Chapter12:再開発で失った人々の心は復活しない ①

「今日も平和だったなー」

 いつものごとく適当に街をブラブラして時間を潰して夕暮れ時になったので、帰宅してポストの中を確認した。

「チラシか――ん、いつものとは違うな」

 一枚のチラシが投函とうかんされていたが、スーパーの特売や不動産の広告ではなかった。

「平坂市再開発計画……?」

 チラシに目を通すと、平坂市再開発計画の内容が記載されている。

 駅前の改築、大通りの整備、空き地の活用――

 へぇーという感想しか浮かばなかったが、ある箇所かしょで目が留まり、怒りの感情が湧いた。

「……あんのクソジジイ」

 市長の顔を頭上に描き、拳でぶん殴る。

 リアルで殴るわけにもいかないが、このまま黙ってもいられない。

「直接抗議しに行ってやる」


 翌朝。

 頭に血が上ったままの俺は、意識せずとも足が動いていた。

 市役所。の、市長室の中。冷房ガンガンで快適だぜ。

 高級そうなソファがテーブルを囲む形で何台か配置されており、奥には市長席がある。

 市長が座ってる椅子はいっそう座り心地がよさそうだ。

 奴はPCとにらめっこしていたが、俺の出現に顔を気だるげに上げた。

「貴様の入室を許可した覚えはないんだが? 朝っぱらからカチコミかけるのはやめろや」

「市長、これはどういうつもりですか?」

 市長の抗議を無視して例のチラシを机上に叩きつけた。たっぷりと詰問きつもんしてやらぁ。

「それはそうと片倉ァ……貴っ様ぁ、この前はやってくれたな」

 しかし市長はチラシよりも俺から目を離さない。別件で物申したいことがある様子。

「この前、ですか」

「平坂高校の件だよ」

 平坂高校教諭陣による隠蔽工作が全国ニュースで流れた後、平坂高校がどうなったかは俺も詳しくは知らない。

 分かっているのは校長、永山ら一部教員が首を切られたことくらいだ。

 今度、原か浅間さんに――できれば原に聞きたいな。浅間さんに聞くと見返りを要求されそうで恐ろしい。

「母校の悪事を暴いてやりました。表彰してください」

「卒業してねーのに母校を名乗るたぁ中卒が調子づいてんなぁ!」

 ツッコむところそこかよ。別に個人の自由でしょうがよ。

「この俺に、メディアの前で頭を下げさせやがって。探偵気取りか!?」

「市長の頭皮がよく見えてましたよ。フラッシュで眩しかったです」

 謝罪会見は教育委員会と市長も同席しており、結構な規模となっていた。

「テメー薄毛をバカにするのは許さねーぞ!?」

 薄毛自体というよりかは、お前個人をコケにしたつもりだけど。

「――俺がしたことは客観的に正しいかは分かりません。けど、俺自身は自分がやったことは正しかったと思ってますから」

 万人から支持される選択肢など存在しない。だから、誰かから非難される覚悟も辞さなければならない。

「作品の雰囲気に似合わねぇ真似して色気づきやがって……」

 市長は鼻をほじくりながらげんなりした顔を送ってきやがる。

「俺だって平坂高校のやってたことは気に食わん。だがそれ以上に俺の顔に泥を塗ったお前はもっと嫌いだわ! でーきれーだわー!」

 こいつにも最低限の良心があったことに驚きだが、そこはやっぱり市長。我が身可愛さがまさっている。はい市長失格。折を見て辞職してね。後任? 知らん。俺がやってもいい。

