社畜といっても割とホワイト企業なので、おやすみはしっかりしています。だから、JKと買い物に行きましょう。

 悠が作る朝食も、ご飯こそレトルトであるがおかずのレパートリーは増えてきている。俺の好きなものと嫌いなものを探るように様々なものを出してくるが、特に苦手なものはない。

 直接伝えてもいいが、俺の考えすぎだったとしたら素直に恥ずかしくて言えないのだ。


「悠、今日は休みだから、買い物に行こう。何が必要になるかまとめてくれ。」

「そうですね…。お米と…、お野菜の補充、お魚…。量さんは何が食べたいですか?」


 好き嫌いはしない。というか、インスタントやレトルト、コンビニ弁当に慣れきってしまったせいで、自分の好きな食べ物も嫌いな食べ物もわからなくなってしまった。

 まあ、アレルギーがないのは確かだから、大体大丈夫だろう。


「買い物は、近くのスーパーでいいか?それとも、どこか別な店な方がいいか?」

「どこでも構いませんけど、たしか隣町のデパートでセールをやっていたような気がします。お肉の市がやっているので安くなっているはずです。」

「じゃあそこにしよう。」


 普段の通勤は電車を使っているので、車を動かすことはない。といっても、週に一度は営業だったり、システムの保守作業で運転することは多いので、そこまで不安はないが。


「いくぞ、悠。」

「はい」


 俺一人しか乗ることがなかったため、金のかからない軽自動車ではあるが、つい二年ほど前に買い替えたばかりであるためそれなりにスペースにゆとりはある。最近話題の『ちょうどいいサイズの軽』というやつだ。

 ナチュラルに助手席に悠が座ろうとするが、来週使う予定の営業先向けへの資料が居座っていた。うっかり汚されてしまうと困るので会社用のトートバックにしまっておく。


「……悠、髪の毛長いな。少し邪魔になっている。」

「あ、すみません!!本当は切りたいんですけど…」


 悠の長い黒髪がサイドブレーキに垂れて絡まりそうになっていた。下手をすれば、車の扉を閉めた時に挟まってしまいそうなほど長く、彼女自身、普段から鬱陶しそうにしていた。

 せっかく時間にゆとりがあるんだ、ついでに髪を切りに行ってもいいだろう。


「買い物が終わったら、髪を切りに行こうか。いつも通っている所はどこだ?」

「切って、いいんですか?」


 俺の言葉の裏を確かめるような、キョトンとした顔。前までの能面のような顔からすれば、こんな間の抜けた面を見せてくれるまでに信用してくれたのだろうか。

 いや、この前の俺の方がよほどマヌケで滑稽だったか。


「……髪を切ることに不都合があるのか?あ、葬式からしばらくは縁起が悪いんだったか?」

「いや、特にそういうのはなかったと思います。ただ、髪は女の象徴だと言われてきたので…。腰より長くならないと切ってはダメだとあの人に言われてきました。」

「…はっきり言って、お前の父親は異常だ。時代錯誤で古い考えのようだから、いまさらその教えを守る必要なんてない。俺も、あの女の言いつけを守ったことなんてないから。」


 つくづく親というものはクソだと痛感させられる。と同時に幸せに家庭を築いている平凡な子供たちにたまらなく嫉妬した。この羨望は、きっと自分が親になろうと孫が生まれようと止められないだろう。

 悠は、まだ、間に合うだろうか?


「好きな髪型にするといい。長いほうが好みならそれでもいいし、短くしたいのなら美容室まで連れて行ってやる。決まらないのなら決めるまで待ってやる。その方が…」

「合理的。ですか?」


「……ああ、そうだ。」


 先を言われて思わず戸惑ってしまったが、言葉に詰まった俺を見てクスクスと笑う彼女の姿を見ていると、思わず口角が上がっていく。救いたいというエゴが満たされていく感覚に吐き気がした。


「量さんは、普段どこでお買い物をするんですか?」

「たいていはコンビニかネットショッピングだな。このデパートに来たのは、たぶん二回目ぐらいじゃないか。引っ越してきたばかりの時に少し覗いたぐらいだ。」


 悠と並んで歩きながら店内を歩き回る。時たま値踏みするように商品を眺めるが、チラリと俺の顔を見ては棚に戻し手を繰り返していた。言うべきかどうかを悩んでいるようだが、何を言い詰まっているのかがわからない。


「どうした、買わないのか…?」

「えっと、いろいろ買うつもりだったんですけど、予算的なこと考えてなかったなぁと思いまして…。」

「あー。ちょっと待て…。うん、大丈夫。現金は七千円ぐらいあるし、カード払いでもいい訳だからな。ただの食料品でそこまでいかないだろう?」


「えっと、一緒にナプキンとか下着も買いたいんですけど…。」

「あ、ああ。大丈夫。カードあるから…。」


 トイレに黒い袋を置いておくまでは気を回せたが、ナプキンまでは考えが至らなかった。というか、いまだにサイズの合わない制服のままであり、私服を見た覚えがない。

 さすがに、半そでと長袖を着回しているようだが、変に見慣れてしまったせいで気づかなかった。


「ここ、服屋もあったよな。時間はあるんだ。好きなところを見て回っていいぞ。ああ、美容室にもいくのか。まぁ、全部ここで済ませられるだろう?」

「……本当に、ありがとうございます。お金は…バイトして返しますから。」


 後ろめたさ。いや、他人に優しくされることが怖いのだろう。俺だって、見ず知らずの人間から意味も分からず施しを受けることになったら、詐欺を疑う。


「悠はまだ子供で、俺はもう大人だ。頼るのも寄りかかるのも、特権だと思って受け入れろ。それに、同居人が我慢している姿を眺めているのは、合理的じゃない。」

「……じゃあ、また量さんがつらいと思った時は、私を頼ってくれますか?ちゃんと、約束してください。お互い、一人で抱え込むのはやめにしましょう。」


 子供ながら、俺の心のわだかまりを見透かして、抱きとめるように両腕を開く。さすがに公衆の面前で頭を抱かれるわけにはいかないが、小指だけを立てた手を差し出して指切りを示した。

 こんな口約束に合理性はないと分かっていても、心地よかった。


…to be continued

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