第6話 精霊術士、初級ダンジョンを攻略する

「うわぁ、懐かしいなぁ」


 チェルシーさんとそのマネージャーと共に、移動した場所。

 そこは、僕が駆け出しの時に、挑戦した初級ダンジョンだった。

 街から比較的近くにあり、低レベル冒険者の登竜門として扱われていたダンジョンである。

 わずか5階層しかなく、出現する魔物もかなり弱い。

 とはいえ、一応はダンジョンと名の付く場所であり、最深部にはボスも控えている。

 もっとも、最近はさらに低レベル御用達のダンジョンが近くに見つかったこともあり、実入りの少ないこのダンジョンは、あまり挑戦する者もいなくなっているようだ。

 知名度の高いアイドルと一緒に冒険することになるわけだし、人目につかないというのは、正直、今回に限ってはありがたかった。


「このダンジョンを2人で攻略すれば、良いんですね?」

「そうだ。うちの可愛いお嬢を預けることになるんだ。これくらいは簡単にクリアしてもらわないとな」


 まあ、確かにね。

 実際、一応はSランクパーティの一員だった僕のレベルは、すでに40を超えている。

 この初級ダンジョンの、適正レベルは5。

 こんなダンジョン、ソロでもクリアできなければ、さすがに恥ずかしいというものだ。


「だが、ただクリアするだけじゃダメだ」

「というと」

「うちのお嬢は、今週末にも次のライブが控えている。傷物にされちゃ困るってこった」


 ふむ、つまり、彼女に傷一つつけずにクリアしろ、ということか。

 僕の職業は精霊術士であり、必然的に、直接戦闘を担当するのは、チェルシーさんということになる。

 その彼女に、一つの怪我も負わせずに、最深部まで攻略しろ、というのは、確かに普通に考えれば、難しいことかもしれない。

 特に、後衛職というのは、前衛職に守ってもらい、その隙に呪文を完成させることが常識だ。

 無理難題とまでは言わないが、マネージャーさんの出す条件は、一般的な攻略に照らし合わせて考えてみると、それなりのハードルのように感じられた。

 もっとも、僕ならば、それができてしまうのだが。


「わかりました。彼女には傷一つ負わせません」

「あと、俺もついていくからな」


 どうやら、僕の実力を見るためにも、彼も同行するようだ。

 まあ、守るのは、得意だ。1人でも2人でも守って見せよう。


「もう、マネージャー、話長いよ。とりあえず、行こ」


 こうして、チェルシーさんとともに、初のダンジョン攻略が始まった。

 この初級ダンジョン"西の洞窟"は、もっともスタンダードなダンジョンの一つで、階層式になっている。

 各階層は迷路になっており、そのどこかに下層への階段が設置されている。

 広さはそこそこと行ったところだが、フロア内には、照明も設置されており、見通しも悪くない。

 暖色系の灯りで照らされた道を、意気揚々とチェルシーさんが進み、そのわずかに後ろを僕、そして、最後尾をマネージャーさんが進む。

 すると、それほど進まないうちに、何やら、黒い影が進行方向に浮かび上がった。


「あっ、魔物!」

「ウェアラットだ」


 齧歯類の特徴である大きな歯を生やしたネズミの化物だ。

 一般的なネズミのサイズよりもかなり大きく、人間の腰くらいまでの身長がある。


「チェルシーさん、戦える?」

「もちろんよ! あ、でも、ちょっと待って!」


 敵を前に、なぜか、こちらへと歩んでくるチェルシーさん。

 整った顔立ちが、やけに近くまで……。


「ノル! 私の事は、愛称でチェルって呼んで。もうパーティーの仲間なんだし」

「えっ!?」


 女の子を愛称呼びとか、根暗にはハードルが高いんですが……。


「ほら、早く!」

「うっ……」


 ウェアラットは、こちらの様子を眺めながらキョトンとしている。

 とはいえ、いつ襲い掛かってくるかはわからない。その上、チェルシーさんは、僕が呼び方を改めるまで、諦める気はないようだ。

 仕方ない……。


「え、えっと……チェル」

「うっ!?」


 チェルシーさん改め、チェルが、胸を押さえて蹲る。


「え、え、どうしたのっ!?」

「お、思ったより、破壊力が大きくて」


 えっ、破壊力って、何の……?


