第106話 精霊術士とスライム

 続く20層までも、攻略はスムーズに進んだ。


 前衛の能力が高い上に、僕のバフと、カングゥさんのデバフの相乗効果があれば、たいていの敵は苦も無く撃破できる。


 魔術師の層も厚く、どんなタイプの魔物が出てきても、適切な対応手段を取ることができていた。


 ボスが強くなる、という弊害はあるものの、それを補って余りあるレイドの有効性が確かに感じられる。


 さらに、中層へと至った僕達は、なおも快調に進み続け、攻略開始からわずか3日、僕らは、ついに、29層までたどり着くことができていた。




「いよいよ、明日はリベンジだね。ノル」




 キャンプの中、そう話しかけてくるのは、エリゼだった。


 彼女とは、暁の翼時代に、30層までの攻略を共にしている。


 つまるところ、明日、戦うボスというのは、当時の僕らが勝てなかった相手ということだ。




「今の私達なら、大丈夫だよね」


「うん。対策も十分練った。僕らは絶対に勝てるさ」




 リベンジではあるが、気負いはない。


 これだけ層の厚いメンバーが揃っている上に、攻略日誌のおかげで、敵の弱点もすでに把握済み。


 不安要素など一つも見当たらない。


 それよりも、僕にとっては、その後のことの方が気がかりだった。


 31層以降の攻略は、元暁の翼メンバーにとっても、未知の領域だ。


 メンバーの中で、攻略をしたことがあるのはカングゥさんとクーリエさんのみ。


 この2人がいるだけでも、相当ありがたいが、やはりこれまで通りの順当な攻略とはいかなくなるだろう。


 今回の攻略はレイド攻略ではあるが、最終的に全員が聖塔の頂に到達できるとは思っていない。


 暁の翼と、蒼鷹の爪は、僕ら極光の歌姫が最上階へと至るためのサポート役だ。


 上層へと進むごとに、脱落者が出る可能性が上がってくるのは、自明の理だった。




「少なくとも、50層までは、みんな揃っていけると良いけど」




 50層以降に存在するという"女神の試し"。


 それを超えるためにも、少なくとも、そこまでは、15人全員で進みたいものだ。




「さあ、明日に備えて、もう寝ようか、エリゼ」


「うん」








 翌朝早く、僕らは、30層へと至った。


 ボスフロアに佇むのは、流動する身体を持った巨大な魔物。


 そう、スライムだ。


 だが、その大きさは、通常のスライムの数百倍はあるだろう。


 家三軒分ほどはある巨体が、弾む勢いに任せて、波打つ。


 このテンペストスライムと呼ばれる魔物こそが、僕ら、かつての暁の翼の聖塔攻略を阻みし者だ。


 見た目は、あまり強そうではないが、単純な防御力に寄らない様々な耐性を持ち、攻撃手段も多様。


 当時の暁の翼では、こいつに有効打を与える手段がなく、僕らは、泣く泣く転移結晶での離脱を迫られた。


 だが、この15人でのレイドパーティーならば、苦戦する相手ではない。




「魔術師チーム、頼むわよ!」




 コロモ、メグ、スプリさん。


 3人の魔術師が、その魔力を練り、魔法を放つ。


 放った魔法は、氷属性のものだ。


 瞬間、ボスの流動する巨体に、霜が浮かび、やがて、カチカチに凍り付く。


 あらゆる物理攻撃を受け流す奴のマシュマロボディではあるが、こうやって固めてしまえば、前衛の攻撃も通る。




「行くわよ!! 紅いの! 蒼いの!」


『その呼び方は止めろ!!』




 チェルを先頭に、リオンとグランという勇者チームが剣を振り上げる。


 動きを止めたボスに一息で接近すると、全員が、その巨体に剣を振り下ろした。


 凍らされて固まった身体が剣の一撃によって、大きく削られた。


 さらに3人が飛びのいたその場所へと、激しい闘気を立ち上らせた一撃が迫る。


 セシリアさんだ。


 これまでの戦闘では、後々の体力温存を考えて、前に出なかったセシリアさんが、初めて全力の攻撃を仕掛ける。


 技はもちろん。




「螺旋穿孔!!」




 闘気解放による、強力な自己バフを乗せた槍の一突き。


 圧倒的なパワーが、スライムのどてっ腹を穿ち、衝撃が大気を伝ってこちらまで届いた。


 さすがの攻撃力に、思わず、グランが口笛を鳴らす。


 セシリアさんの追撃で、さらに大きく身を削られたスライムだったが、さすがに聖塔のボスといったところか、全身を赤熱させて氷を解かすと、残った身体で、失った部分を補い、また、完全な姿のスライムとなった。




「元に戻ってしまったな」


「あれでいいんです。サイズを見てください」




 見た目は最初と変わらないスライムだが、最初は家3軒ほどあった巨体が、今はせいぜい1軒分ほどまで縮んでいる。




「こちらの攻撃で身体を削るほどに、あいつはどんどん小さくなっていきます。普通のスライムと同じくらいの大きさになれば、炎の魔法で焼き尽くせるはずです」


「ならば、一気呵成に攻めるのみだな」




 再び、魔術師チームが、氷魔法を使う。


 巨体が身体の表面が凍り付かせるが、今度は、最初からこちらの攻撃を予期して、その身を赤熱させていたため、完全に凍り付くことはない。


 勇者達の攻撃で、わずかに身体の表面を削り取られながらも、こちらへと果敢に攻撃をしかけてくる。




「蒼の! 退け!! 毒を撒いたぞ!!」


「押し返します!!」




 アリエルの力で、奴が空中にばらまいた酸性の粘液を押し返すものの、今度は身体全体にその粘液を纏うようにコーティングした。


 これでは、武器も腐食されてしまうし、前衛はまともに攻撃できない。


 こちらの攻撃の手が止まったのを見計らうように、奴は、粘液をまとったまま、こちらへと突撃をしてくる。


 速い。巨体とは思えないほどのスピードに、動きの素早い前衛はともかく、後衛の魔術師たちは回避が間に合わない。


 


「う、うわぁ!!」




 特に、動きの遅いメグが、脚をもつれさせた。


 やばい、このタイミングじゃ……!!

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