第4話 精霊術士とアイドル

 目の前で、満面の笑みを浮かべるとんでもなく整った顔の美少女。

 うん、間違いない。

 彼女は、昨日、僕が広場のステージで見た、あの超人気アイドルだ。

 そのアイドルが、なぜか、冒険者ギルドまでやって来て、あまつさえ、僕なんかにパーティーに入ってくれと勧誘をしている。

 そもそも冒険者なのか、この娘?

 完全に、頭が状況についていっていない。

 いや、とりあえず、ギルドに人がいない時間で助かった。

 もし、周りが冒険者だらけの中だったとしたら、たいへんな騒ぎになっていたのは必至だ。


「と、とりあえず……色々、聞いてもいいかな?」

「ええっ、じっくり話しましょう。天才精霊術士、ノル」


 素早い動作で、僕の対面へと座ったチェルシーさん。

 同じ目線で見つめ合う形なったが……うわぁ、本当に綺麗な娘だな……。

 琥珀色の瞳に、小作りな鼻と口、適度に丸みをおびつつもシャープさを保った輪郭。

 うん、どこをとっても、まるで神様が直接造形したかのような美少女だ。

 普段から、エリゼというとびきりの美人を見慣れていた自分をして、彼女に見つめられると、なんだか少しドキドキしてしまう。

 いや、いかんいかん。

 雰囲気に呑まれてどうする。

 自分はこれでも、元Sランク冒険者パーティーの一員なのだ。

 仕事の話というならば、きちんとしなければ。


「えーと、まず、一つ目の質問いいかな」 

「どうぞどうぞ! なんでも聞いて!」


 なんでも、と言われると、わずかに邪な質問が浮かばないでもないけど……だから、ダメだって、僕。


「とりあえず……君って、アイドル……だよね?」

「そうよ! 映像水晶パルスフィアの視聴率クイーン、超人気アイドル・チェルシーとは私の事よ!」


 凄く堂々と宣言する目の前の彼女。

 いや、名前をそのまま言ってたときから感じてはいたけど、アイドルであることを隠すとか、そんな気はさらさらないらしい。


「なんで、アイドルが……?」

「私、なんでも一番じゃないと気が済まないの」


 彼女は言った。


「アイドルとしては、もう1番になったわ! だから、次は、冒険者として、1番になってやろうと思ってるの!」

「そ、そうなんだ……」


 なんというか、ハチャメチャな思想だな。

 詳しくはないが、確かに、彼女はアイドルとしては、この街で1番なのかもしれない。

 でも、そこから冒険者としても1番になりたいとは、ちょっと発想が飛躍しすぎではないだろうか。

 そもそも、冒険者としての1番ってなんだ? Sランクパーティーになることか?


「私の目的は、"白亜の聖塔"の完全攻略よ!!」

「えっ……?」


 白亜の聖塔。それは、この街の中央に聳え立つ、天まで届くと言われている長大な塔の事だ。

 他の多くのダンジョンと同様、この世界を創造した女神様が建てたものだと言われている。

 その攻略難易度は、すべてのダンジョンの中でも、3本の指に入り、最上階には、誰も到達したことがないという、まさに冒険者にとっての最終目標ともいえるような、夢とロマンにあふれるダンジョンだ。

 元々、この街も、聖塔が建っていた場所に、街を拓いたといったようなもので、当然、冒険者だけではなく、一般人にとっても、知らない人はいないというほど有名だ。 


「大きく出たね」

「あっ、大言壮語だと思ってるわね。でも、私は、本気」


 目を見る。

 うん、瞳に野心がメラメラと燃えている。


「だから、メンバー集めも本気なの」

「だったら、僕なんか誘わない方が良いんじゃ」

「ううん、あなた以外考えられない」


 また、ブンブンと大きく首を振り、キラキラとした瞳で僕を見つめる彼女。


「私、ずっとあなたのファンだったの」


 そう切り出すと、彼女は、目を閉じ、ほれぼれするように語り出した。


「もう大好きなの。あなたが出演している攻略動画は全部見たわ! 業者の人にお願いして、記録用の映像水晶パルスフィアに転写してもらったくらいよ!!」

「そ、そんなに……」


 記録用の映像水晶って、あんまり一般には出回ってないと思うんだけど……。


「なんで、僕なんかに……?」

「僕"なんか"?」


 急に、チェルシーさんが目を細める。

 あ、あれ……なんか地雷踏んだ……?


