第5話 精霊術士、事務所に行く
街1番のアイドル、チェルシーさんから勧誘された僕は、彼女に促されるまま、パーティー登録を済ませると、とある建物へとやってきていた。
「ここが私達のベースよ」
「へぇ……」
凄いな。すでに、ベースまで用意しているとは驚いた。
「というか、事務所なんだけど」
「えっ……?」
事務所っていうと、アイドル業をしている拠点ということになるんだろうか。
一見、2階建ての普通の一軒家だけど。
「とりあえず、入って!」
「う、うん……」
観音開きのドアを開けて、中へと入る。
そこは、普通の家庭のリビングのような作りだった。
中央に置かれた大きなテーブルにソファ。
奥にはキッチンもある。
生活感あふれるその空間の中には、洗濯物なんかも部屋干しされていんだけど……うん、視線をそちらに向けないように善処しよう。
「座って、すぐお茶を煎れるから」
ソファへと腰を下ろすと、すぐに、彼女がお茶を運んできてくれた。
人気アイドルだから、ちょっと高飛車なところがあるのかもと思っていたが、案外、こういうところはちゃんと気が付く子らしい。
「さあ、じゃあ、これからのことについてお話しましょ」
「う、うん……」
「私は、アイドル業と両立して、これから冒険者として聖塔を攻略したいと思ってるの」
「うん」
「レベルはまだ1」
「レベル1……」
まさに駆け出しだな。
でも、あの手のひらを見れば、それなりに鍛錬を積んできたことは見て取れる。
「目標は、聖塔の完全攻略よ。期間は……1年」
「はぁ?」
1年……1年と言ったのか、この美少女は。
「無理だ」
断言できる。
聖塔を1年で攻略しようなんて、深く考えてみるまでもなく、不可能だ。
そもそも、どれだけ時間をかけようが、聖塔の攻略そのものが超難易度なのだ。
今まで誰も為したことがない偉業を、まだ、レベル1の冒険者が、たったの1年で攻略するなんて、できるはずがない。
「無理じゃない」
「いや、無理だよ」
断固とした口調の彼女だが、さすがにこればっかりは、冒険を舐めているとしか思えない。
そもそも、聖塔に挑戦するには、レベルが30以上であるという最低条件が存在する。
1年では、そのレベル30という条件ですら、達成するのは至難の業だと言っても良い。
「どんなに頑張っても、1年は無理。君の熱意は認めるけどさ」
「無理じゃないわ。だから、あなたを勧誘したのよ」
パチンと指を鳴らしつつ、僕を指差すチェルシーさん。
「あなた、獲得経験値アップのスキルを持っているでしょう?」
「なっ、どうしてそれを……?」
そう、僕は、"才覚発現"というユニークスキルを所持している。
これは、パーティーメンバー等、自分が信頼する相手の獲得経験値をわずかに上昇させることができるという代物だ。
ただし、効果は微々たるもの。
せいぜい、気持ちわずかに成長が早い、といった程度に過ぎない。
「とある筋からの情報でね」
いったいどこから漏れたんだろうか。
僕のスキルを知っているのは、せいぜいパーティーメンバーと知り合いの冒険者数人程度のもんだけど……。
でも、僕のスキルを計算に入れたとしても、彼女の目算はあまりにも甘すぎる。
さっき言ったように、僕のスキルの獲得経験値アップ効果はあまり高くない。
というか、本当に効果が高いスキルであれば、たとえ戦力的にはお荷物だと思っても、暁の翼のメンバーが僕を手放すはずがない。
しかし、彼女は本気のようだ。彼女の真剣な目を見てると、僕もいたずらに否定はしたくなくなってくる。
「……わかった。とりあえず期間は置いておいて、聖塔への挑戦が目標ということであれば、僕もできるかぎりは協力する」
「挑戦じゃないわ。完全攻略よ」
一歩も引かない彼女。
どうやら、アイドルという職業の人間は、我が強いらしい。
「まあ、今はそれでいいわ」
と、その時だった。
ギシィ、とやや立て付けの悪い音を響かせながら、建物に誰かが入ってきた。
それは、オールバックに、ひげを生やした壮年の男だった。
最近街でもよく見かけるようになったスーツという衣服を着崩し、サングラスをかけている。
その見た目は……完全にヤクザな人間だった。
あれ、もしかして、アイドルってそういう……。
「おい、お嬢。なんだ、このガキぁ?」
「ずっと話してたでしょ。私の憧れの人、ノルよ」
「なにぃ?」
サングラスを下にずらして、男は値踏みするように、僕に顔を近づけてくる。
いや、ちょっと近すぎ……。
「綺麗な肌してやがるな」
「でしょ」
何の評価だ……。
「ったくよ、まさか、本当に連れてきやがるとは……」
「私が、どれだけ本気か。これでわかったでしょ?」
少し困ったように、頭を掻くサングラス男と腰に手を当ててドヤ顔をしているチェルシーさん。
ふむ、どうやら、僕の勧誘は、彼女の独断専行だったらしい。
「まあ、どうせうちは俺とお嬢だけの零細事務所だ。お前がやりたいようにやりゃいい」
「さすが、私のマネージャー。話がわかるぅ♪」
「言ってろ。で、お前さん」
サングラス男が再びこちらへと視線を向ける。
うん、やっぱり結構顔怖いです、はい。
「俺は、冒険者の事はさっぱりわからねぇ。てめぇ、うちの可愛いお嬢を守れんのか?」
「え、いや、その……」
守ると言っても、僕は前衛ではなく、最後衛職の精霊術士なわけでして……。
「そこは即答しろよ。おい、お嬢、こいつ本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫。ノルさんの実力は折り紙付きだから」
「折り紙付きねぇ。だったらよ、その実力ってやつ、見せてもらおうじゃねぇか」
チェルシーさんのマネージャーらしいサングラス男は、少しだけサングラスをずらすと、にやりと笑った。
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