第105話 精霊術士とジョロウグモ

 聖塔にもボスは存在する。


 50層までで判明しているボスの数は、10体。


 階層毎に、能力的な差はあるが、どのボスも油断してはかかれない相手ばかりだ。


 低層のボスでは、さすがに仲間が全滅ということはありえないが、場合によっては、転移結晶での個別離脱を迫られるような場面も出て来るかもしれない。


 とにかく、カングゥさんが記した攻略日誌を元に、パーティーでしっかりと戦い方を詰めて挑む。それが今できる最善手だ。




「んじゃ、さっそく最初のボスに挑むとしましょうぜ」




 先頭を行くグランに、全員が、頷く。


 そして、僕達は、聖塔で初めてのボスフロアへと足を踏み入れた。


 そこは、暗い鍾乳洞のような場所だった。


 紫色に光る胞子が舞い散る中で、瘴気が部屋の中央に集まっていく。


 現れたのは、毒々しいビビッドカラーをした蜘蛛の化け物。


 名をピンクスパイダーという。


 弱点は、炎。


 ネタは上がっている以上、いかに、コロモの魔法を相手に命中させるかが勝負だ。


 さっそく、コロモが無詠唱での魔法を放ったその時だった。


 ピンクスパイダーは、その巨体とは裏腹な、素早さで、大きく飛び退いた。


 一直線に本体を狙っていたファイヤーボールが空を切る。


 鈍重な見た目に反して、かなりの身のこなしだ。


 続けて、撃ってきた球状の糸を、蒼鷹の爪のスプリさんとメグが、火属性の中級魔法であるブレイズウォールで燃やし尽くす。




「意外と素早いな」


「やっぱり、メロキュアさんの考察は正しかったのかも……」




 僕は、事前の攻略会議での大賢者様の言葉を思い出す。


 今回、僕らはレイドと言う形で、3つのパーティーでの攻略を進めている。


 だが、実は、今まで、この聖塔にレイドを組んで攻略した者はあまりいない。


 というのも、聖塔に挑戦するには厳しい条件がある上、冒険者によっては、そもそも聖塔の攻略を不可能だと判断している者も多く、それだけの人材がなかなか集まらないからだ。


 実際、僕らも以前挑戦した際は、暁の翼だけでの挑戦だった。


 そして、その時と比較して、ピンクスパイダーの素早さは上がっている。


 おそらくだが、攻撃力や防御力など、他のステータスも上昇していることだろう。


 一度に攻略するパーティーが多くなるほど、それに比例して、ボスの能力がアップするかもしれない。


 メロキュアさんの考察が、おそらく事実だろうというのは、以前こいつと戦ったことのある僕には、今の動きだけでも判断材料としては十分だった。




「とはいえ、対応できないほどじゃない」




 僕は、精霊語を呟く。


 アリエルが、他のパーティーも含めた仲間全体へとバフをかける。


 すると、剣を構えたグランが、驚いた表情を浮かべた。




「へぇ、こりゃ……」


「グランさん、今のあなたなら、余裕でボスの動きに追従できるはずです」


「違いない」


「ダメ押しと行きましょうか」




 続いて、僕の隣に立ったカングゥさんが、呪術を使う。


 相手の魂に鎖をかけるカングゥさんの呪術。


 それがもたらす効果は、相手のステータスを大幅に下げること。いわゆるデバフというやつだ。


 僕とカングゥさんが組めば、こちらの能力を引き上げつつ、相手の能力を下げる、ということが簡単に行える。


 にわかに動きの遅くなったピンクスパイダーに、蒼の勇者グランが突っ込んでいく。




「ほらほらほらほら!! 行くぜ!!」




 僕のバフ効果で、もはや残像を残すほどのスピードを得たグランさんは、ボスの攻撃を簡単に避けて見せると、その8つある脚の半分を見事斬り落とした。


 叫び声こそ上げないものの、ピンクスパイダーの顔に苦悶の表情が浮かぶ。




「弱点は、炎だったな」




 続いて、攻撃に移ったのは、リオン。


 彼は、メグから炎の魔法をもらうと、自身の魔力を使って、剣へと定着させる。


 以前の剣は僕が折ってしまったが、今、彼が使っている剣も、メロキュアさんから提供されたいわゆる聖剣だ。


 魔法親和性の高い金属で作られた剣に、燃える業火が絡みつく。


 グランとは逆に、ゆっくりと敵に向かって歩いていくリオン。


 苦し紛れに吐き出してくる攻撃を紙一重で避け、あるいは、前に出たヴェスパが盾で受け、メグが魔法で迎撃する。


 以前の戦い方とはまったく違う暁の翼の連携スタイルに、僕は驚きを禁じ得ない。


 悠々とボスの眼前までたどり着いたリオンは、炎の剣をただ、一度だけ振るった。


 その一撃で、ピンクスパイダーは真っ二つになり、引火した炎で、全身を灰へと変えていった。




「へぇ、やるじゃないか。暁の」


「当然だ。俺にとっても、これはアピールタイムだからな」




 炎を散らして、剣を鞘にしまうリオンをグランが素直に讃えた。


 案外、この2人は、仲良くやっていけそうかもしれない。




「私達の見せ場はしばらくなさそうね」




 僕の隣で、腕を組んだチェルが、そんな2人の男勇者を見守っている。




「極光の歌姫が本格的に動き出すのは、中層からさ。もうしばらくは、他のパーティーに華を持たせよう」


「まあ、元よりそういう攻略計画だしね。もうしばらくは、楽させてもらうとするわ」

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