「本当ならミルライクにお前をボコらせたかったんだが、こんな時に限って奴は風邪で当欠だ。ったく、体調管理は社会人の基本だっつーの。ましてや公務員ぞ」

「いても戦力にならないんだからそうカッカしなくても」

「有給で休んでやがるから給与は発生してるんだよ」

「――って、そんな話をしに来たんじゃないっすよ! 市長、再開発で『ひだまり』を解体するって本当ですか!?」

 チラシの一部分には『児童養護施設がカジノに生まれ変わります!』という記載がある。

 あそこは平坂市らしからぬ活気溢れる数少ないスポットだぞ。

 それを、解体って……。

「チッ、そこにまで首を突っ込むつもりかよ」

 市長はただでさえ目立つシワを吊り上げてたいそう迷惑そうな声を漏らすが、こっちとしても黙っちゃいられない。

「言っておくが、計画はちゃーんとオフィシャルなんで、マスコミも警察も把握してるぞ。その上でどこからも反対意見が出ていない――あとは、分かるな?」

 隠蔽体質の平坂高校とは違うのでなんら後ろめたいことはないと暗に主張している。

「だからって、長年ある施設を解体する必要はないでしょ!」

 あそこは、あそこで育つ子供たちは、平坂市の一筋の光だぞ。その子たちの居場所を奪って何が再開発だよ。そんな計画で失った住民の心は取り戻せないぞ。

「自称パトロールしてたアンタにだって、『ひだまり』の重要性は分かるでしょ!」

「施設は老朽化していてそう遠くない未来に倒壊の恐れすらあるんだぞ」

「修繕すれば済む話じゃないんですか?」

「多額の金を修繕に回すなら、いっそ取り壊してしまおうって地方公共団体とも支援者たちとも意見が一致している」

「そんなバカな!」

「バカはお前だ。すねかじりニートの分際で市の計画にいちゃもんをつけるんじゃない。ガキのワガママもいい加減に卒業しろや」

「………………」

「どうせ無駄だとは思うが、告げておくぞ。計画を頓挫とんざさせようと動いても無駄だ。今回こそは、大人しく見守っておくことだな」

 後ろ盾がある余裕からか、市長は背もたれに流れるようにもたれかかって、足を机の上に置いた。いやいや、不良の中学生かよ。素行悪いにも程があるわ。

 でも、危惧きぐすべきことは他にもある。

「商店街だって、駅前に大型施設ができたら潰れてしまいますよ」

「既にシャッター通りだろ。どっちみち、商店街に未来はねぇ」

「……そんな」

「選別するしかないんだよ。新たに何かを取り入れるなら、何かを切り捨てなきゃいかん。ガキには分からないだろうが大人の世界、いや。人生ってのは、取捨しゅしゃ選択の繰り返しだ」

 落胆して下を向く俺に、市長は凍てついた目を向けて述べる。

 俺もさっき同じことを考えたさ。何かを選ぶということは、何かを選ばぬ、捨てること。

 けど、今回の市の選択が正しいとは到底思えないんだよ。

「片倉はずっと平坂市で育ってるから街に愛着があるのは分かる。けどな、再開発をうたう以上は『ひだまり』のような老衰ろうすいした施設を放置しておくわけにはいかないんだよ」

 今まで実のある施策も実行してこなかったくせに、もっともらしいことほざくんじゃねーよ。

「――平坂市に住んですらいない名ばかり市長に何が分かるってんだ」

「あ?」

 平坂市で育ってもいなければ、一度も住んだ経験もないジジイが得意げに御託ごたく並べてんじゃねぇ。

「そもそも平坂市を今の状態に変えたのは、アンタだろうが!」

 廃れた街並みも! 空き地の放置も! 『ひだまり』の老朽化だって……!

「道路整備のコストカット。空き地のテナント募集もろくにかけない。修繕もしないから公共施設は痛んだ建物ばかり。どれもこれも全部、アンタのせいだ!」

 たまに動いたと思えば、市の復活のためとは到底思えない愚策ばかり。とにかく市の支出を減らすだけのスカタン。

 で、浮いた金はどこに消えた? 市の内部留保か? お前の懐か?

 こいつが市長の椅子に座るようになってから破綻ははじまったんだ。

「中卒がギャーギャー喚くんじゃねぇ! 減らず口を叩きおって!」

 市長は耳をほじると俺を見もしないで、

「用は済んだだろ? いい加減出ていけ!」

 シッシッとジェスチャーしてきやがった。

「ゴミ計画が、頓挫とんざしやがれ……」

 俺は力なく市長室をあとにした。

 うん、自分でも超絶ダサい捨て台詞だと思った。


 市役所を出て、空を見上げた。

 廃れた平坂市でも、栄えてる23区でも、青空は平等に広がっている。

 けれどひとたび視線を下に落とすと、いやが応でも現実を叩きつけられる。

 平坂市再開発計画。

 と、その弊害による『ひだまり』の取り壊し。

「居場所を失った子供や職員はどうなるんだよ……」

 やはり市長をやっつけるしかないのか。

「平坂高校の教師陣が本巻のラスボスだとばかり思ってたけど、そうか。やはり市長、テメェがラスボスだったか」

 王道だが相手にとって不足なし。どんな手を使ってでも徹底的に叩き潰してやるよ!

「主人公の台詞じゃないって? 何度でも言うが俺は正義の味方じゃないのでね」

 よし、やる気が満ちてるうちに一旦あそこに向かうとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る