Chapter8:ヒモは上から勝手に垂れ下がってくる ①

広杉港ひろすぎこうの港湾倉庫に伝説の埋蔵金が!? という都市伝説がちまたでささやかれています!』


 とある日の夜。

 俺は自室のベッドに寝転びながらテレビ番組を半信半疑で眺めていた。

「ホンマかぁ……?」

 今更都市伝説とかはやし立てて話題に上がるのもおかしな話だよな。

 眉唾まゆつば物のゴシップ特集を放送しているテレビ番組を視聴していると、

 ピロン。

 机の上にあるスマホから通知音が鳴った。

 確認すると、遥風さんからのチャットメッセージだった。

『あたしのこと、愛してるって言って?』

「なんの脈絡もなくなくない?」

 既読無視してスマホをベッドに放り投げた。人に要求する前に自分がアクションしろや。

 再びスマホが鳴った。遥風さんからだ。

『もちろんあたしは巧祐クンのコト、スキだぞ☆』

「………………」

 こいつはどう返信すれば正解なのやら。

 いや、なに正解を導き出そうとしてるんだ。深く考えずに適当に返信しておこう。

『そんなこと言われると、勘違いしますよ?』

 返信っと。

『巧祐クンなら、イイよ。一緒に気持ちいい関係になろ♪』

 再度既読無視してスマホを机に投げた。ただのクソビッチじゃねーか。

 遥風さんと連絡先を交換してからというもの、『今なにしてるのー?』『通話しよーよ』『会いたいよ』など、やたらと連絡が来る。

 人生どこで間違ってしまったのか、ハードボイルドを自称する俺は年上お姉様の話し相手になってしまっている。俺は硬派だから? 女心ってやつぁ理解できないぜ。

 まさか遥風さんがここまで構ってちゃん――もとい、人との繋がりを重視する女性だとは思わなかった。結構扱いに困るわ。

 頻繁に甘えられるんだけど、立ち位置逆じゃね? 年上お姉さんの包容力はドコ?? バブみとは一体……?

 まぁ、それは一旦放置しよう。

 ところで港湾倉庫の埋蔵金の件は胡散臭くはあるけど、興味がないわけではない。

「どうせ暇だし、明日調査に行ってみますか」

 調査っていうと不思議と仕事してる気分になる。実態はしがないニートですけどね。


    ◎


 翌日、早速埋蔵金を発掘するべく携帯用エンジン削岩機さくがんき片手に港湾倉庫へと向かっている。

 古臭いシケた街並みばかりが広がる平坂市ではあるが、数少ない活気に満ち溢れている場所もある。

 そのうちの一つがここだ。

「せんせーこれみてー」

「あらー。カッコいい紙飛行機だねー」

「あやお人形さんあそびするー。あやはだんなさまを幸せにするおくさん役ー」

「あやちゃんは良い子ねー」

 ここは児童養護施設『ひだまり』。小学生未満の幼児が過半数を占める構成の施設だ。

 平坂市が有する『ひだまり』は建物をはじめとした設備の老朽化は進んでいるが規模が大きく、受け入れ人数もそれなりだ。

 施設にいる子供たちには各々複雑な背景があったと思うが、それを感じさせないほど楽しそうに校庭で遊んでいる。

 不幸な生い立ちなど、はじめからなかったかのように。

「こんな場所が増えれば、平坂市も少しは転入者が増えるんだけどなぁ」

 俺に言わせりゃ、いわばここは平坂市の一筋の希望。

 かような施設だけは是が非でも廃れぬよう市には死守してもらいたい。

「といっても、市のトップがアレじゃ期待できないな」

 嫌な奴を思い出してしまったが、すぐに頭から投げ捨てて目的地へと向かった。


 広杉港ひろすぎこうに到着。

 港には小型貨物船やらコンテナヤードやら港湾倉庫やらがあるが、広杉港ひろすぎこうを経由した輸出入は不便との背景からあまり使われていない。港湾作業者も十人ちょいしかいない。

 夜は悪い奴らが悪事を働くにはうってつけのスポットと言える。

 立ち並んでる港湾倉庫も外壁がいへきびついており、酷い箇所だと外壁がいへきが一部破損した状態のまま放置されている。ディープな風情ふぜいだ。

「浜風がしょっぱくていい味出してるぜ」

 まぁ、嗅覚の話なので味とかこれっぽっちも関係ないんだが。

「さあってと、人影まばらな港のきったない港湾倉庫を探検だ」

 目に入った倉庫から探そうと歩を進めようとすると――


「――ようやくあなたと話せる! 今日は逃がさないよ!」


 シュバっと港湾倉庫の突き当たりから一人の女の人が現れた。女一人でこんなところで何してるんだか。

「どちら様ですか?」

「私は平坂高校二年の浅間純子あさまじゅんこ――ってこの前会ったじゃない!」

 俺が思考停止した状態で質問したものだから、相手は困惑している。

 よく見なくても、相手は平坂高校にいた名家のお嬢様先輩だった。

 白Tシャツの上にグレーのサロペットスカートを着こなしており、白サンダルが涼しげだ。個人的にはお嬢様しすぎていないチョイスがグッド。

 外見は綺麗というより可愛い系だ。化粧はしてないようだが、すっぴんでも十分に肌は綺麗だし、タレ目気味の目はぱっちり二重だ。遥風さんとは別ベクトルの美貌を備えている。

