったことが始まりらしい。事情を理解しているとはいえ、大好きな兄貴に手を払われるというのは堪えるのだろう。


「ご、ごめんなさいでござる。今の我は、ほとんどの力を奪われていて、泉殿の目を見ることができないでござる。なので、なるべく近づかないでもらえると…」

「悠に部屋を出るなって言ったのはこういうことだ。コイツは一回女性を認識してしまうと、しばらくは警戒モードが解けなくてな。」


 背中に隠れる白鯨の腕を悠の前に突き出す。血が流れていないかのように青白くなっており、無数の鳥肌が立って小刻みに震えている。あの時の恐怖や痛み、みじめさを思い出して心がすくんでしまうらしい。カウンセリングなども行ってみて、女性の声は克服したらようだが。


「か、会話ぐらいなら。泉殿に後ろ向いてもらえれば…。」


 距離を保って背中を向け合った状態での会話なら、平然と行えるレベルにまで回復したと言っているが、それでもまだまだ危険な状態。これ以上白鯨にストレスをためさせるわけにはいかないだろう。


「白鯨、悪いが今日は帰ってくれ。また今度招待するよ。」

「あ、その時は私出掛けておきますから。いつでも来てください。」


 鯨を冠する名前にふさわしくない程縮こまりながら、玄関まで竦み足で行く。最後にもう一度謝罪の言葉を口にすると、悠と目を合わせないようにしながら、袋から何かを手渡した。


「泉殿、こちらお詫びの品でござる。今日は、いろいろと失礼したでござるからな。」

「ありがとうございます。ケーキですか!!あとで量さんと頂きますね。」


 悠に続けて俺が感謝の言葉を口にしようとする前に逃げるように帰っていく。精神が不安定なやつだが、ゲーム上であれば人見知りもしないし、女性恐怖症も起きない。

 あとで悠と一緒に三人でゲームをしてもいいだろう。


「……オムライスどうしましょうか?」


 テーブルに並んでいるのは、空っぽの皿とすっかり冷めきったオムライス。一つは白鯨が食べきってしまったものだった。ソファに捨て置かれているお菓子の入ったレジ袋を眺めながら、白鯨に食べていいか聞いてみる。


『置いてきてしまったでござるか…。まぁ、泉殿と食べてほしいでござる。今日のお詫びでござる。』

「そうか、ならありがたく貰うわ。悪いな、ケーキまで貰っておいて。今度飯でも驕るよ。」

『いいんでござるよ。それよりオムライス美味しかったと泉殿に伝えておいてほしいでござる。』


 夜道を歩いてかなり落ち着いたようで、先ほどまでの震えて掠れたような声ではなくなっていた。結構無理をしているように見えたので心配だったが、杞憂だったようだ。


「悠、オムライス食べていいぞ。俺はあっちのお菓子を食う。」

「え…ちょ、量さん!!」


 非合理なもめ事が始まる前に自分の部屋に引きこもってしまう。仕事をするふりをしていれば、彼女も声をかけてこれないだろう。……仕事のふりではなく、本当にしなければならないのだった。

 ため息をつきながら、パソコンを起動させる。


 引き出しにしまっていた割り箸を取り出し、スナック菓子の袋を開ける。高校のころ、白鯨の家に行ってゲームをやっているときに、お菓子と飲み物と一緒に割り箸を渡され、コントローラーを汚してほしくないから、端で食べてほしいと言われて以来癖になっている。


 一人暮らしの時や白鯨と遊んでいるときは当たり前すぎて、分からなくなっていたが、スナック菓子を食べるのに、わざわざ箸を用意するのは一般的ではなく、つい先日悠に驚かれた。

 しばらくパソコンをカタカタやっていると、扉の向こうで洗い物を始めた音が聞こえる。


 今度オムライスを食べられるのはいつになることだろうか?


……to be continued

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る