『ハロウィン』『いつも通り』『扉』
――10月31日。
それは、10月を象徴するイベントの日である。
子供たちが家を回りお菓子を貰い、最近では若い年代の人が仮装を楽しむイベントと化している。
そんなイベント事をミノルが見逃すはずもなく、ノボルとハジメは呼び出されていた。
「お」
「ん?」
互いに互いの格好を見る。じっとお見合いすること数十秒、同時に口を開いたその時、橋岡家の扉が開いてミノルが出てきた。
「あっ! 来てるっすね、早く早く!」
ぶんぶんと手を振ってくるミノルを見て、開いた口をもう一度閉じて足早にミノルの下へと向かった。
「おっす。来たぞー」
「一応、菓子持ってきたが……」
「いらっしゃいっすー。あ、お菓子は部屋で食べるっすよ」
上機嫌で家に招き入れ、さっさと部屋に向かおうとするミノル。しかし、彼は家に入って数歩で足を止めた。
「あれ? 二人とも、仮装してなくないっすか?」
怪訝な目でこちらを見てくるミノルに、ようやくかとため息を吐くハジメ。
ミノルは、黒いマントに黒い服、口にはつけキバと、割とよくあるヴァンパイヤコーデ。対してハジメはいつもの落ち着いた服装で、ノボルに至ってはジャージだった。
「仮装しようって話したっすよね!?」
「いや、してるぞ。最近はこういうのがブームなんだ」
「え……そ、そうなんすか?」
堂々とした態度でハジメが言い切ると、さっきまでのミノルの勢いは急速に萎んでいく。
「これはあれだ。えーと……そう、大人数で旅行に行った時、こんな感じの服装のやついるよねってタイプの人間の仮装だ」
「くどい。そして雑」
「というか、それ仮装なんすか……?」
ミノルがそう問いかけると、ハジメはふっとニヒルに笑った。
「最近では、地味ハロウィンというものが流行ってだな」
「いや、そういうのじゃねーでしょ。つか、そうだとしても地味すぎんだろ」
「なんか後付けの理由感が半端ないっすけど……」
二人してハジメに抗議の視線を向けてみるが、彼は素知らぬ顔で受け流す。その様子を見たミノルはため息を一つ吐き出すと、「それで?」と言いながら、いつもと格好が変わらない彼の方へと顔を向けた。
「ノボルは何の仮装なんすか?」
「普段の自分だ」
「は……?」
「普段通りの自分だ」
「いや、意味がわからなかったわけじゃないっすよ」
大事な事だから二回言ったのか、それとも聞こえてないと判断したのか。判断に苦しむミノルに対して、何を思ったのか彼は身振り手振りを混じえながら説明をし始めた。
「いつも通りって、一番難しいんだ。いつも通りなんてなく、日々変化していく。つまり、いつも通りに振る舞うのは、立派な仮装なんじゃないかと思うんだよ」
「本音は?」
「忘れてました」
「というか知らなかった」とボソボソ喋る彼を無視して、ミノルは空気を切り替えるように手を叩く。
「まあそれはともかく、ハロウィンパーティーを始めるっすよ!」
そんなことを言い始めるミノルを見て、二人は互いに顔を見合せ首を傾げる。
「ハロウィンパーティーって何すんの?」
「百物語とか?」
「死霊の祭りなんだから、降霊術とかの方が適任じゃないか?」
「いや、普通にお菓子食べるだけっすよ……」
「それ普段と変わらなく無いか?」
「俺の装いがピッタリすぎる……」
三人で準備を進めていると、不意にハジメが声をあげた。
「そういえばさ、ハロウィンっていったら仮装に紛れて本物がいるとかあるよな」
「あー、確かにあるっすね」
「……もしかしたら、この家の中にお化けがいるのかもな」
にっと口角を上げてそう言った直後、部屋の外から床が軋む音が聞こえてきた。
「……な、なんか聞こえないっすか?」
「タイミングのせいで不気味に聞こえるだけだろ」
音は徐々に近づいていき、それと同時にミノルは後ずさる。
「ほ、本当に幽霊とかじゃないっすよね!?」
「どうせお兄さんだろ」
「そうそう」
怖がるミノルを尻目に、二人は着々と準備を進めていく。
「お、あ、兄貴ー! 兄貴なんすか!?」
