Chapter7:そのダークヒーロー、蛮勇につき ②

 そこで教室の引き戸が開き、HRホームルームをすべく担任――体育教師の永山勇樹ながやまゆうきが入ってきた。

「HRはじめるぞー。席につけ――ってどうしたんだ!?」

 永山は教室に入るなり、後方でうずくまっている生徒たちの元へと駆け寄った。

「……あー、俺がやりました」

 隠す内容でもないので、俺は素直に自らが事の発端だと告げた。

「片倉、自分が何をしたか分かってんのか!?」

 永山は眉間にしわを激しく寄せて俺を睨むが、俺だって食い下がるぞ。

「こいつらからしかけたことですよ。ほら、そこの――甘田をいじめてて」

 半袖ワイシャツから露出している甘田の皮膚には注意深く見ないと気づかないとはいえ、無数の傷がある。いじめのなによりの証拠だ。

「やられたらなにやり返してもいいってのか? 違うだろ。しかも片倉は関係ないだろ」

 永山はろくに甘田の身体を見もせずにいじめっ子連中の身を案じている。

 どんな理由があろうとも、教師が生徒を依怙贔屓えこひいきするのは言語道断だろ。

「やり返さないと卒業まで、いえ、下手をすれば一生やられ続けます。悪意の刃にはどこかのタイミングでさびを入れないとダメなんです」

「お前がやった所業が一番周囲の心に傷を与えたって気づけや!」

「いじめてる側は不問なのか? こいつらにもキレてくれなきゃおかしいでしょ」

 お前は甘田に泣き寝入りしろと言ってるのか? トラウマで苦しんでも構わないってか?

「――片倉お前、昼休みに職員室まで来い」

 クソ担任は俺の抗議をガン無視して、昼休みの呼び出しを食らわせやがった。


    ◎


 昼休み。

 俺は職員室へと行く――はずもなく、甘田を連れて放送室に入った。

「普段入らないから新鮮だなー」

「か、片倉君、本当にやるの?」

「あったぼうよ! このまま黙って先公から説教食らってられるかよ!」

 こじんまりとした放送室には、当然ながら俺たちの他には誰もいない。

 放送室の扉の解錠は容易だった。いじめっ子の一人が放送部で、幽霊部員として無理矢理入部させた甘田に活動時の鍵の解錠をやらせていたため、甘田ならば不審に思われることなく職員室から鍵を拝借できた。皮肉にも怪我の功名こうみょうとなったのだ。

「甘田、身体の傷は痛くないのか?」

「背中以外は平気だよ。背中はバレにくいからか、強くやられたよ」

「見せてもらっても、いいか?」

「いいよ」

 予想に反して甘田はワイシャツの裾をまくり上げて背中の素肌を見せてくれた。

「おぉ……」

 背中には無数の打撲や火傷の跡があり、奴らの残忍さが肌に刻み込まれていた。

「――サンキュ。ますますどうにかしなきゃなって気になったよ」

 少しでも同じ目に遭う生徒を減らしてやる。

「うし行くぞ。サポート頼む」

「う、うん」

 甘田が最低限の機材の使い方を理解していたおかげで滞りなく準備が進んだ。

 俺がマイクを手元に置くと、甘田が機材の諸々のスイッチをいじった。

「えー、マイクテストマイクテスト。天上天下唯我独尊てんじょうてんげゆいがどくそん。隣の客は柿食ったらコロス」

 マイクが問題なく声を拾ってると確認できたところで、


「――一年一組の片倉巧祐です。突然ですが、この学校ではいじめがありまーす!」


 校内放送でいじめの実態を暴露した。

「僕は今朝、自分のクラスのいじめっ子たちに制裁を加えました」

 突然のアナウンスに校内では今頃どんな反応が起こってるんだろうなぁ?

