Chapter13:黒い計画をぶっ壊す! ②

「あぁ、お前が秘書の代理か。ずいぶんと若いな」

 事務所に入ると、黒杉が俺の頭のてっぺんから足先までを舐めるように見て鼻を鳴らした。

押忍おす! 片倉巧祐です! 名刺は忘れました! 一日だけお世話します!」

「そこは『お世話になります』だろ」

 黒杉は呆れ半分、笑い半分で指摘してきた。

「といっても今日は秘書らしい仕事はないぞ。雑用だけだ」

「承知いたしました!」

 俺はフレッシュ感が出るように大きな声で返答した。

 今日の仕事が雑用だけとは幸運なり。

「気合十分だな。そんなお前に最初の職務を与えよう」

 黒杉は脱いだジャケットを投げてきた。

 ジャケットを受け取ると――

(……ん? この硬くて重い、無機質な感触は――)

「ジャケットの埃を落としておけ」

「承知いたしました!」

 黒杉は満足げに頷くと、奥の部屋へと入っていった。

 このクッソ暑い中よくジャケットなんざ着ていられるな。まぁ俺もだけど。

 この事務所は二部屋の間取りで、外玄関から入った部屋がパブリック空間で誰でも入室できるっぽい。

 奥の部屋が黒杉の事務室で、常に施錠せじょうされているようだ。

 今も黒杉が事務室に入る際に鍵を開錠して、部屋に消えるとすぐさま施錠せじょうされた。

 ひとまずは指示通りにジャケットの埃を落とす。ついでにオプションで一つおまけしておく。

「おう。悪いな」

 事務室から出てきた黒杉にジャケットを羽織らせる。

「お前、秘書経験はどれくらい?」

「ド新人ですよー。至らないところが多くてすみません」

「はは、最初は仕方ないよ」

 黒杉は口角を吊り上げて笑う。笑顔がどこか胡散うさん臭い。

「せっかくだ。答えられる範囲で質問に答えてやるぞ」

 口が軽い奴だなと思いつつも、答えてもらえるなら遠慮はいらないな。

「ではお言葉に甘えて」

 質問事項。そんなものは決まっている。

「再開発計画のカジノ誘致ゆうちは黒杉様のご発案ですか?」

 質問を投げかけると、黒杉は鼻で笑った。

「誰にも言うなよ――その通りだ。愚かな市長は児童養護施設が生まれ変わる、子供たちが喜ぶと張り切っていたが、はじめからあそこには消えてもらう算段だったんだよ」

 平坂高校の件といい、市長にも人の心があったんだな。奴も奴なりの正義を貫いていたのだ。

 やっぱり、カジノ誘致ゆうちは黒杉の肝入りだったか。

「その算段が反故ほごにされるリスクもあるのでは?」

「ぬかりはない。私は取り決め事の際には必ず誓約書を書いて保管している。口約束ほど信用ならない契約はないからな」

 その誓約書は知事ら上の人間は知らないはず。つまり、カジノについては認可が下りていない。それを知事ら上の連中に証明できればワンチャンあるな。

「カジノを作るにあたり、平坂市に点在している空き地では土地の面積が足りない。だからそこそこ広い土地を有する児童養護施設にご退場いただこうってな。それを馬鹿正直に話してもあの市長が反対するのは目に見えていたから、誓約書を書かせたのだよ」

 誓約書の効力が発動し、サインした市長は黒杉に逆らえない。

「誓約書の中に再開発の支援条件に盛り込んでおいて、な」

 それを見越して誓約書を書かせて、強制的にカジノを作るように仕向けたわけだ。

「アホ市長は当然気づかずに速攻サイン。全ては私の思惑通りに事が運んだよ。これで邪魔な児童養護施設は取り壊し確定、グッバイだ」

「その場合、子供たちはどうなるんですか?」

「適当に他の施設に飛ばせばよかろう」

「………………」

 なんて外道な。こいつだけは絶対に許さん。

「この際だ。市長の裏話もしてやろう」

 俺が憤慨ふんがいしていると、喋ってて気分が乗ってきたのか、黒杉は市長の話もしはじめた。

「奴は元々平坂市の市長は拒否していたんだよ。営業マンで、市長ってガラじゃなかった。本人は一生営業一本で行きたかったそうだ。しかし先代の辞職が決まって以降、次期市長のなり手がいない中で、奴に白羽の矢が立った」

 その背景があったから、日々公務をサボッていても容認されているのかな。

「そんな奴も市長就任当初は『俺が平坂市を変えてやる』と意気込んでいたものだ。元営業ってこともあり足で街並みを確認して、次々と政策を発案していった。営業は足で稼ぐからな」

 市長が街をブラついていたのにも一応ちゃんとした理由があったのか。それを俺はサボりだと決めつけて……大変申し訳なかった。

「ただ、市長が市政運営に向いてないのは自他ともに認めるレベルだった。打ち出す政策は愚策ばかりで会議で却下されるか、実際に実現しても逆効果に終わることも多々あった」

 確かに、奴が打ち出す策は悪手あくしゅばかりで逆効果を生み出している。絶望的に市政に向いていないのだろう。

「その末路が今の有様よ。所詮あいつはお飾り市長。せいぜい私に使われるのが関の山だ」

 黒杉は市長を心底見下しているようで、ディスりのオンパレード状態だ。

「あれだけの無能だとこっちも利用しやすくてありがたいよ。簡単に騙されやがる」

 黒杉は顎を手で触り、大きく息を吐いた。

「……っと、喋りすぎたな。今日はもう上がっていいぞ」

「はい、お疲れ様でした」

 怪しまれないよう、俺は自然な所作で事務所をあとにした。

(恐らくは事務室の中に誓約書がある)