「とりあえず、呼び方はそれで!! よーし、なんだかいっそうやる気が出て来たわ!! サポート、期待してるからね。精霊術士様!」


 切り替えるように凛々しい顔つきになると、チェルはブロードソードを構えた。

 さあ、僕も気を取り直して、精霊術士としての力を披露するとしよう。


「アリエル、行くよ」


 僕は虚空に向かって、声をかける。

 さあ、精霊術士の本領の発揮だ。

 精霊術士の戦いには、3つの要素がある。

 1つ目は、魔力。精霊に己の魔力を食わせることで、エネルギーとすること。

 2つ目は、戦況の見極め。パーティーや敵の状態を見て、必要なサポートを考えること。

 3つ目は、精霊への指示。アリエルのような高位の精霊は、人間の言葉では動かない。だから、指示を出すために、特殊な言語を用いる。

 僕は小さく口を開く。 


「ペル・ラオーチイセーチ」


 精霊語と呼んでいる。

 高位の精霊であるアリエルに自分の意思を伝え、行動してもらうために、石にかじりつく思いで、習得した名もなき古代語の一つだ。

 僕の言葉に反応して、アリエルがその力を顕現する。


「うわっ!?」


 瞬間、チェルシーさんが驚きの声を上げた。

 今、アリエルに指示を出したのは、前衛の守備力の向上だ。

 対象の肉体の周りに見えない空気の層を形成することで、本人の動きを邪魔することなく、防御力を向上させることができる。

 元パーティーメンバーは、僕のこのバフの効果に自覚的ではなかったようだが、アリエルを見ることのできるチェルシーさんには、しっかりとわかるらしい。


「凄い! 風の膜が私を守ってくれてるのね!!」

「アー・チャーセク」


 続けて、攻撃力向上のバフをかける。

 うん、この2つをかけておけば、一般人でも、あの程度の魔物に手傷を負わされることはないだろう。

 僕の目を見るチェルに、首肯で返す。

 チェルの方も、頷くと、ウェアラットへと向き直った。

 瞬間、ウェアラットがチェルの方へと駆け出した。

 低レベルの魔物とはいえ、一抱えもあるほどの大きなネズミだ。

 冒険初心者の中でも、初めての戦闘で、ビビって逃げ出してしまうような者もいるが、チェルは冷静だった。

 ブロードソードを正眼に構え、自分は動かず、飛び掛かってくる相手をしっかりと見定める。

 そう、そこだ。


「えいっ!!」


 理想的なタイミングで、チェルが、ブロードソードを振り抜いた。

 なかなか堂に入った太刀筋だ。

 とびかかった態勢のまま、真っ二つにされたウェアラットは、そのまま霧となって、宙に溶けた。


「やった!!」

「うん」


 喜ぶチェルに、にっこりと笑いかける。

 正直驚いた。

 チェルの剣技は、初心者冒険者というわりには、なかなかに洗練されたものだ。

 どうやら、あの手のひらの豆の硬さは、伊達ではなかったらしい。


「よくわからねぇが……。おまえさん、何かやったのか?」


 と、ハイタッチを交わす僕とチェルの横で、ポカーンとしているマネージャーさんが一人。

 うん、そうだよね。傍目に見ていれば、ただ、チェルが剣を振るって、魔物を倒したようにしか見えない。


「マネージャー。ノルは、私にバフをかけてくれたのよ」

「バフ? なんだそりゃ?」


 冒険者の活動にあまり関心のないマネージャーさんは、そもそもバフというものがなんであるのかすら知らないらしい。

 もっとも一般の人のサポート職に対する印象なんて、このマネージャーさんと大差のあるものではない。

 この反応を見れば、僕が、パーティーメンバーだけでなく、視聴者からも役立たず扱いされているのも仕方ないというものだろう。


「今は、私の攻撃力と防御力を上げてくれたの。それも、とびっきり」

「ほう、で、一撃で魔物を倒せたってことか」

「そういうこと」


 一応は納得してくれたらしいマネージャーさん。

 冒険者になりたいというチェルの意思をある程度尊重してくれるあたり、見た目に反して、柔軟な人らしい。


「さあ、この調子で、どんどん行こう!」

「うん」

「ノル。テンション低い」

「えっ?」


 気づくと、チェルが僕の腕を取っていた。


「ほら、頑張るぞー!!」

「お、おーう……」


 彼女に腕を持ち上げられる形で振り上げる。

 いや、超絶な美少女にこうやって不意打ちのように近くに来られると……心臓に悪いです。

 そんな僕とチェルの様子を、マネージャーさんは、腕を組みながら、なんとも言えない表情で見守っていたのだった。

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