『コーヒーショップ』『変装』『コント』
とあるコーヒーショップにて。
「店員さーん」
手を挙げてそう呼ぶ。すると、男の店員がそれに気づいてこちらに近づいてきた。
「はいはーい」
たたっとこちらに駆け寄ってきた店員に向けて、言葉を続けた。
「の奢りでコーヒーとサンドイッチ一つ」
「無理っすよ!?」
注文を伝えると、男の店員こと、店の制服で身を包んだミノルが全力で拒否してきた。
「おいおい、客の注文を拒否るなんて、店員としてどうなんだよ」
「いや、そんな注文ないっすから。ついでにスマイルも売ってないっすよ」
「ちっ」
先読みされてしまった。次の注文はスマイル一つにしようと思ったのに……。
悔しがる俺を見て、ミノルは呆れたような表情をすると、再度尋ねてきた。
「それで? 注文はなんかあるんすか?」
「じゃあオレはおすすめのコーヒーと、パンケーキを一つ」
今まで黙っていたハジメが口を開き、注文する。ハジメに似合わない注文内容に、俺とミノルは揃って目を丸くする。
「……え、なに?」
「ハジメがパンケーキ頼むなんて意外だなと思っただけっす」
「さすがハジメ。女子力高ーい」
「いや、パンケーキぐらい食べるだろ。むしろ、パンケーキ食べるのは女子って考えがおっさん臭いぞ」
「ぐっ……」
まあ、確かに……。
ぐぬぬと唸っていると、さっさと注文しろと二人して目で訴えかけてくる。
「じゃ、じゃあ、コーヒーとサンドイッチを一つ」
「かしこまりましたっす!」
ミノルはピッと敬礼をすると、たたっと厨房へと急ぎ足で向かっていく。それを見届けると、ハジメの方へと視線を戻した。
「まさかミノルがバイト始めるなんてなぁ」
「確か、お兄さんの誕プレ代を稼ぐためだったか」
兄も大概ブラコンだが、ミノルも割とブラコンである。本人は否定するだろうが。
「ま、そんな理由だから兄には内緒にしてくれって頼まれたんだけどな」
「そうだ……おい、ちょっと後ろ見ろ」
唐突にそう言われ、戸惑いながらも振り返る。それと同時に、店のドアが開く音が聞こえてきた。
「いらっしゃいませー!」
店へ入ってきたのは、帽子を目深く被り、サングラスをかけた男。
そこだけ聞くと不審者感が強いが、高身長かつ、顔の大部分を隠しているのにも関わらず漏れ出るイケメンオーラから、一種のファッションとしか見えない。不審者コーデ……流行るな。
「あれ、ミノルの兄じゃねぇか……!」
「あれで隠せてると思ってんのかな。遠目からでも一目で分かったぞ」
顔の部分以外は隠す気は無いのか、服装はいつもと一緒だし、なんならミノルに「一名で」とか言ってるし。
「いや、なんであいつ気づかねぇんだよ」
「馬鹿だからだろ。兄弟共々」
ミノルは橋岡兄を席へと案内すると、なぜか話しかけた。
「最近よく来ますね。常連さんじゃないっすか!」
常連なのかよ……!
ハジメの方を見てみると、あいつも肩を震わせて笑ってやがる。
「ええ。弟がここでバイトしてまして」
「へー! どの人のお兄さんなんすか?」
「弟に仕事場来ているの知られたくないんで、内緒です」
言うのかよ。そして気づけよ。
ハジメの方を見てみると、机に突っ伏して小刻みに震えてやがる。めっちゃ笑うじゃん。
「弟がバイト始めた理由が、僕の誕生日プレゼントを買うためらしいんですよ」
「へー! いい弟さんなんすね!!」
「本当に、いい弟です」
なんかあちらは良い話をしている感を出しているが、こっちへの被害が半端じゃない。ハジメ、笑いすぎて咳き込んでるし体から変な音聞こえるし……。
「あっ、仕事中なんで!」
「頑張ってくださいね」
「はいっ!」
ミノルは厨房へ戻ると、コーヒー二つとパンケーキ、サンドイッチを持ってこちらにやってきた。
「おまたせしましたっすー……え、どうしたんすか?」
動かなくなったハジメを見て、ミノルが不思議そうに首を傾げる。
「ああ、気にしないでくれ。最近寝れてないんだと」
「そうなんすか。なら、ここ置いとくっすね」
「おう。仕事頑張れよー」
ミノルは机に料理を並べると、さっさと厨房へ戻って行った。それを見届けて、ハジメに声をかける。
「おい、このままじゃお前がもたない。さっさと食べて帰るぞ」
「お、おう。分かってる」
食べ始めるよう促すと、俺はサンドイッチに手をかける。うーん、美味。
もしゃもしゃと食べていると、ふと気づいたようにハジメが話しかけてきた。
「そういやお前、コーヒー飲まないのか?」
そう言われて、思わず手を止めてしまった。
「どうした?」
そんな俺の様子を見て、ハジメは訝しむように声をかけてくる。
「いや、なんでもない。飲むよ、飲む」
言っていなかったが、俺はコーヒーが飲めない。コーヒーショップに来たのにコーヒーを頼まないのはどうかと思って注文してしまったが、こんなことなら普通にお冷を頼めばよかった……!
だが、ここでコーヒーが飲めないとでも言えば、ここ半年はこのネタで弄られること間違いなし。
「ええいままよ……!」
俺は覚悟を決めてグイッと飲み干した。うーん……苦い……。
口の中の味を変えるべく、サンドイッチを素早く口の中に入れ咀嚼する。やっぱり、大人の味とかまだ早いわ。
「ごちそうさん……」
なんとか食べ終わり、さっさと店から退散しようと思ったその時、橋岡兄の下へコーヒーが運ばれた。
「……」
橋岡兄はいそいそと、コーヒーに砂糖を入れていく。
「……? どうした?」
「いや……なんでも……」
砂糖入れりゃあよかったぁー! なんでブラックで飲んじゃったの? 馬鹿なの? 俺、馬鹿なの?
そうやって後悔していると、コーヒーから立ちのぼる湯気でサングラスが曇ったのか、橋岡兄はサングラスを取り外してハンカチで擦る。ミノルの前で。
流石のミノルも気づくのか、じーっと橋岡兄の顔を見る。
「……あの、俺とどっかで会ったことありますか?」
そう尋ねるミノルに、橋岡兄はサングラスを付け直すと、
「昨日もこの店で会いましたよね」
「あ! 確かにそうっすね!!」
何納得してんだよ。気づけよ、いや本当に。
「ゴホッゴホッ……ガハッ……!」
笑いすぎて器官にでも詰まったのか、咳き込むハジメ。
ハジメが落ち着くまでの間、俺はお冷をちびちびと飲み続けるのだった。
その後、橋岡兄目当てで女性客が増えたとか増えなかったとか。それはまた、別のお話。
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