Chapter13:黒い計画をぶっ壊す! ③

    ◎


「市長、くだんの誓約書はこれで合ってますか? 合ってますよね?」

 市役所が閉まるギリギリに市長室へと辿り着いた。

「お前……よくここまでのことができたな」

 市長は受け取った誓約書をしみじみと眺めながら素直に感嘆かんたんの声を漏らしたので、

「俺を見くびりすぎですよ」

 俺は超ドヤ顔で鼻を鳴らした。

「俺があの時、一時の怒りの感情だけで学校を辞めたわけないじゃないですか。無職ニートの立場なら自由に動き回れるし、こんな真似だって容易にできちゃうからですよ」

「立場、か。確かにお前と違って職に就いてたり学生だったりすると身動きが制限されるな」

 市長は俺を褒めてるのかけなしてるのか分からない。

 それはいいとして、一つ市長に言っておかねばならないことがあった。

「市長、すみませんでした」

「は? なんだ藪から棒に」

「俺、市長は公務サボりまくりのクソボンクラだとずっと思ってましたけど、不器用ながらも市をよくしようと動いてくれてたんですね。それを知らずに、ひたすら糾弾きゅうだんして……」

「無知な若者ってのはそんなモンだろ」

 市長はフッと達観した笑みをこぼす。

「人は立場や肩書きがあればあるだけ動けなくなる。人殺しもしないけど正義のために動くこともできない。立場や肩書きの鎧を身にまとうことで自信を得るが、同時に行動範囲も狭めてしまう。範囲は距離じゃなくて、パターンだ」

 俺から視線を外して続ける。

「そういう意味では、片倉が羨ましいよ」

 嘆くように呟くと、再び俺の目を見て市長は神妙な顔立ちを作る。

「だが、片倉も気心の知れた者が増えるとそれだけ動けなくなるのではないかとも危惧きぐするぞ」

「俺はハードボイルドですから心配には及びませんよ」

「そういう問題じゃねぇよ殺すぞ」

「突然殺気立ちましたね」

「まっ、俺様の偉大さが分かれば? 許してやらないこともないぞ! ガーッハッハッハーッとな!」

 あー、一気にウザくなってきた。やっぱりコイツ嫌いだわ。いつかボコろ。

「だがこいつを知事に流せば黒杉先生の汚職を証明できるな」

 市長が誓約書をFAXにセットした、

 その時だった。


「市長、そいつを返せ――!」


 血相を変えた黒杉が市長室に乱入してきた。

 やはり勘が鋭い。誓約書がここに流れたと察知したか。

「貴様……貴様が持ち出したのか。浅間様まで無理矢理巻き込んで。このニセ代理秘書が」

 黒杉は俺の顔を見てすごんできた。

 こいつの中で浅間さんは被害者扱いなのは都合がいい。彼女に危害が及ぶ恐れがないから。

「そうですよ。浅間さんも利用させてもらいました」

「私の秘書が眠らされていたのも君の仕業か」

「イエス! 十六歳のいたいけな若造の仕業です!」

「とんでもないガキがいたもんだ」

 黒杉は眉を豪快に吊り上げたが、すぐに市長へと掌を向ける。

「それを知事にバラされたら私は全てを失う。そんなことが許されると思うか?」

「許す許さないはあなたの判断ではなく、知事がお決めになることです」

「市長……! 誰に向かって意見してやがる!」

 市長が珍しく市長らしい振る舞いをしている。ちょっとビビったわ。

「市長の言う通りです。黒杉さんは客観的に見てスーパード悪党です」

 俺もすかさず加勢すると、黒杉がさげすむ視線を送ってきた。

「どの立場からモノ言ってんだ?」

「有権者の立場です」

「君、選挙権ないだろ」

「じゃあ次期有権者です」

「……下らん」

 黒杉はジャケットの内ポケットから拳銃を取り出して、銃口をこちらに向けてきた。

「貴様らはここで死んでもらう。悪く思うなよ」

「こんなところでそんな物騒なモンぶっぱなしたら、音で人が飛んでくるのでは?」

「定時はとっくに過ぎている。ウチは定時退勤モットーで動いてるから屋内おくないには誰もおらんよ」

 市長は悔しげに下唇を噛んだ。

 警備の人すらいないのか? その人件費までも削減してるの? ヤバない?

 だとしても、監視カメラで足がつきそうなものだけどな。

「市長が大人しく私に協力しておけば、お互い多額の金がふところに入って美味しかったのによ」

「正直それはもったいないと思ってます」

「思ってるんですか!?」

 俺は施設のためなら金には釣られない! とかカッコイイこと言えないのかい!

「そんなモンでお前の思い通りにはならないぞ」

 俺は黒杉を挑発する。

「ならば、君から死ね」

 奴は勢いよくトリガーを引いた。

「「「………………」」」

 しかし、不発。

 銃口から弾が出てくることはなかった。

「な、なんだと? おかしい、弾は入ってるはずなのに……!」

 黒杉は何度もトリガーを引くが、銃弾が飛ぶことはなかった。

「残念でしたぁ。昨日、あなたが僕にジャケットを渡してきた時に銃弾全部抜きましたー」

 俺は狼狽うろたえる黒杉に福笑いのような顔であおる。

 くう~っ! 不意の展開に黒杉みたいな輩が狼狽ろうばいするさまは見ててマジ気持ちがいいっ!

「悔しい? ねぇ悔しい?? アンタの思い通りには参りませんよ~? ひゃっほーい!」

「お前性格悪ぃな……」

 まさか市長に引かれるとは! お前が言う!? って感じなんですけど。

「ぐぬぬぬ、猪口才ちょこざいなクソガキがぁ……」

 黒杉は拳銃を放り投げて、

「せめて市長、私が直々に貴様に天罰を与えてやろう……!」

「うぐ……!」

 市長の喉元に両手を置いて首を絞めはじめた。

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