第98話 精霊術士とコロモ

「し、師匠、手、離さないでくださいね……!」


「大丈夫だよ。コロモ」




 さて、午後は少し趣向を変えてみようということで、僕らがやってきたのは、施設内にあるホラーハウスという名のお化け屋敷だった。


 真っ暗な空間の中には、まがまがしい装飾が施され、おどろおどろしいBGMや悲鳴のような音が時折どこからか聞こえてくる。


 全員で一斉に入ると面白くない、ということで、2人と3人に分かれたのだが、クジの結果、僕はコロモとのペアになったというわけだった。


 正直、アリエルで周囲にあるものを全て俯瞰できる僕にとっては、明らかな作り物ばかりで、何の恐怖も感じないのだが、コロモにとっては別らしい。


 彼女は、びくびくと周囲を警戒しながら、僕に身体を密着させてくる。


 僕にとっては、彼女のその行動の方がよほど心臓に悪い。




「あの、コロモ、手は繋いだままでいいから、もう少し離れてもらえると……」


「あっ、すみません、師匠!! 私、つい……!!」




 コロモが慌てて、僕から離れようとしたその時、何か、ぬるりとしたものが、コロモの顔へと付着した。




「あっ……」




 あれは、確か、"こんにゃく"と呼ばれる食材だったか。


 おでんという東方の食べ物に入っているのを僕も以前食べたことがあった。


 コロモには、何が張り付いているか見えていないのだろう。


 頬に触れる謎の冷たい感触に、コロモの瞳孔が徐々に開いていく。




「い、いやぁあああああああっ!!!」


「落ち着け、コロモ!! それは、ただの食べ物で!!」




 フォローはするものの、すでにコロモの耳には、僕の言葉なんて入っていない。


 彼女は、僕に縋りつくように抱き着いてくる。




「師匠!! 師匠!! 師匠!!」


「大丈夫だから……」




 ゆっくりと頭を撫で続けていると、ようやく僕に抱き着く腕の力が弱くなった。




「し、師匠……?」


「これがついてただけだよ」




 頬に張り付いていたこんにゃくを剥がして見せてやると、コロモは目を点にした。




「私……こんなもので……」


「気づかないと意外と怖いものかもね」




 つとめて明るくそう言ってはみたものの、コロモは相当恥ずかしかったのか、顔を俯けた。




「うぅ、冒険者なのに……こんな作り物で……」


「まあ、確かにダンジョンとはちょっと違うもんね。怖いなら、職員さんに言って、出してもらおうか」


「……いえ、師匠。私、最後まで頑張ります」




 なぜか気合が入ったらしいコロモは、むんと力強く拳を握った……もう片方の手は僕の手をギュッと握りっぱなしだったが。


 それから、コロモは何度も叫び声を上げながらも、ゴールを目指して一歩ずつ進んだ。


 何かが起こるたびに、抱き着かれるので、僕としては、違う意味で、相当危なかったのだが、右往左往しているうちに、やがて僕らはゴールまでたどり着くことができた。




「ふぇ、ふぇ……」




 涙目のまま、もはや、言葉にならない呼気を発するコロモ。


 よほど、怖かったんだなぁ。




「よく頑張ったよ。コロモ」




 穏やかに頭を撫でてやると、ようやくコロモは落ち着いたように、すぅ、と息を吐いた。




「師匠のそれ。とても、落ち着くので、好きです」


「そりゃよかった」


「弟子の特権ってやつでしょうか。まさか、他の女性にも……」


「してないしてない」




 一応、コロモは1つだけではあるが、年下だからね。


 さすがに年下以外で、こんなことはしない。




「こんなことで、怖がっている私が、本当に聖塔に挑戦できるんでしょうか……」


「怖がりっていうのは、悪いことじゃないよ。物事に対してきちんと恐怖を感じれる人材っていうのは、パーティーではむしろ貴重な存在なんだ。そういう人間が1人いると、パーティー全体の生存率はグッと高くなる」


「師匠は、いつも、上手に私の事をフォローしてくださいますね」




 ふと、コロモが、僕の手を取った。




「私も、師匠みたいにいつかなれるでしょうか……」


「なる必要なんてないよ。コロモはコロモ、僕は僕さ。そんな風に言ってくれる気持ちは嬉しいけどね」


「……でも、やっぱり私は師匠みたいになりたいです。カッコよくて、かわいい、師匠みたいな人に」




 気づくと、コロモの瞳には、真剣な何かが浮かんでいるようだった。




「私、心の中にずっと、自分なんかが、皆さんと一緒にいて、本当にいいんだろうか、という思いがありました。チェルシーさんや師匠は、とても優しいから、それに甘えているだけなんじゃないか、って。もしかしたら、私なんかよりも、もっとこのパーティーに相応しい人がいるんじゃないかって。でも、みんなで、冒険を続けていくうちに、そんな思いはいつしか変わっていきました。今は、他の誰かが、私の代わりにパーティーに入るなんて、絶対に嫌です。私は、どうしても、皆さんと一緒に冒険がしたい。初めてなんです。自分の中に、こんなに強い気持ちが生まれたのは」


「コロモ……」


「だから、師匠。私、もう弱音は吐きません。自分なんか、なんてもう思いません。大魔導士として、必ず、皆さんの役に立ってみせます」


「ああ、コロモ。頼りにしてる」




 頭ではなく、肩に手を置いて、僕がそう言うと、彼女は、少しくすぐったそうに笑った。

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