扉の向こうへむかって声をかけるが、それに返答はない。そして、しばらくの間沈黙が場を支配した。
「……」
「……」
ちょうど部屋の前で足音が止まり、しかし扉が開かれることは無い。さすがにこれには不安を覚えたのか、ハジメはミノルに視線を向けて「どうする?」と問いかけた。
「あ、開けた方がいいっすよね?」
「別に無視でもいいんじゃねえの」
「オレはどっちでもいいぞ」
ミノルの瞳が不安そうに揺れる。数秒の沈黙。そして、ミノルはグッと拳を握ると立ち上がった。
「あ、開けてみるっす……!」
恐る恐る扉に近づき、ドアノブへと手を伸ばす。そして、深く長い深呼吸をすると目を思いっきり閉じると、勢いよく扉を開いた。
「うわ……!」
扉を引くと、聞き馴染みのある声が耳に届いてきた。
「へ……?」
恐る恐る、ゆっくりと目を開けると、そこにはミノルの兄の姿がそこにあった。
「おにい……兄貴、すか?」
「そうだが、どうした急に」
「いや、別に……」
まさかお化けや幽霊だと思ってたなんて言えるはずもなく、ミノルは言葉を濁し目を逸らす。そんな弟の姿に首を傾げるものの、橋岡兄はそれ以上言及せず、「そういえば」と話題を変えた。
「友達呼んでるなら、鍵閉めたりすんなよ」
「へ……鍵?」
「いやだから、部屋の鍵。ノックしても反応しないから」
「……し、閉めてないはずっすけど」
背筋を這うように冷気が伝ってきた錯覚に、ミノルは顔を強ばらせる。何かがおかしいと、彼は直感的に悟った。
「お前の部屋のドア、そんなに立て付けが悪かったか」
はて、と不思議そうにする橋岡兄。
「そういえば、ミノル。オレたち以外にも人呼んでたのか?」
不意にハジメが声をあげ、そうミノルに問いかけると彼は「いや、」と首を横に振った。
「呼んでないけど……どうかしたっすか?」
「お前の兄貴が、『友達呼んでるなら』とか言ってたから、他に誰か呼んでんのかと思ってな」
「あれ? そういえばそうっすね。兄貴、なんであんなこと……」
瞬間、ミノルの足が何者かに掴まれた。
「ひっ……!?」
「ヴェーノーヴー!」
皮膚が焼け落ちたそれは、這いつくばりながらミノルを見上げていた。
「ひゃあああ!?」
それはミノルの悲鳴を聞いて満足そうにすると、のっそりと起き上がり、肩を掴んだ。
「な、なんすか、よ、四対一で勝てると……!」
涙目になりながらも、キッとそれを睨みつける。
その状態から、何秒、何分経っただろうか。体感的には何十分も経っているように感じたが、実際はほんの数秒だったのかもしれない。
唐突にミノルの肩から手を離すと、それは楽しそうに笑いだした。
「怖がりすぎだろ! いやー、やっぱ遅れてまで準備したかいがあったわ!」
からからと笑うその声音は、ついさっき聞いた声と同じだった。
「へ……? の、ノボル……っすか?」
「ん? そんなに分からないもんなのか? そうそう、大崎家の長男の昇だぞ」
ブイとピースサインを見せてくるノボルの姿を見て、またしても背筋が凍るような、這うような錯覚に陥る。
これが、皮膚が焼け落ちた姿がノボルの仮装姿ならば、そこにいるノボルは一体何なのだ。
「……? どうした」
固まったミノルを訝しんで、ノボルがそう声をかけてくれる。だが、ミノルはそれを無視して部屋の中へと視線を移した。
「は、ハジメ、これって……!」
愕然と目を見開いて、またしてもミノルは固まった。
「え……?」
部屋の中にはハジメしかおらず、ノボルの姿は消え、彼が準備したものは全て元通りに戻っていた。
まるで、最初から、『いつも通りの自分』だなんてふざけた仮装をしていた彼は存在しなかったかのように。
「は、ハジメ、のぼ、あいつは――!」
上手く声が出ない。だが、途切れ途切れになりながらも紡いだ言葉に、ハジメは小さく肩を竦めた。
「ん? おーい、どうしたよ」
ノボルが不思議そうにそう声をかけてきた傍らに、どこか遠くで扉が閉まる音が聞こえた気がした。
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