Chapter8:ヒモは上から勝手に垂れ下がってくる ②
◎
喫茶店へと到着。空いてる四人掛けのテーブルに座った。
この喫茶店は
華がない場所だけど、ハードボイルドな俺にとってはアウェー感がないので逆に居心地がよく、度々一人で足を運んでいる。
「で、予想通りですけどなんでついてきたんです?」
ついてくるだけならまだしも、当たり前のように俺の隣の椅子に腰掛けてきた。勝手に店員にも二名ですとか言っちゃうし。
店員も店員で「ついに片倉にも彼女ができたか」とか抜かしおるし。あの
「逃がさないって言ったでしょ」
なんか前回のお話と温度差がありすぎるんですけど。ま、前回がおかしかっただけだよね。本来の世界観はこんな
……次の話でまた妙なシリアスは起きないだろうな?
「浅間さんはどうしてあんなところに?」
「
「そもそも、浅間さんはなぜ俺をストーキングしてるんですか?」
浅間さんほどのスペックの持ち主なら、いい男から引く手
「ストーキングって人聞きの悪い表現やめよ?」
「じゃあ追っかけということで」
どちらも本質はそこまで変わらない気もするが、物は言いようだ。
「追っかけ――うん、いいね! 私、あなたのファンだし」
「ファ、ファファファ、ファーン?? ファンタスティーーックゥ!?」
この俺の、ファン……? 某炭酸飲料でもPCについてるアレでもない、ファン?
浅間さんは嬉しそうな笑顔で納得してうなずいているが、俺は一切理解できないぞ。
「前からあなたとはお話ししてみたくて、あの日橋であなたを見かけてから私は平坂市内を散歩する体で君を探し続けていたの」
浅間さんは肘をテーブルに乗せて、頬杖をついてニコニコしながら俺を見つめる。
「暇なんですか?」
暇ならバイトなり少し早い受験勉強に勤しんだ方が有意義では? 名家のお嬢様がこんな廃れた街を一人でフラフラしちゃいかんよ。
「そういう片倉くんこそ、
浅間さんは俺の顔と
「埋蔵金を掘り当てようとしてました」
「あー、昨日のテレビの」
浅間さんも例の番組を観ていたらしく、なるほどと納得した。
「片倉くんも暇そうだね」
「なんせ高校中退のニートですから」
自身の肩書きを毎度のごとくドヤ顔で話すが、ドヤ顔できる要素は一つもない。
てか「片倉くんも」って、結局浅間さんも暇だったんすか。
「自由がきくと色々チャレンジできていいよね――――って、キャーーッ!?」
「なっ!?」
突如悲鳴を上げた浅間さんが俺にむぎゅっと抱きついてきた。あっ、
「ジ、ジ、G~~ッ!」
ぷるぷると震える浅間さんが指差した一メートルほど先の床にはGが佇んでいた。
「止まってるから今のところは大丈夫――」
「動き出したっ!? こっち来てるじゃん!?」
「むぎゅうっ!?」
抱きつく力と、胸の押し当てがより強まってGよりも先に俺が昇天しそうになった。
だが、怯える浅間さんは無視できない。
「しゃーない。俺とエンカウントしたのが運の尽きだ」
俺は彼女の前で立ち上がり、Gが
「おりゃっ!」
Gに負けぬ素早い動作で足を動かして奴を踏み潰した。あとでスニーカー洗わないとな。
「悪いな。俺は生かしたまま外へ逃がせるほど器用じゃねーんだ」
苦労なくGの退治に成功。さながら気分は暗殺者だ。
「あ、ありがとぉ~! ありがとぉ~!」
浅間さんは再び俺に抱き着いて、涙目でお礼を口にする。
「ち、近い――むぐっ」
浅間さんと身体が密着していて、お互い薄着ゆえに感じる彼女の体温とか柔らかい感触とか彼女の髪や身体から漂うほのかな香りとか俺の顔に当たる甘い吐息とかで俺は心臓が止まりそうになり――
「もう、大丈夫ですから。落ち着きましょう」
浅間さんの肩を引き
「ご、ごめんね!」
「はは。浅間さん、反応が乙女みたいですね」
「みたいじゃなくて、乙女そのものですけど!?」
「そうでした。美少女です」
「び、美少女ってそんな……」
浅間さんは両手で顔を覆ってしまった。耳まで真っ赤になっている。うーん、可愛いな。
そんなやりとりをしていると、店員が注文の品を持ってやってきた。
俺にはアイスカフェラテ、浅間さんにはアイスロイヤルミルクティーが置かれる。
その際に店員が俺にウインクしてきやがった。おい、まさかさっきのGはお前の差し金じゃないだろうな。飲食店でGが客の前にこんにちはするのはかなり致命的だぞ。
危ない橋を渡ってまで余計な真似をした疑惑が浮上中の店員について
「片倉くんは、どうして平坂高校であんなことをしたの? その、放送室ジャックを」
ロイヤルミルクティーを一口飲んだ浅間さんが問いかけてきた。
「いじめを一つでも減らすには、常識を外れたインパクトのある騒動を起こすくらいでないと実現できないと思ったんですよ。全校生徒、更には教師の耳にも無理矢理にでも入れたくて」
校内放送は俺の目的達成のためには実にうってつけのツールだった。
