第108話 精霊術士とそれぞれの夢
30層を超えてからの攻略は、やはり今までのように簡単には行かなかった。
敵の強さは、特級ダンジョンを超えるレベルまで上がり、環境的にも、雪原や砂漠など、厳しい場面が増えてきた。
マジックボトルのおかげで、それらの環境を攻略するための、衣服や装備品などは、随時交換して進むことができたものの、これまでより攻略進度が遅くなっているのは明白だった。
だが、それも元より承知の上だ。
ゆっくりとだが、着実に上層への道を進み続ける僕達。
やがて、12日目の朝を迎えた頃、僕らは、ついに49層まで辿り着くことができていた。
50層へのゲートを間近に控え、僕達は、キャンプを張ると、車座になって座っていた。
「誰一人欠けることなく、ここまで来ることができましたね」
エリゼの言葉に、全員が同意するように頷いた。
「次のフロアが、これまでの人類の最高記録ってわけか」
「ええ、10年前、漆黒の十字軍ブラッククルセイダーズが、到達した50層……もし、我々の考察が正しければ、今日がこの塔での最後の夜になるということです」
「ほう、そりゃ楽しまなきゃ損ってもんだな」
そう言いつつ、さっそくマジックボトルから酒類を取り出すグラン。
こんな調子だが、道中も彼は、誰よりも攻略に貢献したと言ってよい。
その圧倒的な運動量がなければ、道中の雑魚にもっと手間取っていたのは間違いなかった。
「あら、暁の、いつもみたいに酒なんて、って言わないのか?」
「いいかげん慣れた。それに、今日は最後の夜だ。さすがに塔を作った女神も、明日の挑戦を前に、慈悲くらいはあるだろう」
リオンの言う通り、今、キャンプを張っている見晴らし台の周辺には、魔物の気配は一切感じられない。
ここからの地獄に備えて、しっかり休んでおけとでも言わんばかりだ。
「だったら、今日は無礼講と行こうぜ」
そう言うと、グランは、そそくさと杯を全員に配っていく。
同じく蒼鷹の爪の女性陣が、15人全員の杯に、酒を注ぐと、グランは、チェルに向かって、立ち上がれ、と手でジェスチャーを送った。
チェルは、自分の杯を持つと、おもむろに立ち上がる。
「あー、とりあえず、まずは、ここまで無事に来られたことを感謝するとしましょう。特に、暁の翼と蒼鷹の爪のみんな、あなた達がいなければ、私達はきっと、ここまでたどり着くのに、もっと時間がかかってしまっていたわ」
たどり着けなかった、と言わない辺りが、チェルらしい。
「明日、私達はいよいよ未知の領域に入る。何が、起こるかはわからない。それでも、やることは1つ。全力で、聖塔の頂を目指す。それだけよ」
全員が、強い意志の籠もった瞳で、チェルの言葉に頷いた。
「みんなで、頂上からの最高の眺めを見てやりましょう。それじゃあ……」
『乾杯!!』
それから、僕達は語り合い、笑い合い、時には、歌を披露したりもした。
やがて、宴も竹縄になった頃、グランが、僕に聞いた。
「なあ、ノエルちゃん。君は、聖塔の頂には何があると思う?」
「えっ……」
聖塔の頂。
そこに何があるのか、考えたことがないわけじゃない。
何かものすごく貴重なアイテムがあるのか、金銀財宝があるのか。
まことしやかにささやかれているのは、女神が、何でも一つ願いを叶えてくれるというものだが、信憑性があるわけじゃない。
僕が答えあぐねていると、グランの方が先に口を開いた。
「俺はさ。女神が願いを叶えてくれるに一票。そんで、酒池肉林の夢を叶えてもらうんだ」
にっこりと笑ってそんなことを言うグラン。
うーん、女の子の前で語る夢じゃない気がするが、そんな彼を、仲間の女性陣もなんだか微笑ましく見つめている。
どういう感情かは、僕にはとてもわからないが……。
「ノエルの前で、下種な話をするな」
「なんだよ、暁の。さりげなく、ノエルちゃんの横に座りやがって」
「こ、これは……たまたま、ここが空いていただけだ」
もはや恒例となったグランとリオンの口喧嘩だが、そんな光景も今となっては微笑ましい。
「で、お前さんは、何があると思うんだ?」
「さあな。別に、何があろうと俺はどうでもいい。ただ、聖塔の頂に至ったという名誉さえあればな」
リオンが欲しいのは名誉、か。
昔から、彼は、何か物をもらうよりも、褒められたり、持ち上げられたりすることの方が好きだった。
人からの評価というものに飢えていたのかもしれない。
だが、今の彼は、名誉と言いながらも、どこかこだわりがないようにも感じられる。
「だが、わかっていると思うが……」
「ああ、俺達はあくまで捨て石だ」
グランが柄にもなく、真剣な表情で言った。
「主役はノエルちゃん達、極光の歌姫だ」
「これからどんな敵が襲い来たとして、俺達は、ノエル達を守るために動く」
「お二人も、その辺りはしっかりわかっているようですね」
杯を掲げて、やってきたのはカングゥさんだ。
「ここから頂上までの道中、全員が無事で済むとはとても思えません。今回の攻略で、頂上に到達できるのはたった1パーティーでも構わない。そして、それは、あなたたち以外にあり得ません」
カングゥさんがそう言うと、それぞれのパーティーのリーダーであるリオンとグランも深く頷いた。
「極光の歌姫。お前たちは、俺に光を見せてくれた。その恩を必ず返す」
「俺は、あんたらとは深い関わりはないがな。けど、ノエルちゃんがいるんだ。惚れた女のためだったら、いくらでも命を張るのが勇者ってもんさ」
「私とクーリエも、及ばずながら、全力を尽くしますよ。かつて諦めてしまった私達の夢、しっかりと託されて下さいね」
歴戦の3人の言葉に、僕達、極光の歌姫の5人も強く強く頷き返した……のだったが。
「ふにゃぁ……ノエルゥ……」
「えっ、エリゼ……!!」
頷いた勢いのまま、エリゼが僕にしなだれかかってきた。
「ちょ、まさか……」
「飲んだのか、エリゼ……!?」
事情を知っている僕とリオンだけが、慌てた声を漏らす。
そう。エリゼは、昔から……酒癖が、悪い!!
「ノエルゥ、ちゅきちゅきぃ~……♪」
「ちょ、エリゼ!! まさぐらないで、ダメだから、そこは……本当に!!」
「おほほ、美少女が絡み合ってる絵面……なかなか絶景じゃないの!!」
「言ってる場合か!! おい、蒼の、お前んところの回復術師に、早く解毒魔法を……!!」
そんなこんなで僕らの最後の夜は、騒がしくも更けていくのであった。
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