第109話 精霊術士と女神からの試し

 13日目の朝、僕らは、ついに50層へと至るゲートをくぐった。


 しかし、到着した50層には、ボスの姿は影も形も見当たらない。


 ただただ、白い空間が広がるフロア。


 上も下も右も左も真っ白なその中に、ほんの一つの本棚だけが、ポツリと佇んでいる。




「我々の考察は、どうやら間違いではなかったようですね」




 カングゥさんが、周りを見回しながら、そう言った。




「以前、我々がここに来た時には、本の形をしたボスモンスターと戦いました。しかし、今、このフロアには、そもそも瘴気を感じない。やはり、このフロアでは、ボスはリポップしないと考えるのが妥当でしょう」


「だとすると、ありがたいですね」




 少なくとも、ボスと戦う機会が1度減ったということ。


 消耗を考えれば、1体だけでも、ボスをスルーできるということは、相当大きい。


 その上、仮に、もし、51層以降も同じ仕様というのならば、僕らが今回たとえ、途中で断念したとしても、次回、挑戦するときに、倒したところまでのボスフロアは素通りできるということだ。


 もっとも、チェルの限られた時間を考えれば、今回の機会を逃せば、もう極光の歌姫として聖塔を攻略する機会はなくなってしまう。


 僕らにとっては、この1回で、なんとしても60層に至らなくてはならない。


 白い空間の中、周囲を見回していると、おもむろにカングゥさんが本棚の方へと歩いていく。


 そうして、一冊の本を手に取った。




「それは……」


「これは、"試しの書"。51層以降について書かれた書物です。10年前、我々はこの本の記述を見て、我々だけでは、聖塔を上り切れないと悟ったのです」


「もしかして、それが……」


「ええ、"女神からの試し"です」




 僕は、カングゥさんから手渡された本に目を通す。


 そこには、これから上ることになる各層についてのことが、断片的にだが、書かれていた。




「ボスのことしか書かれていませんね」


「ええ、ここからのフロアは、おそらく、全てがボスフロアです」




 確かに、本には9体のボスについて、その姿形が抽象画で記述されている。


 詳細がわかる記述はなく、はっきりしているのはボスの名前程度のものだ。


 しかし、仮に、この9体の魔物を連続で倒さなければならないとすれば、確かに、10年前のカングゥさん達のパーティーだけではどうにもならなかっただろう。




「今回は、君達をサポートする私達がついています。レイドであれば、この連戦を乗り越えられる可能性もある」


「なるほどな。だから、大賢者様は俺達を招聘したわけか」


「ええ、とはいえ、おそらく、この50層以降とは、本来、一息に攻略するような代物ではないのです。何人もの冒険者が挑戦を繰り返し、上層のボスを倒していく毎に、道が拓く。そういったトライ&エラーを繰り返すことを前提に作られていると、メロキュアは考察していました」


「つまり、ここからのボスは……」


「ええ、1体1体が、こちらを全滅させられるほどの力を持った強敵だと推察できます」




 ごくりと、唾を飲み込む。


 おそらく、50層以降のボスの実力は、あの天空の架橋の魔竜の強さを大きく超える。


 そんなボスとの9連戦。


 想像するだけで、足が竦む思いだ。


 けれど……。


 僕は、チェルの顔を見る。


 チェルは、今回のチャンスを逃せば、もう、聖塔には挑戦できない。


 ギルドの規定で、一度、聖塔に挑戦すれば、半年間のインターバルを必要とする。


 そして、チェルに残された時間は、すでに2か月を切っている。


 これが、最初で最後の、挑戦のチャンスなのだ。




「どんなに苦しくても、ここを進めば、もう後戻りはできません。頂上へと至るか、はたまた、逃げ帰るか。あるいは死の可能性すらもあります。それでも、挑戦する意志はありますか?」


「今更だぜ」




 グランが不敵に笑った。




「ああ、ノエルは俺が守る」




 リオンも剣の柄へと手をかける。




「当然よ。ここで逃げ帰るなんて、それこそあり得ない選択だわ」




 チェルは、両腕を組んで、胸を張った。


 皆、やる気は満々だ。




「よろしい。では、"女神からの試し"。謹んで受ける事としましょう」




 カングゥさんは、僕から本を受け取ると、そっと本棚へとしまう。


 ピタリと本がハマった瞬間、周囲の景色がゆがんだ。


 そして、ゲートに飛び込んだ時と同じ浮遊感が僕らを包む。


 視界を通り過ぎていく白の奔流に耐え切れず、僕は目を閉じた。


 どれくらいたっただろうか。


 はっきりとした地面の感覚を感じ、ゆっくりと目を開く。


 そこは、まるで塔の中だった。


 いや、実際、今までも塔の中にいたわけなのだが、ずっと屋外のような異空間を攻略してきたので、かえって、いかにもな塔の内部という雰囲気は新鮮だったのだ。


 そうして、その塔の内観、円形に広がるフロアの中央へと、瘴気が集まっていく。




「さあ、いよいよね!!」


「ああ、やってやろう!!」




 僕らの声に、15人、それぞれが己が獲物を構えた。

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