Chapter9:便利屋は辛いよ ①

「どうしてこーなっちまったかなぁ」

 ぼやきを入れながら警備服に袖を通す。

 いつもの徘徊とは違う。

 こうなったのは――――


    ◎◎◎


「そこの君、いいかい?」

「はぁ」

 河川敷を散歩していると、見知らぬ男から話しかけられた。

 三十代くらいの男性で、ワイシャツにネクタイを締めている。会社員だろうか。

「僕は派遣会社の職員だ。突然で悪いんだけど、今夜バイトを頼めないかな?」

「今夜って、今まさに夜ですよ? 急ですね」

 只今の時刻、午後六時過ぎ。夏の空はまだオレンジ色だが、一般的には夜の時間だ。

「どうせ暇でしょ? いつもこの辺でブラブラしてるじゃん」

 げっ。この人、何回か俺を目撃してるのか。

「暇っちゃ暇ですけど……」

「だよねー! 臨時の単発バイトをお願いしたくて」

 だよねって、微妙に失礼じゃね? いやニートに失礼もクソもないんだけどさ。

「単発バイトですか」

「学校の夜間警備のバイトなんだけど、いつもの警備員さんから今しがた体調不良の連絡が入ってね。直前すぎてさすがに今からじゃ誰も代理召喚できなくてね」

 そこで暇を持て余してそうな俺に白羽の矢が立ったのか。

「別にいいですよ」

 断ってでもやりたい用事もないので構わないけど。

 母さんに深夜バイトするので今夜は帰らないって連絡しないとだな。

「で、どこの学校ですか?」

「平坂高校なんだけど」

「うげっ」

 よりにもよって平坂高校かよ。因縁ありまくりなんだよなぁ。

「都合が悪かったかな?」

「……いえ、男に二言にごんはありません。やります」

 やると言ったあとに仕事を選り好みするのはタブー。大人しく勤しむしかない。

「ありがとう。先に日給渡すね」

 リーマンは鞄から封筒を取り出して俺に手渡す。

 中身を確認すると、一万五千円が入っていた。

「先払いで大丈夫なんですか?」

 もし俺がバイトをバックレたらどうするつもりなんだ?

