『通報』『行事』『当たり』


「チョコが……欲しい!」


唐突にミノルがそんなことを言い出した。


「っす抜けてるぞっす」

「チョコが欲しいっす!」

「それでよろしい」

「何がよろしいんだよ……」


本から顔を上げると、呆れ顔でそう言ってくるハジメ。それを無視して、俺たちは話を続ける。


「もちろん、二人とも貰ってないっすよね!?」

「まあな」

「……ああ」


……。


「え、何今の間」

「貰ってないっすよね!? ね!?」

「うるせぇ……」


俺は勢いよくハジメの方へ視線を向け、ミノルは裏切り者かと詰め寄った。ハジメはそんなミノルを押し留めながら、弁解してくる。


「あれだよ、小学生の子。だからノーカンみたいなもんだろ」

「ミノル、警察」

「もうかけてるっす」

「おいこら冗談にならないからやめろ!」


ミノルから慌ててスマホを取り上げると、ハジメははぁと一つため息を吐き出した。


「お前らほんとな……」

「でも、小学生だからって適当に扱うのは良くないっすよ?」

「そうだな。その子だって勇気出したのかもしれないしな」


知らんけど。

俺たちがうんうんと頷きながらそう言うと、ハジメがしれっとした目でこちらを見てくる。


「じゃあ、オレがその子から受け取ったチョコを本気にしてたらお前らどうする?」

「まあ……」

「そりゃあ……」

「「通報」」

「だろうな」


息を合わせてそう答える俺たちを見て、頭痛がするのか頭を押えている。どうした風邪か?

実際、ハジメはモテる。どれぐらいモテるかと言うと、おばちゃんや小学生から毎年大量にチョコを貰っているのだ。ほんとなんでなんだろうな。そういうホルモンでも出てんじゃない?


「ってか、話脱線しすぎだろ。なんでこんな話になってんだよ」

「そうだぞミノル。何脱線してんださっさと本題入れ」

「なんで俺だけ怒られてんすか……」


げんなりした様子でそう零すミノル。だけって使われると、他にも誰か怒られるべき人がいるかのような言い草だな。ほんと誰だよ、話を脱線させたやつ。


「いやまあ……ほら、今日はなんの日っすか?」

「は? 2月14日だろ?」


何言ってんだこいつ……とばかりに目を向けると、いやいやいやと手を横に振ってきた。


「行事を聞いてるんすよ!」


行事……と言われてはてと首を傾げる。今日はバレンタインだが、モテないミノルからそんな、リア充御用達チョコ製薬会社の陰謀超高レートな取り引きが行われる日の話が出るはずがない。

となると、他に何かあっただろうか……。


「ああ、煮干しの日か」

「違うっすよ!」

「あれだろ、自動車保険の日」

「だから違うっすって!」


他になんかあったかな。

追悼の日、予防接種記念日、ふんどしの日etc……。

色々と考えてみるが、それらしきものが出てこない。……とまあ、茶番はこのくらいにしとこうか。


「で、バレンタインだがそれがどうした?」

「いや、分かってんじゃないっすか。そう、バレンタインっす!」


だからそう言ってんだろうが……。ピッと人差し指を立ててそう宣言してくるミノルに、俺とハジメは冷たい眼差しを向けた。だが、それに気づかないのか気づいた上でスルーしてるのか、ミノルはそのテンションのまま続けていく。


