第104話 精霊術士と魔道具の有効性

 それからの攻略はとんとん拍子で進んだ。


 元々、聖塔攻略の経験があるメンバーが半数を占めていたのに加え、実力者がこれだけいれば、当然と言えば当然だ。


 ゲートの位置は、ある程度近づけば、アリエルの風の瞳で特定できるし、ほとんど最速と言ってよいようなペースで、僕らは聖塔を駆け上っていった。


 正直なところ、僕らはあまり戦闘にすら参加していない。


 ほとんどが、張り切った蒼の勇者グラン、そして、それに張り合うように発奮したリオンによって片付けられてしまったからだ。


 グランも凄かったが、リオンも負けてはいない。


 元々、勇者として不足ない力を持っていたリオンだが、僕と拳を交わしたあの頃よりも、遥かに実力を増している。


 どうやら、この数か月、レベル上げや剣の修練をひたすら頑張ってきていたようだ。


 切り札だった魔法剣"赤雷"も常用できるほどで、精神面だけでなく、戦闘面でも安定感が以前とは比べ物にならないくらい増していた。




「凄いですね。リオンさん。見違えました」


「そ、そうか? 君にそう言ってもらえると、自信になる」




 手放しに褒め讃えると、よほど嬉しかったのか、普段はあまり笑わないリオンが、うっすらと微笑を浮かべた。


 うーん、普通の女の子だったら、この笑顔を見ただけで、ノックアウトされてしまいそうだ。


 クーデレってやつだろうか。僕が男で本当に良かった。


 そんなこんなで、特に困難もなく、初日の攻略は終わりを迎えた。


 半日ほどをかけて、たどり着いた第9層に、キャンプを張る。


 9層は、森の中の環境を再現したフロアで、場所によっては、テントを張るのにも適している。


 僕らは、手早く野営の準備を整えると、みんなで、焚き火を囲んだ。


 さすがに、15人ともなると、ちょっとしたお祭りのようだ。




「やはり、大賢者の用意したこのマジックボトルというやつは便利だな」




 リオンが、マジックボトルから、木製の食器類を取り出しながら言った。


 今回のレイド攻略では、それぞれのパーティーに1つずつ、メロキュアさんがマジックボトルを提供してくれている。


 さすが、メロキュアさんが10年かけて作り上げた魔道具だけあって、長丁場となる聖塔の攻略では、これほど役に立つものはない。


 前回の挑戦で荷物持ちを担当した立場としては、本気で、メロキュアさんの方に足を向けて、眠れないほどのありがたみだった。




「荷物がないと、攻略の進捗も大きく変わってくる」


「そうですね。実際、たった1日で、前回の倍も進めていますし」


「ん? ノエルは、以前にも、聖塔に挑戦したことがあるのか?」


「あ、いえ、その……」


「漆黒の十字軍ブラッククルセイダーズの攻略日誌での日数よ。当時はそれだけかかったのよね」


「あ、はい、そうですね。チェルシアナお嬢様の言う通りです」


「そう言えば、熱心に読んでいるようだったな。ノエルは」




 事情を知っているカングゥさんが、チェルのフォローに乗っかってくれたおかげで助かった。


 まさか、1年前、一緒に攻略したよね、とは言えないし。




「しかし、落ち着かないものだな。こうやって、カメラに囲まれながら食事を摂るというのも」




 今回の攻略では、フルタイム生放送だ。


 食事の時間もこうやって撮影されており、今も、街の人たちは、僕達の食事の様子を眺めていることだろう。




「そのうち慣れますよ」


「慣れる前に攻略を終えたいものだが」


「おうおう、暁の、しけた面してやがんなぁ。楽しもうぜぇ!!」




 と、やってきたのはグラン。


 見ると、手にはなんと酒瓶を持っている。




「まさか、飲んでいるのか、貴様……!?」


「大賢者様の魔道具のおかげで、酒類もたくさん持ち込めるしよ。まさに、天国だぜ」


「ダンジョンの中で、いつ魔物に襲われるかもしれんのだぞ」


「大丈夫だって。戦闘になりゃ、うちの回復担当に、状態異常回復の魔法をかけてもらうからさぁ。長丁場なんだ。気楽に行こう」




 ちゃらんぽらんな発言に、リオンもさすがに不快な表情を浮かべる。


 豪胆というかなんというか……。


 気を張りすぎないことが、長期間のダンジョン攻略では、必須なことではあるけれど、これは、少し砕けすぎかもしれない。




「ノエルちゃんも飲もうぜ~。あんまり高い酒はないけどさ。口当たりのよい女の子向けの酒も持って来たからさ」


「失せろ、蒼の勇者。今もノエルは、精霊で周囲を警戒してくれているのだぞ。そんな彼女に酒を飲ませようなどと」


「あー、そりゃ、確かにダメだな。考えが足りなくて悪かった。じゃあ、代わりに、暁の、お前付き合えよ」


「な、なぜ、俺が……?」


「いいじゃねぇかよー。せっかく他のパーティーも一緒の夜なんだぜ。お前の女性遍歴、聞かせろよ」


「じょ、女性遍歴……!?」




 リオンは、肩を組まれるようにして、グランに連れて行かれてしまった。


 うーん、今後の連携も考えると、良い感じに打ち解けられるとよいけど……。




「なんていうか、本当に、聖塔の攻略してるのか、わからないような賑やかさね」


「いや、ほんとに」




 でも、不思議と、不快な気分ではなかった。


 極光の歌姫での活動を通じて、"楽しさ"も冒険に必要な要素だと、気づいたからかもしれない。




「そう言えば、そろそろ定時連絡の時間じゃないですか。師匠」


「ああ、そうだったね」




 僕は、マジックボトルから、板状の魔道具を取り出すと、魔力を通す。


 すると、空中に、メロキュアさんの顔が浮かび上がった。


 これも、メロキュアさんの作った魔道具の一つ、携帯式魔力通信機だ。




「メロキュアさん、定時連絡です」


「おう、動画で見とったで。どうやら、9層まで辿り着けたようやな。初日にしては、なかなかのもんやないか」


「はい、思った以上に順調に進めています。これもマジックボトルのおかげですね」


「ああ、やっぱり作っておいて良かったわ。一緒にレイドを組んどる2パーティーも調子良さそうやな」


「ははっ。リオンもグランさんも、なかなか気合入ってるみたいなので」


「そういう意味でも、あんさんがいて良かったわ。2人も、えらい発奮してるみたいやし」


「ん、どういう意味ですか?」


「わかってないのが、なおええのよな」




 なんだか、1人納得している様子のメロキュアさん。


 周囲を見ると、なぜだか、極光の歌姫のみんなやカングゥさんも頷いていた。


 本当に何なの……?




「とりあえず、次の層では、初のボス戦になる。例の考察、忘れてへんやろな?」


「もちろんです。油断しないように気をつけます」


「ほな、今日ははよ、休みな」




 メロキュアさんとの通信が切れる。


 警戒は、アリエルに任せて、僕らは早々に休むことにしよう。

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