 もう一度チャンスを作って、奴から誓約書をかっさらいたい。

 日の感覚は開けたくない。明日、早速リベンジさせてもらうとするかな。


    ◎


 翌日。

「おう、片倉。今日も暇そうだな」

「青柳さん」

 黒杉の事務所まで向かう道で青柳さんと出会った。今日もいかつカッコイイなぁ。

「黒杉事務所まで野暮用でして」

「黒杉ィ……?」

 黒杉の名前を耳にした青柳さんは顔をしかめた。

「アイツ、すっげぇきな臭ぇよな。尊大な態度も腹立つ」

 青柳さんも奴にはいい印象がないみたいだ。

「実際に黒い一面がありますよ。今日は化けの皮を剥がしてやります」

 話を聞いた青柳さんはニヤリと口の端を吊り上げた。野性的な笑みだ。

「面白れぇじゃん。都合ついたら俺も組のモン連れて加勢しに行くわ」

「それは心強いです」

 参戦の保証は絶対ではないが、隠しキャラとして期待しておこう。

 今更ながら青柳さんと連絡先を交換し、連絡が可能な状態となった。


 本日も代理秘書になりすまして黒杉事務所に侵入する。

 昨日で事務所のレイアウトは把握した。今日は黒杉がいない隙に誓約書を奪おうって魂胆だ。

「さぁ今日は私のターンだよ! あの女子大生でもできたんだから、私にもできる!」

「よ、よろしくお願いします、浅間さん」

 浅間さんに事情を説明して、今日の助っ人をお願いした。

 浅間さんは俄然がぜん張り切っているが大丈夫だろうか。

「立派にハニートラップを仕掛けてくるね」

 浅間さんは意気揚々と事務所に乗り込んだ。

 俺は昨日と同様に窓から様子を見る。

「あの、すみません。秘書さんに用がありまして」

「二日続けて……もう騙されないぞ」

 秘書はがっつり警戒していた。まぁそうだわな。昨日の今日で簡単に引っかかるはずが――

 三分後。

「結局また罠かよ! 俺だって少しはアバンチュールを期待したっていいじゃないの!」

 秘書は昨日と同じ要領で代理秘書の手配をした。で、例によって眠らせて衣類を奪った。

 カップラーメンができるスピード感で代理秘書の肩書きを手にした。

 ということで、俺は昨日に引き続き事務所へと入った。

「黒杉様、こんにちは! 今日もよろしくお願いします!」

「あのバカまたかよ。まさか、日が高いうちから女をホテルにでも誘ってるんじゃなかろうな」

 妙に勘が鋭いな。さすがは政治家。

「ま、さすがにそれはないわな。即解雇事案だもんな、ははは」

 事実なのが悲しいさがだ。色欲にまみれた秘書の成れの果てである。

「こんにちはー」

「……! 浅間様……!」

 黒杉はあとから現れた浅間さんの顔を見るなり、一瞬のうちに表情が強張った。

「いつもお世話になっています」

「いえいえ! 私がお父様にはお世話になっております!」

 どうやら黒杉は浅間さんよりも立場が下で、彼女には頭が上がらないらしい。

 それにしても浅間さんの父親、ナニモノ?

「して、浅間様が今日はどのようなご用件でしょうか?」

 黒杉は手でごまをする動作をしながら浅間さんにお伺いを立てる。

「黒杉さんの事務室を見せてくださりませんか?」

 想定外の要望に黒杉はしばし固まったが、

「……承知です」

 鍵を解錠して、扉を開けた。

 俺たちが事務室に入ると、黒杉はそわそわしながら俺と浅間さんの様子を見守っている。

「黒杉さん。急にコンビニの肉まんが食べたくなってきました」

「コ、コンビニ限定ですか? ですが今の季節、売ってない店が多いですよ」

 浅間さんからの突然のパシリ指示に、黒杉は身振り手振りで厳しい旨を伝える。

「それでもなんとか探し出してくれると嬉しいですねー」

「わ、分かりました。おいお前、この部屋と浅間さんを死守しろ」

「ラジャーです!」

 黒杉はリムジンに乗ってコンビニへと向かった。

「浅間さん、ナイスプレーです」

「ふふん。私だってやる時はやるのだ!」

 浅間さんは手でピースを作ってニカッと微笑んだ。

「さて、誓約書を探すか」

 二人で手分けして事務机や棚を物色するが、見つからない。

「この中だろうな……」

「鍵がかかってるね」

 事務机のキャビネットに鍵付きの引き出しがあり、施錠せじょうされている。

 施錠されてるってことは、隠したいものが入っているに違いない。

「そこで再びこいつの出番だ」

 俺が青柳さんから購入したマグナムを取り出すと、浅間さんはくりっとした目を見開いた。

「銃じゃん! どうして持ってるの!?」

「俺、準備怠らない系男子ですので」

 俺の決め台詞に浅間さんは絶句しているが、気にしている時間はない。

 鍵穴部分にマグナム弾をぶっぱなすと、引き出しが開いた。中身は無事で丁度いい塩梅あんばいだ。

「あった。これだわ」

 中身を漁ると、『平坂市再開発計画支援誓約書』と書かれた紙を見つけた。

 せっかくなので他の資料も全部取り出した。

「こいつらは汚職の証拠品になるな」

 この際だから全部乗せで市長に上納じょうのうしよう。

「あとは俺に任せて浅間さんは帰宅してください。ありがとうございました」

「了解だよー。今度、遊びに誘ってね」

 浅間さんと別れ、市長のところに向かう。黒杉が戻ってくる前に。

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