「あ、いや、だって、僕って、あんまり目立たないし」


 実際、今日、たくさんの冒険者達に無下に扱われて、嫌というほど、自分の印象の悪さというのを痛感した。

 そんな自分のいったいどこが良いというのだろうか。


「確かに、ノルは、地味だわ! ちょっとびっくりするくらい地味よ!! それに、なよなよしてて、弱そう!」


 うっ、それはわかってます……。


「でもね。よく見たら、顔は目が大きくてすごくかわいいし、言霊を発している声も女の子みたいに高くてかわいいし、扱ってる風の精霊様も強い上にかわいいし」

「あ、へっ……?」


 か、かわいい……とは?


「あっ、今のそのキョトンとした顔もかわいいわ!」

「うぇっ!?」


 思わず、変な声が出た。

 かわいいって、なんだ?

 それ、誉め言葉なのか……?


「えっと、君は……僕が、その……かわいいから、推してるってこと……?」

「半分はそうよ!」

「半分?」

「残り半分は、まぎれもない実力よ」

 

 言いながら、一層うっとりしたような視線で僕を見つめるチェルシーさん。


「あなた以上に"できる"冒険者なんて見たことないわ! 味方のサポートに敵への牽制、風の精霊の力を上手く操って、他のパーティーメンバーの能力を実力以上に引き出している。あんな戦い方ができる冒険者、あなただけよ。私、いつもあなたの一挙手一投足に夢中だったわ。勇者や聖女ばかり映すカメラに、いつもイライラしてたもん」

「もしかして、君、精霊が……アリエルが見えるの?」

「ええ、もちろんよ。今もそこにいるわよね」


 そう言って、僕の頭上を指差す彼女。

 アリエルは、確かにそこにいる。本当に、彼女には、精霊が見えているんだ。


「私は、ずっとあなたに夢中なの」


 そう言って、蠱惑的にウインクをしてみせる彼女。

 何も言葉を返せなかった。

 にっこり微笑む彼女の顔をまっすぐ見ることができず、僕はわずかに顔を伏せた。

 正直、涙が出そうだった。

 パーティーから追い出される前からずっと、僕は、誰かに認められたかった。

 役立たずだと蔑まれ、不名誉なあだ名をつけられ、多くの同業者達から、取るに足らない存在だというふうに扱われてきた。

 でも、違った。

 中には、僕の事を、こんなふうに評価してくれる人がいたのだ。

 いつの間にか、目の前の彼女が、本当に自分にとっての女神のように見え始めていた。


「だからね。慌ててギルドまでやってきたのよ。あなたが他のパーティーに取られてしまう前に、仲間にしたいと思って」


 そう言って、彼女は、手を差し出す。


「もう一度、改めて言うわ。精霊術士ノル。私とパーティーを組んでくれますか?」


 差し出された手を、僕は自分でも驚くくらい、スッと掴んでいた。

 そして、気づいた。

 グッと握った彼女の指の付け根に、硬い剣ダコがいくつもあることに。

 ただ、手を握っただけで、彼女が遊びではなく、冒険者としても、本気で上を目指したいのだということが伝わってくる。

 心は、すでに、決まっていた。


「よろこんで」


 彼女の意外なほどに硬い手のひらを、きつく握り返す。

 それが、後に、最速でのSランク昇格を成し遂げることになる冒険者パーティー「極光の歌姫ディヴァインディーヴァ」の誕生の瞬間だった。

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