「他にもいじめられてる人がいれば、ともに声を上げましょう。教師にチクリましょう。大丈夫、僕が力になります。いじめっ子に報復してやりましょう」

 いじめっ子はいじめられっ子の痛みが分からないからいじめるのだ。だから同等かそれ以上の痛みを味わわせてやれば、反省して改心する望みがある。

「おい。今、誰かをいじめてるそこのクソ野郎。そう、お前だよ。自覚があるだけマシだな。低劣で幼稚な遊びをいつまで続けるつもりだ? いい加減卒業しろよ」

 低い声色こわいろで、ドスを利かせていじめっ子にも弁を述べる。

「それでも続けるってんなら、俺がお前らに危害を加えてやるから震えてろ」

 いじめっ子へのメッセージを投げつけていると、放送室の扉がけたたましく叩かれた。

「片倉ぁ! 開けろこのバカ!」

 声の主は永山だった。

「この学校にいじめは不要です! みんなで撲滅しましょう!」

 無視して演説を続けるが、残された時間は少ない。

「お前、こんなろくでもねぇ騒ぎ起こしてタダで済むと思うなよ!」

 教師らしからぬ小悪党ちっくな脅し文句だ。聖職者の発言とは思えない。

「今すぐふざけた放送室ジャックはやめろ!」

 扉は施錠してるので簡単には侵入されない。

 そのかんに言いたいことを言い切った。

「これくらいにしとくか。甘田、お前はそこに隠れてろ」

「え、でも」

「いいから!」

 甘田が入り口から死角になる机の下に隠れたことを確認し、扉を開けた。

「これはどうも、永山先生」

「片倉、とんでもない真似してくれたな。覚悟しろよ」

 永山は両手で俺の胸倉を掴んで恫喝としか思えない宣告をした。

「放課後、今朝の件と一緒にたっぷりとお灸を据えてやる」

 おお、こりゃあ自分で蒔いた種とはいえ、放課後が大変なことになりそうだぜ。


    ◎


 放課後になった。

「お前、どうしてくれるんだ!? 昼のイカれた放送のせいで立て続けに『実はいじめを受けてて……』って相談してくる生徒が相次いで職員室に来てるんだぞ!?」

 昼休みはバックレたのでさすがに今回はちゃんと職員室に赴いた結果、俺は永山からブチギレられている。

「いいことじゃないですか。これを機にいじめを殲滅せんめつしましょう」

 教師がいじめの実態を把握できる。これでこの学校の治安も少しはマシになるだろう。

「ふざけたこと抜かすな! できるわけねーだろうが!」

 永山はドン! と事務机を拳で叩き、鋭い目つきで俺を親の仇のごとく睨みつけてくる。

「それが教師の仕事でしょう? 義務を果たしてください」

「義務ってお前な……」

 永山は座った状態で足を組み、肘を椅子の背もたれに乱暴に乗せて項垂うなだれる。

「勘違いしてるようだが、俺たち教師は聖職者って呼ばれててもいち人間だ。清廉潔白せいれんけっぱくな存在ではねーんだよ。そもそも正確には教師は聖職者じゃないがな」

 うん、確かに眼前にいる脳筋坊主頭のクソ体育教師は聖職者ってガラじゃないな。

「第一、クラス担任やら部の顧問もな――っと、話が逸れた」

 永山は片手を開いて話を本筋に引き戻す。

「本件、甘田がいじめられてたことで、お前の暴走を引き起こしたって結論になった」

「まるで甘田が諸悪の根源みたいな物言いっすね」

 暴論もいいところだ。大体、あいつらがふざけた遊びをしやがったから――


「よって、甘田を含めたいじめを受けてる生徒たちには自主退学勧告かんこくをした」


「は、はあっ!?」

 俺が心の中で毒づいてる間に永山の口から信じがたい戯言たわごとが告げられた。

「甘田の場合は身体の傷、特に背中が酷くてな。あれでは他の生徒が怯えてしまう」

 今まで散々怯えながら耐えてきたのが甘田ですけど!?

「なんでいじめっ子の肩を持つんですか!? 逆でしょ普通!」

「甘田をいじめてたグループのリーダー格の親御さんは資産家かつPTA会長でな」

 ハイ出ました悪ガキの親がPTA会長。フィクションだけのお話かと思ってたわ。

「そんなことで生徒の待遇を変えるんですか?」

「そんなことって、一般家庭の甘田と、ええとこのご子息しそくじゃ格が違うだろ」

「格……? いじめられる原因がどうであれ、いじめる側が百%悪いに決まってるでしょ!」

「ガキにゃ理解できないだろうが、綺麗事で飯は食えねぇんだよ!!」

 永山が今日一番の怒号を放ったので、職員室中が静まり返った。

「平等をうたいつつも、人には『階級』があるんだよ。そして階級が上の者には周りが忖度――同じ罪を犯しても、受ける罰の重さが変わる。下手すりゃ無罪放免よ」

「そんなのって……」

「それが社会ってモノの構造だ。まさに弱肉強食だな」

 俺は社会に出た経験がない。永山の発言の真偽は判断できかねるが……。

「それが――社会のルールだ」

 事実だとしたら。一生、そんなモンに翻弄ほんろうされないといけないんだとしたら。

「その構造は、学校でも適応される」

 ルール――だというのならば。

「それにいじめてる側に処罰を与えるよりも、いじめられてる側を退学にした方が穏便に済ませられる」

 そんなことしたって別の標的が作り出されるだけじゃねーのかよ。他人を平気な顔して傷つけられる奴がのさばる限り堂々巡りじゃねーか。

 ふざけんな――――


「――それが社会ってんならそんなもん、こっちから願い下げだ!!」


 冗談じゃねぇ。そんなもんに狂わされてたまるか。付き合ってらんねーわ。

「俺が、今日付けで退学してやる!」

 俺の両親は放任だ。特に気にせず退学届にサインしてくれるだろう。

「好きにしな。お前みたいな問題児が消えてくれるとこっちも清々するぜ」

 永山は鼻を鳴らして引き出しからあっさりと退学届を手渡してきた。

 なんでそんなものが大量に常備されてるんだよ。おかしいだろ。

「ただし、甘田を含めいじめられっ子たちの退学は白紙にしろ」

 俺は自身の退学と引き換えにいじめられっ子たちの処遇を撤回するよう条件をつけた。

「……職員会議の場に持ち帰って検討しよう」

 永山は俺から視線を外して思案すると、首を縦に振ってうなずいた。

「ただし、今回の件に関わる全ての噂は校内で綺麗さっぱり揉み消す。外向きには今後もいじめのない平和な学校としてアピールしていきたいからよ。悪く思うなよ」

「………………」

 ちっ、テメェの面子めんつ維持と忖度に溺れた社会の歯車どもが……!


    ◎


 俺の暴挙により、平坂高校ではいじめが横行していることが校内で明るみになった。

 しかし学校側の揉み消し工作により校外まで公にされることはなかった。

 まったく、心の底から馬鹿げた話だ。不愉快極まりない。

 俺はごく普通の高校に通うごく普通の高校生だと思っていたが、大いなる勘違いだった。

 正体は、最低最悪の高校に通う、無知で馬鹿ないち高校生だった。

「俺は、間違っていないよな……?」

 一人呟いたところで、誰も解答なんかくれやしない。

「正解がない物事ほど面倒なものはないな……」

 俺は、カッコつけて高校を辞めたけど、実際はただ。

 独りよがりな感情を振りかざしておきながら、学校や社会から背を向けて逃げ出しただけだ。


 結局俺は、厨二病とゆがんだ正義感をこじらせた、ただのイカれた迷惑野郎だったのだ。

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