『悪夢』『兄弟』『謝罪』
「お前の兄ちゃんすげぇな!!」
昔から、言われ続けていた言葉だった。
「さすが兄弟」
「橋岡くんのお兄さんは本当に凄いねぇ」
兄弟というものは、昔から意味もなく比べられることが多い。俺の家でも、例に漏れずそうだった。
「お兄ちゃんはこんなに凄いんだから」
「お前ももっと頑張りなさい」
――いつからだろうか。兄と比べられても、何も感じなくなったのは。
「――その、さ。実くんのお兄さん、紹介してくれない……かな?」
そう話を切り出してきたのは、中学生の同級生で俺の初恋の相手の――さんだった。
それから俺は、どうしたっけな。いつもみたいに笑って、聞いてみるよって答えたような気がする。
俺の人生には何時でもどこでも兄がついて回った。
それ程までに兄は強烈で、鮮烈で、人を惹きつける何かを持っていた。
「あっ、弟くんじゃん!」
「橋岡くんの弟さん」
「お兄さんにこの間は――」
本当に嫌だった。惨めだった。兄の話が出される度に、自分は兄の付属品としか見られてないように感じられて。
「……実は、実が生きたいように生きればいいよ」
一度だけ、兄を責めたことがあった。何を言ってるのか分からなかったと思う。身勝手な理由で責められて、イラついたかもしれない。でも、兄はそう言ってくれた。
――だから、兄を嫌いになれなくて、自分は自分を嫌いになった。
☆ ☆ ☆
「――い、ミノルー!」
「――っ!?」
体を揺さぶられ、ハッと目を覚ます。目の前には、ノボルの顔があった。
「え、どういう状況っすか!?」
「お前、バイト終わってから寝落ちしたんだよ。俺らは、お前を連れて連れて帰るよう店長に頼まれたんだよ」
呆れたようにそうため息を吐くノボルの顔の背後を覗いてみると、すぐそこには自身の家があった。
「いやー、すみませんっす。迷惑かけちゃって……」
「ま、気にすんな」
俺の荷物を持ってくれているらしいハジメがそう言うと、ノボルもそうそうと笑った。
「俺らに迷惑かけるのを遠慮すんなよ。俺らだって、お前に迷惑かけまくるし」
「お前はもうちょい遠慮しろよ」
楽しそうに笑う二人の友人を見て、泣きそうになるのを堪えながらにぱっと笑顔を作った。
「二人とも、ありがとっす!」
そう言うと、彼らは驚いたように目を見開きふっと短く息を吐く。
「おー、気にすんな」
「そうそう。お兄ちゃんのプレゼントを買うために頑張る友人のためだしな。……うーむ俺、かっこいい」
「またすぐ余計な一言をつけ加える……」
そう。今年は、ちゃんと兄の誕生日を、生まれてきてくれたことをお祝いするんだ。
「はーい、とうちゃーく」
「……ん? どうした?」
ノボルの背を離れ、地面に足を着いたまま動かない俺を、ハジメは訝しげに見てくる。しかし、俺はすぐに顔をあげて満面の笑みを浮かべると、その問いかけに答えることなく手を振った。
「それじゃ! おやすみなさいっす!!」
「おー、おやすみー」
「しっかり休むんだぞー」
暖かい友人の声を背中で受け取りながら、俺は家に足を踏み入れる。
今日は心配をかけてしまったが、また明日もバイトがある。しっかり休まなければ……!
「あ、おかえり」
ふっと微笑で出迎えてくれた兄に、俺は満面の笑みで元気よく返事をする。
「ただいま!」
二人に心配をかけたのは悪かったけれど、俺はもう少しだけバイトを頑張ってみるつもりだ。
――だって、今年こそあの時の謝罪と、あの言葉へのお礼を言うのだから。
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