「君はおとこだろ? だから信用してる」

「信用していただき光栄です」

 よく分からないが、俺は信用されているらしい。

 リーマンは再度鞄を漁ってキーリングを取り出した。

「これ、警備室の鍵ね。作業マニュアルと警備服は警備室にあるから。まぁ仕事は巡回だけで監視とかは機械でやってるから難しい仕事ではないよ」

 鍵を受け取り、ポケットにしまう。

「時間は十九時から翌六時まで。用務員さんが出勤してきたら帰っていいからね」

「了解です」

「よろしくね」

 リーマンは俺の肩を手でポンと叩いて歩き去っていった。

 今の俺はニートというよりも街の便利屋みたいだな。以前も日雇いバイトをしたしね。

 本来であれば十六歳の俺が深夜労働をするのは労働基準法違反で雇用側が罰せられるところだが、図らずもここは魔境平坂市。その辺の心配はご無用だ。

「んじゃ、元いた高校へと参りますか」

 一ヶ月ぶりとなる平坂高校へと足を進めた。


    ◎


 回想、以上。

「どうしても何も、俺が快諾したからだよ」

 回想した結果、俺がギルティだった。

 警備室で警備服に着替えてマニュアルを眺める。

 色々と書いてはあるが、俺の作業範囲はあくまで校内全体の巡回のみ。

 ひたすら巡回して、休憩は一時間分を何回かに小分けにして取る。交代制であればまるっと一時間休憩できるんだけど、ここの警備はワンオペなのでこのスタイルなのだそうだ。

「確かに仕事は簡単だな」

 あとは睡魔との戦いか。今朝九時起きの俺にとっては徹夜のミッションとなる。

「エナドリを飲んでおくか……」

 勤務開始まで少し時間があるので近場のコンビニで買ったエナジードリンクで喉を潤す。

「奇襲してくる睡魔の勢力を炭酸とカフェインが吹き飛ばすぅー!」

 知らんけど。プラシーボ効果かもしれんけど。

「にしても、夜間の学校巡回、ね」

 ひと昔前は用務員さんが校内の住居に住み込みで働いてたものだ。警備体制が進化した今でこそ作業範囲外となったが、昔は用務員さんが警備の仕事もこなしていたそうな。

「っと、時間だな」

 勤務開始といきましょうか。


「おい、そこで何してる?」

 私立平坂高校の校舎に入ると、居残りで仕事をしている教師と鉢合わせた。

「今夜の警備を担当する者です」

「あぁ――って、片倉じゃないか!?」

 教師は俺の顔を二度見して目を見開いた。

「はい、まさに片倉巧祐です。ご無沙汰しております」

 軽く会釈すると、教師はゴミを見るような視線を投げてくる。

「普通に部外者だと思ったわ」

「トホホ、元生徒の俺も今や部外者扱いですか」

「部外者で済ませてやったことに感謝しろ。本音では不審者扱いしてやりたいところだ」

「不審者とか更に扱い酷いですね!」

 教師は毒づき終えると俺のたたずまいを眺め、顔を歪ませて笑った。

「問題を起こして中退した戦犯者が今や底辺バイトか。落ちぶれたもんだな」

 おおよそ教師の言葉とは思えぬ暴言。警備の仕事を侮るなかれ。警備職の方全員に土下座回りしてくれや。

「僕では先生のような高尚こうしょうな職には就けませんから」

 適当におだてると、教師は鼻を鳴らして去っていった。

(クソ先公が)

 あんな教師ばかりを集める学校のセンスが分からんな。


    ◎


(ここも異常ナッシング)

 懐中電灯を持っての何巡目かの巡回。教師も既に全員帰宅している。

 全ての部屋、廊下、体育館、校庭、校舎裏、下駄箱と全個所を回るが、特に異常はなし。

(ま、異常事態に出くわすイベントはそうそうないわな)

 それが平気で起こるのが平坂市の恐ろしさだけど。


「…………ですね」

「えぇ…………しましょう」

「……は、……」


(ん……?)

 近くで声が聞こえる。小声でささやき合う数人の声だ。

 もう二十二時を過ぎているんだけど何者だ?

 懐中電灯を消して声の出所でどころ、資料室に向かう。

 すると、数名の教師が資料室の中で紙を眺めながら話し合いをしていた。

 その中には俺の元担任、永山勇樹ながやまゆうきの姿もある。

(もっと近づいて、っと……)

 連中の声が聞こえるところまで近づいた。

「三年三組の生徒同士の揉め事ですが」

「はい。当然闇に葬り去ります」

「ではこの件も資料室で永眠してもらいましょう」

「余計な噂が校外に漏れれば、我が校の沽券こけんに関わるからな」

「入学希望者が減れば、利益も減ってしまいますしね」

「余計なトラブルは起こさないでほしいものだ」

(これ――隠蔽いんぺい現場じゃねーか)

 耳に入った話を要約すると、校内でトラブルがあったが、それをなかったことにしたと。「この件も」のニュアンスから、揉み消した数々のトラブルは内容を資料化して資料室に封印してるっぽいな。

「これも片倉のアレが発端で起こった騒動と聞いたが」

 不意に俺の名前が挙がり、思わず身をすくめた。

「はい。奴は本当に余計な真似をしていきましたよ」

「学校を荒らして、自分はしてやったとばかりに颯爽と退学しましたからね」

「若さゆえの自己陶酔とうすいに浸ってたんでしょうけど、我々からすれば災厄さいやくそのものですよ」

「あの空気の読めないクズ野郎め……」

 教師陣は揃って俺をボロカスにけなすが、お前らだって同じ穴のむじなだろ。生徒からしてみれば、この学校に入ってしまったことが災厄さいやくだよ。

 入試の願書提出前にこの学校の正体に気づければ一番いいのだが、どうせネット掲示板とかの都合の悪い口コミは削除させてるんだろうな。私立高校の悪いところだよ。

 あと最後の永山の発言は完全にただの人格攻撃だよな?

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