「結果、俺はキレて自主退学。いじめの件も教師からなかったことにされ、いじめられっ子の環境が改善されたかも不明」
「あの時は高揚してたんでしょうね。考えなしで突っ走ってしまった」
俺が自虐的に笑って大きく息を吐くと、浅間さんは首を横に振った。
「そんなこと、ない。あれからいじめは減ったんだよ。もちろん、
「そうでしたか……」
その言葉にほんの少しだけ救われた気がした。自分がやらかしたことは完全に間違っていたわけではないと言ってもらえた気がした。
「だから、私は片倉くんのファンになっちゃった。普通の人じゃできない行動力で人の心を揺さぶる片倉くんの強さはすごく、魅力的だから」
浅間さんはふふっと品のある笑みを
「あなたを憧れるようになった。あなたのことが――気になるようになっちゃった」
「それで俺に絡もうとしてきたんですね」
河川敷の橋から追いかけてきたり、バイト中に話しかけてきたり、仁志さんとのイチャコラ(?)を監視していたり。
と、ここで浅間さんは少し困惑した表情で、
「片倉くんは、ずいぶんといじめを憎むね」
俺がいじめについてこれでもかというほど嫌悪している部分に触れてきた。
「当然。俺自身が――いや、なんでもないです」
「明らかに含みを持たせた言い方だったよね!?」
浅間さんは案の定食いついてきたが、さすがに軽い気持ちで誰かに言える話じゃない。
「気持ちの整理がついたらそのうち話しますよ」
「絶対だよ? 約束ね」
そう言って浅間さんはふぅ、と息を
「でも、そっか。ありがと。それが聞きたくて」
「満足できたならよかったです」
これで彼女の疑問が解消したならなによりだ。
「――勇敢な片倉くんと違って、私は臆病だから……」
浅間さんはか細い声で何やら呟いたが、一切聞き取れなかった。
「なんて?」
「なんでも。あ、そだ」
浅間さんは思い出したように服のポケットからスマホを取り出して、
「連絡先交換しようよっ」
連絡先の交換を求めてきた。
断る理由もないので俺もポケットに手を入れる。
「いいですよ――あれ?」
ポケットに手を突っ込んだものの、スカッと空振りした。
……スマホがない。そういや出かける前にスマホをポケットに入れた記憶がございません。
「スマホ、家に忘れた……」
「えぇーっ!?」
浅間さんはショックからか、手からスマホをテーブルに滑り落として
「交換はまた後日ってことで。今日はもう家に帰ります」
俺がそう告げると浅間さんは
「じゃあ私も一緒に家行っていい?」
「なぜいいって言うと思えるんですか? ガードゆるゆるガールですか?」
近頃の女子は貞操に奔放なのか? 時代は変わったなぁ。欧米を意識してるのかね?
「タダで泊めてとは言わないよ。ご飯、お風呂、私を提供するね」
「しかも泊まる前提なんかい! 俺がハードボイルドで助かりましたね!」
相手が肉食系チャラ男だったら、浅間さんの純情が無遠慮にパクリと食べられちゃうところだぞ。いやまぁ純情なのかは知らんけど。
それ以前に風呂は提供もなにも俺の家の設備じゃねーか。
「浅間グループのご令嬢が簡単に自分の身を差し出さないでくださいよ……」
「もし、さ……片倉くんさえよければ、だけど」
俺のツッコミを無視した浅間さんは頬を赤らめて俯きながら口を開いた。
「私が、片倉くんが生活に困らないように、その、色々と援助してあげようか?」
「……はい?」
それはとどのつまり、ヒモになれと?
「私のお父さんも片倉くんのことすごく気に入ってるし」
「浅間さんのお父様は俺をご存知なんですか!?」
俺のあずかり知らぬ間に浅間さんファザーとご対面してたの? 相手は巨大企業の会長だぞ?
いや落ち着け俺。たまたま親子一緒にいた時にでも遠目から見られただけだろう。それで気に入られるのも不思議な話だが。
「それはどうでもいいじゃない。どう? 悪い話ではないでしょ?」
「
きっぱりと断ると、浅間さんは美貌に似合わぬ悪い顔をした。
「片倉くんのお父さんの会社の最重要取引先はどこの会社か知ってるかなぁ?」
「まさか……」
浅間さんのお父様の会社が、親父の会社の最重要取引先……?
「取引が断ち切られたら、片倉くんのお父さんは困るだろうなぁ」
俺をゆすって要望を無理矢理聞き入れさせようってか!? この悪女め!
「片倉くんへの援助は、うん。今はまだしないとして、代わりに私のお願いを聞いてくれる?」
「よほどの鬼畜要望でなければ叶えてしんぜましょう……」
俺は唾を飲み込んで、少し緊張した面持ちで浅間さんの言葉を待つ。
「――今後私と遊んだり、片倉くんが今日みたく出かける時は誘ってほしい」
「……お安い御用です」
どんな無理難題が投げつけられるのかと身構えたが、軽い内容で安堵する。
こうして浅間さんと別れ、
ちなみに飲み物代は浅間さんが出してくれた。年上令嬢、太っ腹や。
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