厨二病キャラって主人公達からは疎まれているけど、いざっていうときにイイ奴。コイツはどうだか知らんけど。

 目の前に積まれた書類の山に思わず顔を上げる。デスクの隣には、軽い調子で立っている鞍井が申し訳程度に手を合わせていた。


「さーせん、今日総務の娘と合コンなんで、おなしゃーす。」

「ちょっとまってくれ、俺も今日は用事が…。」


 断る暇も与えられずに立ち去ってしまう。誰かに手伝ってもらおうかとあたりを見回すと、まるで自分は無関係だと言わんばかりにそっぽを向き始める。花寺は外回りで不在であり、誰に頼れる状況でもなかった。部長と一緒に出ているため、無駄な小言を浴びなくて済むのが不幸中の幸いだ。


「はぁ。今日の夕飯はオムライスなのに…。」


 仕事に出る前に、見送ってくれた悠の笑顔が浮かぶ。今頃彼女はオムライスの材料でも買いに出かけている頃だろうか。ひさしぶりの手作りオムライスに心躍らせながらパソコンに向きなおった。


「お疲れ様でーす。」

「お先でーす。」


 定時を過ぎて、続々と同僚たちが帰っていく。横目に俺の仕事を見ては侮蔑の笑みを浮かべて、自分じゃなくて良かったと安堵の声を漏らしていった。


「虹村さんもさ、嫌なら断ればいいのに」

「こっちに仕事回そうともしないしさ。」


「何でも一人で出来るつもりかね。優秀アピールですかっての。」

「バカ、聞こえるぞ。」


 去り際に吐き捨てるような罵倒に嫌気がさす。助けてくれといても助けてくれなかったのはお前たちの方だ。断ったら断ったで、面倒ごとに巻き込まれるのなら、最初から引き受けて手早く終わらせる方が合理的に決まっている。


 ……いつからだったろうか。人に期待をしなくなったのは。


 ふとスマホを見ると、ロック画面にメッセージが届いているという通知が出ていた。悠に遅くなることを伝えているため、その返信だろうか?


「……違うな。白鯨か。」


 メッセージの主はゲーム仲間の獅子龍シシリュウ 白鯨ハクゲイ

 高校からの友人で、元々は同じ職場であった。しかし、今の部長(当時は課長だった)のパワハラと頭がおかしくなるようなサービス残業に耐えかねて、会社を辞めフリーのエンジニアをしている。


 最近ゲームをやり始めたことへの疑問と、忙しくないのなら家に遊びに行きたいという話だった。今までだったら、何も考えずにOKすることだったが、今は悠がいる。しかも、今日の夕食は楽しみにしていたオムライスだ。その邪魔をされるのは癇に障る。


「今回は断るか。」


 断りのメッセージを送ると、すでに俺の家に向かっていると返信が来る。


「マジか!!あのバカ…。」


 ため息をついてスマホを伏せる。急いでパソコンを打ち鳴らして仕事を終わらせようと躍起になる。焦っているせいでタイピングミスを連発してしまうが、致し方ないだろう。急ぎの案件だけを終わらせて期日に余裕のある仕事は持ち歩いているノートパソコンにデータを移して、家で進めることにする。


「電車…よかったすぐに来る。」


 白鯨へコンビニによってお菓子を買ってくるように頼んで時間稼ぎをしてみる。もともと、大食いのアイツのことだ。あらかじめ用意したお菓子だけは足りないだろうから、追加で買うだろう。そして白鯨は優柔不断でコミュ障。

 お菓子を買うまでに30分は悩み、レジに行くまで10分はかかる。


「ただいまぁ!!はぁ、ぎりぎり間に合った…。」

「おかえりなさい…。どうしたんですか…?」


 家ではエプロン姿の悠が待っていてくれていた。だが、彼女に白鯨が来ることは伝えていない。何も知らない彼女を家の奥へと押し込み、寝室まで連れていく。

 理解が追い付いていない彼女に事情を説明する暇も惜しんでいると、不意にチャイムが鳴った。


「悠、俺の友人が訪ねてくるんだが、決して部屋から出るなよ。顔を見せるな。」

「ちょ、な、なんでですか?私の存在が知られちゃまずいんですか?女の人?」


 いつかの能面顔よりもよっぽど恐ろしい表情を浮かべる。こてんと小首をかしげる仕草が可愛いが、ハイライトの失った目つきと、かすかに自分の髪を口に含んだポージングに身が震える。


「とにかく出てくるなよ。危ないから!!」

「量さん?私は必要ないんですか…?」


 生気を失った表情から一転、捨てられた子犬のように目を潤ませる姿に思わず心が揺らいでしまうが、白鯨のためにも、悠のためにもこれは譲れない。


「とにかく出るなよ。」

「はかりさ…」


 扉を閉めて玄関へと急ぐ。もう一度チャイムを鳴らすと同時に扉を開けると、大きな袋を二つ抱えた小太りの男が立っている。首元に濡らしたタオルをかけ、無骨な黒ぶち眼鏡が顔の肉に食い込んでいるこの男こそが、獅子龍 白鯨。


「おっすー。遅いでござるよー。」

「あ、ああ。わるい。ちょっと仕事でな…。」


 世の中の人間が思い浮かべる『オタク』の恰好をそのままにしたような男。事実、いい大人になりながらも厨二病が続いており、ゲームが入っている箱には、一緒にアニメのフィギュアが入っている。


「なんかいい香りがしますな。量殿、料理でもしてたでござるか?」

「ああ、オムライス作っていてな。」


 本当は悠が作ったのだが。

 白鯨は、極度のコミュ障であり対人恐怖症。顔を見ていなければそれなりに話すことは出来るが、面と向かってしゃべれるのは、俺と彼の両親と、年の離れた妹だけ。最近は妹が反抗期に入ってしまい、毎日怒鳴られていると嘆いていた。


「量殿、二つ作ったでござるか?も、もしかして我の分?なるほど、このための時間稼ぎでござるか…。」

「あ、アハハ。さすが親友、バレていたか…。」


 本当は俺と悠の分だが…。

 お菓子の袋をソファに置くと、堪えきれないとばかりにテーブルについてオムライスを食べ始めた。あまりに美味そうに食べるものだから、止めるに止められない。


 炭酸水を出そうと冷蔵庫を開くと、白鯨は自前の2Lコーラの蓋を開けていた。


「めずらしいでござるな。量殿が料理だなんて。最近はウーバーに頼りきりと言ってござらんかったか?」

「ああ、いやそれは…。」


 悠のことを言いだそうと迷っていると、彼女の寝室の扉が開いた。


「えと、はじめまして。私、量さんの同居人の泉 悠です。量さんのお友達…ですよね?」

「…………。じぇ、JKが居るでござる!!!!た、助けて量殿!!」


 悠が顔を見せた途端、まるで殺人鬼に追いかけられているかのように俺の陰に隠れる。アニメさながらに飛び上がって逃げ惑う白鯨に、悠は困惑した様子で俺の顔を見つめる。

 だから、部屋から出ないでくれと言ったのに…。面倒なことになった。


……to be continued

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