「今日、俺たちはまだチョコを貰ってないっす!!」

「いや、ハジメは貰ってるから」


まあ小学生から、という前置きが入るけれど。


「まあ毎年こんなもんだし、今更騒ぐようなことでも無いだろ」

「……今年は高校が男子校だったからってだけっすけどね」

「あー、はいはい」


負け惜しみのような言葉を吐くミノルに、ハジメは適当にそう返す。うんうん、共学だったらきっと貰えてたよね。多分。いや、ワンチャン……? ないか。ないな。

男子校でもモテるやつはモテる。なんなら、モテるやつは学校以外にコミュニティを作っていることが多いから、そこで貰うのだろう。知らんけど。


「で、結局何が言いたいんだよ?」


さっさと結論を話せと急かすと、ミノルは咳払いを一つして口を開いた。


「ゼロはちょっとあれなんで、今から貰える方法ないっすかね?」


ミノルの言葉に、俺たちの間に無言の時間が生まれてしまった。

いや、知らんし……。なんで俺たちに聞くんだよ、答えられるわけねーだろ。

早々に無理だと決めつけると、憎まれ口を叩いてやろうと口を開く。だが、それよりも先に声をあげた奴がいた。


「一応だがあるぞ」


端的に、簡潔に、必要なことだけを奴は言った。

やはりそれに食いついたのは、ミノルだった。


「ほんとっすか!?」


今日一の食いつきようで、ハジメは思わず体を仰け反らせる。


「どうすればいいんすか!」


勢いそのままそう聞いてくるミノルを手で押しながら、ちょうど来たと言って廊下の方を親指で指し示した。


「おーうお前ら! いるかー?」


聞き覚えのある、大声が聞こえてきた。声につられて廊下を見てみると、ちょうど彼女が入ってくるタイミングだった。


「あー、大王お姉さん。お邪魔してます」

「どもっす。大王さん」

「おーっす。一もただいま」

「おかえり」


ゲラゲラと笑いながら輪に入ってくる大王こと、飯島姉。なんでこの人しれっと入ってきてるのん……。


「で、結局なんなんすか、チョコ貰える方法って?」


そんなことお構い無しに、早く教えろとハジメに詰め寄るミノル。ただ、俺はなんとなくだけれどハジメの案が何となく想像がついた。


「姉さん、チョコちょうだい」


出し抜けにそう言われて、目をぱちくりしていたものの、すぐにおうっと答えてニカッと笑う。


「ちゃーんとあるぞ。泣いて喜べ感謝しろ」

「そう言われると、素直に感謝しずらいのですがそれは……」


厚かましい言葉にそう返していると、視界の端であからさまに肩を落とすミノルを捉えた。おいおいそんながっかりしてどうしたよ。一応大王お姉さんも女子だぞ。


「三つ用意しててな、うち一つは手作りなんだわ」


言いながら、三つ似たような箱を並べていく。


「さあ、選びな!」


とりあえず貰えるというのなら貰っておこうと、ハジメ、俺、ミノルの順番に箱を取る。


「これ……今食べないとダメ?」

「ダメ」


何かを期待しているかのような、キラキラした瞳に嫌な予感がしてそう聞いてみたが、即答されてしまった。くそぅ……絶対なんか入ってるやつじゃん……。

渋々箱を開けてみる。すると、中にはガトーショコラが入っていた。形がとても整っていて、とても美味しそうだ。


「おおー、なんか高そうっすね」

「高そうに見えるやつを買ったんだろ」


感動するミノルに、ハジメは冷ややかな言葉を投げかける。……いやほら、そういうのは知らぬが花とか言いますし、わざわざ言わなくても……。

ふと、視線を感じて横を見る。すると、そこにはなんか知らんが何かを期待してるかのようなキラキラした瞳がこちらに向けられていた。……うーん、嫌な予感。というか、なんか早く食えって圧がすごい……。

思い切って、ガトーショコラを口に放り込んでみる。


「あれ……?」


中に変なものが入っているとか、砂糖ではなく塩が入っているとかではなかった。あれ、案外美味し……!?


「苦……」


最初は大人しかった苦味が、唐突にやってきた。甘そうな見た目と裏腹に、そのガトーショコラはチョコというよりカカオをそのまま食ってるような感じだ。いや、カカオをそのまま食ったことなんてないが。


「カカオ95パーセントのやつを使ったみたよ! どうどう? 美味しい? 当たりだよ、それ。だって唯一の手作りだし」

「あ、こっちは普通のチョコっす。美味しい……」

「よかったな、ノボル。当たりだってよ」


顔を顰める俺を楽しげに眺める大王姉さんに、普通にチョコを楽しむミノル。にやぁと愉悦とばかりに嫌な笑みを浮かべるハジメ。

そんな面々を恨みがましく眺めながら、


――当たりは当たりでもハズレの方の当たりだな。


などと、支離滅裂なことを考えながらそっとため息を吐くのだった。

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日常の一幕 警備員さん @YoNekko0718

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