Chapter12:再開発で失った人々の心は復活しない ②
◎
児童養護施設『ひだまり』まで足を運んだ。
今日も子供たちが校庭で遊んでいる。よきかなよきかな。
「こんにちはーっす。片倉巧祐と申します。ちょっとお話いいですか?」
「ええ、いいですけど」
「ありがとうございます!」
年配女性職員に声をかけると一瞬警戒されたものの、俺がただのクソガキだと分かるとガードを解いてくれた。
「再開発で『ひだまり』の取り壊しが決まってしまいましたね」
「はい。寂しいですが、これも時代の流れでしょうね」
職員は言葉の通り、表情から無念感を出している。……気がする。
「子供たちにも受け入れてもらう他ありませんね」
子供たちを細い目で見守りながら、職員は
居場所を失った子供たちはどこに行くのだろうか。
などと考えていると、職員から気になる話が。
「ただ、当初の予定ではここはリニューアルすると聞いていたんですけど、どういう風の吹き回しでしょうね」
「えっ……」
当初の予定? リニューアル? 計画が変わったのか?
はじめは『ひだまり』の消滅は計画になかった……?
「それが、カジノになるだなんて……」
「………………」
それも、市長の差し金だっていうのか?
アイツは本当にさぁ――
「巧祐クン」
「遥風さんじゃないですか。ここで何してるんですか?」
思いがけない人物とエンカウントして、俺は目を丸くした。思考も停止した。
「あたし、大学で福祉サークルに入ったんだ。今日はサークル活動の一環で子供たちの遊び相手になってるの」
「そうでしたか」
サークルか。友達ができたのだとしたらひと安心なんだけど。
「ねぇ、巧祐クン」
「はい?」
「――何かあれば、協力するからね」
遥風さんは天使さながらの穏やかな笑みを向けてきた。
「一人で突っ走るのが必ずしもカッコイイ、ではないからさ」
遥風さんは、俺の頭にポンっと手を置いた。
「難しい顔してるからさ、ついお節介なこと言っちゃった」
それはまるで母性。初めてこの人から包容力を感じた。
「……ありがとうございます。何かあれば連絡します」
「うんっ」
心強い味方がいてくれるだけでありがたい。
「――ん? あれは……」
遥風さんと別れて校庭の外に視線を移すと、遠くから『ひだまり』を見つめる男が二人。背後には黒いリムジンが停車している。
片方は市議会議員の黒杉だった。一緒にいるのは奴の秘書だ。
「もう少し近づいて――っと」
例によって、俺はバレない程度に黒杉まで接近した。
「ここもじきにカジノに生まれ変わるのか。感慨深いな」
「そうですね」
「市長のおかげで私の思惑がとんとん拍子に当たったよ」
「そうですね」
「私の要望通りに計画は立てられた。あとはさっさと施工あるのみだ」
「そうですね」
「……お前、
「私は黒杉先生のイエスマンですから」
「そうだな」
いやお前が
「これで私も市長も利益を得られる。
「そうですね」
「世の中利権と金こそが絶対だ。正直者は我々に
「………………」
「そうですねって言わないんかーい」
「そうですね」
「今言うんかーい」
二人はアホな漫才を繰り広げはじめた。
全ては
「――もう一度クソ市長と話す必要があるな」
◎
今一度市長室に無断で入室した。平坂市だからその辺はノーカンノーカン。
「市長、お話があります」
「おいおいマジか、お前キチガイかよ」
同日二度目の突入に市長は天を仰いで
「『ひだまり』の話ですけど」
「だからそれは取り壊すっつってんだろ!」
「取り壊してカジノを作ると、黒杉と口裏を合わせたんですか?」
俺が問いただすと市長は
「……は? カジノ?」
素っ
「カジノなんて作らねーぞ?」
「えっ。でも黒杉が」
なんだろう、話が噛み合ってない。
「改装! リニューアルするだけだよ! なんだカジノって!? 初耳だぞ!」
「市長、ちゃんとチラシに目を通してないんですか?」
「あぁ!? ――っ!」
市長は引き出しの中から
「計画の内容が、俺の想定と違う……」
市長は魂が抜けたようなか細い声で呟いた。
「まさか、黒杉先生が……?」
「市長はいいように利用されたようですね」
この無能が。まんまと黒杉の罠にかかりやがって。
「チィッ」
市長はスマホを取り出して、電話をかけた。
「あっ、黒杉先生。はい、私です。今お話大丈夫でしょうか?」
黒杉に繋げて通話している。
市長は通話中に何度も驚きの声を上げていた。
「はい、はい。失礼いたします――マジかよ」
市長は
「なんと?」
「黒杉先生に再開発の支援を要請した時に誓約書に押印したんだが……」
市長は震えた声で続ける。
「そこに、支援条件として『ひだまり』を取り壊してカジノ
おーい。そのまま誓約書に押印しちゃったんかーい。トンデモ失策だぞ。
「気づかなかったんですか!?」
「誓約書には文字が小さくばーって並んでて細かく全部に目は通さねーよ! くそっ、詐欺の手口じゃねーか……」
市長は悔しげに左手でチラシを握り潰した。
「全て、黒杉先生の掌の上で転がされてたってわけだよ……再開発計画の一番の目的も、カジノだったのさ」
市長は力なく笑う。いつもの
「目先の利権を追い求めるから足元すくわれるんですよ。どうせ黒杉から甘いささやきを受けたんでしょ?」
「うぐっ」
図星だ。
「再開発は既に実施段階から工事段階に移ろうとしている」
工事段階というと、取り壊しもそう遠くない。
「都市計画は今の内容で決定しちまってる。既に知事の認可も降りている」
市長は頭を抱えて
「プランナーや施工会社にも黒杉先生の息がかかってるだろうし、どうにもならん」
「打つ手なしですか。市長ともあろう人が」
欠片も思ってないおべっかを言ってみたものの、市長の顔は緩まない。
「無理だ……相手が黒杉先生じゃあ、俺は手出しできねぇ」
黒杉とズブズブな市長は役に立たないようだ。いつものことな気もするが。
「――――俺がいますよ」
「お前が?」
顔を上げた市長は腑抜けたツラを向けてきた。
俺は自由気ままなハードボイルド。ゆえにウザいしがらみは存在しない!
「俺こそが、平坂市のジョーカー、片倉巧祐」
俺こと片倉巧祐、ただのハードボイルドに
市長も十分に腐った野郎だが、それ以上の害悪を発見した。
「そう、これは正義ではなく、俺のエゴだ。思想の押し付けだ。
底辺ニートの底力を見せてやる!
黒杉の野望を打ち砕いて、大団円を迎えようじゃないか!
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