第100話 精霊術士、レイドを組む
白亜の聖塔。
世界にたった3つしか存在しない神域級ダンジョンの1つであり、僕達の住む自由都市の象徴のような存在である。
天を衝くようなその威容は、街中は当然の事、遠く離れた王都からでも、天気が良ければ、うっすらと眺めることができる。
この近くを行く旅人や商人は、聖塔さえ見えれば、方角を掴むこともできる。
冒険者に限らず、たくさんの人々に愛されている白亜の聖塔。
だが、その頂に到達した者は、未だ、誰もいない。
「ついに、この時が来たんですね……」
エリゼが、ごくりと唾を飲み込む。
教会の礼拝堂で、聖塔攻略を願っての祈りを捧げた後、僕らはその裏手にある、聖塔前の広場へとやってきていた。
見上げれば、そこには、遥か雲すらも突き破って聳える白亜の塔。
僕らは、いよいよ、すべてを賭けて、この塔へと挑戦をするのだ。
「目の前まで、来るのは初めてだが……。改めて圧倒されるな」
「僕は2度目だけど、やっぱり凄い威圧感だ」
聖塔は、その長大さもさることながら、女神の力が塔全体を覆うように発せられている。
魔力を感じる力のないセシリアさんでも感じるほどなのだから、相当のものだろう。
ただ、そこにあるだけで、ここは、他のダンジョンとは違うのだと、強く感じさせられてしまうほどだ。
「どんな過酷な道だろうと、進むだけよ」
チェルが、いつもの不敵な笑顔で、そう言った。
どうやら、テーマパークで見せた悩みは、もう吹っ切れたらしい。
その力強い表情を見ていると、僕も、頑張らねば、という気持ちが強くなってくる。
「そう言えば、師匠。昨日はどこへ行っていらしたのですか?」
「王都に何か用事があったの、ノル?」
「ん、ああ、ちょっとね……」
実はテーマパークを訪れた翌日。
転移結晶ですぐに街へと戻った仲間達とは別行動を取り、僕は一人、王都に残っていた。
「ちょっと、会っておきたい人がいて」
「会っておきたい人?」
「うん」
「それって……」
「やあ、皆さん、調子はいかがですか?」
エリゼが僕へと問いかけようとしたその時、カングゥさんを先頭に、たくさんの人たちが、広場へとやってきた。
その中には、リオンとヴェスパとメグ。暁の翼のメンバーも見られる。
「おはようございます。皆さん」
「準備は万全よ。そっちも抜かりないわね」
「当然です」
そう言って薄っすら微笑むカングゥさんの隣には、攻略勝負の時に助っ人をしていたクーリエさんの姿も見える。
実は今回の聖塔の攻略は、僕達、極光の歌姫ディヴァインディーヴァだけで行うわけではない。
僕達を中心にした3つのパーティーが協力して攻略するというレイド方式を取ることになっていた。
発案したのはメロキュアさんだ。
通常のダンジョンでは、原則として1つのパーティーでしか攻略ができないという制約がある。
例外としては、氷炎の絶島のような双方向攻略型ダンジョンでなら、2つのパーティーの同時攻略も一応は可能だが、それも同じ方向から並んでスタートできるわけではない。
しかし、神域級のダンジョンに関してだけは、その原則が撤廃され、1度に3つまでのパーティーが攻略に参加することができる。
そんなわけで、極光の歌姫を中心として、今回の攻略にはカングゥさんをリーダーとする新生"暁の翼ウィングオブドーン"、そして、メロキュアさんの伝手で招聘されたもう1組のパーティーの総勢15名での攻略が提案されたというわけだ。
そして、メロキュアさんの考察では、このレイドという攻略形態は、聖塔の完全攻略を目指すうえで、必要になるものであるということだった。
「私も、クーリエも現役組に負けるつもりはありませんからね」
「へへっ、チェルシーちゃんたちが凄いのは知ってるけど、私達だって、まだまだ、凄いってところ、見せてあげるよ~。どんどん頼ってね!」
「ありがとうございます。クーリエさん、頼りにさせてもらいます」
白狼族で、まだまだ、見た目は僕らとそう変わらないくらいの歳にしか見えないクーリエさん。
だが、その実力は、攻略勝負の時に、嫌と言うほど見せてもらっている。頼りにさせてもらうことにしよう。
「エリゼ……」
少し気まずそうな表情でやってきたのは、リオン。そして、ヴェスパとメグだった。
「エリゼ、すまない。俺は……」
「リオン、頭を上げて下さい」
エリゼは、まるで、聖母のように慈しみのある声で、リオンに語り掛ける。
「もう気にしていない……と言えば、嘘になってしまうけれど、でも、リオンがあの時の事を本当に後悔しているのは、わかっています。あの時の、あなたの気持ちも、少しだけなら理解できるようになったつもりです。だから、私は、もうあなたを恨んだりはしていません」
「許して……くれるのか……?」
「じゃないと、一緒にレイドを組むことを承諾したりはしませんよ」
にっこりと微笑むエリゼ。
リオンは、瞳を閉じると、少しだけ涙をにじませながら、エリゼへと強い視線を向けた。
「迷惑をかけた分は、この攻略で必ず返す。そして、いつか、ノルにも、必ず……」
「うん。一緒に謝りに行きましょう。彼は、きっと許してくれますから」
パチンとエリゼが、僕の方へとウインクしてみせた。
色々あったし、今の僕は、ノルでなく、ノエルだ。
それでも、再び幼馴染3人で、聖塔に挑むことができることが、僕は心から嬉しかった。
「エリゼ、私も……リオン様と一緒に謝らせて欲しい」
そう言ったのは、リオンの後ろに隠れるようにしていたメグだ。
「ノルがいなくなってから、自分がいかに何もできない人間なのか思い知った。本当に情けなくなるくらい……」
「俺は……」
メグの言葉に続くように、ぼそりとつぶやいたのはヴェスパ。
彼は、今までとは大きく様変わりした純白の鎧姿だった。
鎧兜で覆われたその頭からは、表情を読み取ることはできない。
そのまま何かを言うかと思ったヴェスパだったが、結局それ以降口を開くことはなかった。
彼にも、思うところは色々あるのだろうが、この場に現れたということは、少なくともこのレイドに協力してくれるつもりはあるようだ。
「色々わだかまりはあったことでしょうが、今、この瞬間からは、我々は運命共同体です。これまでのことは水に流して、仲間として、頑張るとしましょう」
カングゥさんが、そう締めると、その場にいたメンバーは深く頷いた。
「おっと、話を締めるには、まだ、少し早いんじゃねぇか?」
流れを切るように、僕らの前に進み出たのは、青い髪をした線の細い美少年だった。
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