「あー、看板持ちしてた時の人ですか」

 高校二年生だから俺より年上だけど、本作品は同い年や年下ヒロインは登場しないの?

 てか今日は逃がさないよって、俺がバイトで看板持ってた時はあなたが逃げたのですが。

 浅間さんは頬を膨らませてずいっと俺の眼前まで迫ってきた。

「私、メインヒロインなのに掘り下げ遅くない!? 本巻も終盤に差し掛かってるんだけど!? 扱いがぞんざいすぎない!?」

「その叫びは俺ではなくて作者に向けてください」

 俺は神でもなんでもないただの元問題児高校生ですので。

「不満があるならメインヒロインの座は市長に明け渡すから!」

「それはあらゆる面でマズいですよ!?」

 六十過ぎのジジイがメインヒロインの作品とか、どこの界隈かいわいに需要があるんだよ。

「当初メインヒロインは私のはずだったのに、突如現れた24にこだわる女子大生に先に出番取られちゃうし」

 遥風さんのことか。あの人はヒロイン枠というより単なるメンヘラ――ゲフンゲフン。

「そこはまぁ、作者の気まぐれがね?」

「その気まぐれで立ち位置が揺らぐ私はたまったもんじゃないよ!?」

「俺は何も悪くないですけどとりあえずすんません」

 なぜ作者への苦情を俺が承っているのか。クレーム処理担当じゃないんだが。

「ですけど、俺はハードボイルドなのでヒロインとか女とか意識してませんよ」

「公園で女子大生にすり寄られて鼻の下伸ばしてたのはどこの誰よ」

「エッ、見てらっしゃったんですか?」

 てことは、公園で感じた視線の正体は浅間さんだったのか。ストーカーですか?

「すっごい良い雰囲気だったよね。あれを見て、あぁ、メインヒロインは私じゃなかったのかぁって心が折れたよ」

「やたらメインヒロインにこだわりますね」

 なぜそこまでメインヒロインの座に固執こしつする?

「片倉くんも私に興味なさそうだし……」

「まぁ、はっきり言ってしまえばないですね」

 見目麗みめうるわしい外見ではあるけど、今まで喋ったことすらなかったし。

「ははっ、面と向かって興味ないと言われたのは人生初だよ……」

 浅間さんはしきりにハハッと乾いた笑みを漏らしている。な、なんだこの人。

「私、見た目は悪くないと思うんだけどなー」

「顔は文句なしに可愛いですよ」

 確かに外見に関してはただただ整っているので文句のつけようがない。

「か、かわ……ゴホン、家もお金持ちだし」

「そこを鼻にかけるのは可愛げがないですねぇ」

 裕福といっても親の資産なわけで――って俺も同じだったわ。

「私に不満なら、その……メイク勉強するし、ダイエットして、む、胸も育成するから! 中身もまだスッカスカだけど、詰め込んでみせるから! もっと魅力的になるから!」

「いや、そうじゃなくてですね……」

 ふしだらな雰囲気を醸し出すのは不適切だから今すぐにでも中止してくれ。遥風さんといい、本作品の世界観と合ってない。

 てか、胸を育成ってどうやるの!? そもそも今のままでも十分育ってない?

「けど、む、胸が揉みたいなら事前申告でお願いね!」

「誰も揉むとは一言も言ってませんけど!?」

 人を乳繰ちちくり合うのが好きな雄扱いするのはやめてほしい。俺はハードボイルドなんだぞ。

 それ以前に付き合ってもいない職なし男に揉ませようとしないでください。後生ごしょうですから。

 この人と仲良くなったら、俺は更にダメ人間になる未来予想図しか出来上がらないんだけど。この人、ダメンズクリエイターですか?

「あの、浅間さん? あなたは誰に対してもそんな風に誘惑しているのですか?」

「片倉くんだけに決まってるじゃない!」

 語気を強めて回答された。決まってるのか。俺の知らぬところで何が起きたってんだ。

 しかし謎にグイグイ来られて困ったので、埋蔵金探しは一旦中断して気分転換しよう、そうしよう。無論一人で。

「よし茶店さてんに行こう。一人で」

 喫茶店へときびすを返す。一人だと行動が自由に選べるので気楽だ。

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