第97話 精霊術士とエリゼ

「はぁ、おいしい……」




 テーブル席に腰掛け、目の前で幸せそうな表情を浮かべるエリゼ。


 僕は、そんな彼女の顔を頬杖をつきながら、眺めていた。


 彼女が食べているのは、このテーマパークの名物料理として提供される予定のいちごのクレープだ。


 比較的大きめのそれを、エリゼは、頬をパンパンにして、リスのように頬張っていた。


 昔から、甘いものには目がないエリゼだが、どうやらこのクレープはお気に召したようだ。




「あ、あの、ノル……。食べているのを見られるのは、ちょっと恥ずかしいんだけど」


「あ、ごめんごめん。本当に、エリゼは、幸せそうに食べるな、って思って」


「さては、食いしん坊だな、って思ってる?」


「ちょっとだけ」




 むぅ、とエリゼが咀嚼中と同じように、頬を膨らませた。




「これは、別腹だから、良いの」


「はいはい。良かったら、こっちも食べる?」




 僕は、自分用として買ったもう一つのクレープを差し出す。


 ここよりももっと南の国で採れる、マンゴーという果実が入ったものらしい。




「……もらう」


「どうぞ」




 口元まで、グッとクレープを突き出してあげると、エリゼはパクリとかぶりついた。


 もぐもぐと咀嚼して一言。




「こっちもおいしい……」


「もっと食べなよ」


「ううん、ノルもちゃんと食べて」




 ということなので、僕もとりあえず一口食べてみる。


 甘い……こんなに甘い果実があるのだなぁ。




「間接キスだね」


「あー、そうだね」


「ドキドキしないの?」


「まあ、昔はよくやったし」




 エリゼとは子供の頃からの付き合いだ。


 回し飲みなんかもよくやっていたし、今更感が強い。




「ちょっとは動揺して欲しいなぁ」


「何か言った?」


「何でもなーい。もぐもぐ」




 どこかすねたようなエリゼが今日は妙にかわいらしい。


 テーマパークでのレジャーということで、今日のエリゼはいつもと少し装いが違う。


 王都で流行っているような純白のブラウスにチェック柄のミニスカート、ぽんぽんのついた帽子をかぶっている。


 さながら、デートスタイルといったようなその恰好は、彼女の持つ魅力をより引き立てていた。




「なんか、エリゼ。最近、昔に戻ったみたいだ」




 あのオーディションで再会した時から、どことなく、昔の印象が戻ったエリゼ。


 暁の翼にいた頃は、聖女という肩書もあってか、なんだか、少し肩ひじを張って大人ぶっていた節があったのだが、今は、むしろ、少し幼い印象を受けるほどだ。


 もちろん時と場合によっては、しっかりお姉さんしているのだが、僕の前では、そのタガが外れがちなような気がする。




「自分でもそう思う。ノルの前だと、素のままの自分でいられる気がする」


「僕は、そっちのエリゼの方が好きだよ」


「私は、どっちのノルも好きかな」




 どっちのというのは、ノルとしても、ノエルとしても、ということだろう。




「なんだか、最初は戸惑ったけど、その姿も随分見慣れちゃった」


「ははっ……。正直、僕も、最近、こっちの方がしっくり来ちゃってる節があるんだよね……」


「いっそ、このまま本当に女の子になっちゃう?」


「うーん、そこまではさすがに踏み切れないかな……」




 実際、ノエルは、もう僕の大切な一部だ。


 それでも、それが虚構の存在であるという認識を捨て去れたわけじゃない。




「次はきっと、上手くいくよね」




 少しだけ不安そうに、エリゼはそう言った。


 僕とエリゼの2人は、暁の翼時代に、一度だけ聖塔に挑戦した事がある。


 その時、僕達は半分の30層までの攻略しか達成することはできなかった。


 僕もエリゼも、自分の力の無さを痛感したものだ。


 でも、今の僕達は、あの頃よりも、確実に強くなっている。


 レベルや装備などもそうだが、なによりも、仲間との絆という他の何物にも代えがたい力を僕たちは得ることができた。




「このメンバーでダメなんてこと、あるもんか」




 強い口調でそう答えると、エリゼは深く深く頷いた。




「子供の頃からの僕らの夢。きっと叶えてみせよう」


「うん、私がんばるから。ノルと、みんなと一緒に……」




 そうして、決意の表情を浮かべながらも、エリゼは、最後のクレープの一口を頬張った。




「あ、そういえば、ずっと気になっていたんだけど……」


「何?」


「エリゼの魔力回復能力。あの対象が僕だけな理由って……?」


「ああ、あれね。ちょっと大声では言いにくいことで……耳貸してくれる?」


「えっ、あ、うん……」




 言いにくいことって何だろう……?


 ちょっとドキドキしつつ、耳を貸す僕。




「それはね」


「うん……」




 その時、柔らかい何かが僕の頬に触れた。




「えっ……?」




 今のって、もしかして……。




「ノルが、私の一番大切な人だからだよ」




 いたずらっぽくそう言うと、エリゼは、少し頬を赤らめながらも身を翻し、仲間達の方へと駆け出して行った。


 あとに、残された僕は、ただただその感触が幻だったのかどうかを確かめるように、左手を頬に当てたまま、固まるのであった。

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