Chapter7:そのダークヒーロー、蛮勇につき ①

 社会では生活、立場維持のために理不尽にも耐えねばならない。

 社会では対価のためには納得できない業務もこなし、そのために自我を押し殺す必要がある。

 できない者は失格者の烙印を押され、解雇されるか自主退職に追い込まれる。

 一部の強メンタラーは窓際族で収入を確保しているが、大多数の人間はドロップアウトすることとなる。

 それは学校生活でも同じで。

 社交性に欠けたり、風変わりな生徒は周囲から奇異の目に晒され、攻撃の対象となる。

 特に学校やクラスで影響力が強い人物を敵に回すと、もはや学校公認でそいつへの攻撃や迫害がオフィシャルと化す。

 そいつなら攻撃しても問題ない。される側に原因がある。だって俺たちには理解できない外見、性格、行動の持ち主だから。罪悪感にさいなまれる必要はない。

 そいつを攻撃することで、俺たちは一致団結しよう。

 生贄を捧げることで、平穏な学校生活を手にしよう。

 好きなものよりも嫌いなもの、共通の敵を作ることは団結力を深める有効なスパイスとなる。

 だがスパイスは標的とされた者を苦しめ続ける副作用を引き起こす。

 あるいは、標的がスパイスそのものなのかもしれない。

 人間としての生活は、集団行動が取れない協調性のない者には容赦なく牙をくのである。

 牙をかれた者はどうすればよいか?

 答えは簡単。戦うか、逃げるかだ。

 戦うといってもやり方は十人十色じゅうにんといろ。ひたすら耐えるもよし、教師にチクリを入れるもよし、暴力でやり返すもよし、陰湿な手段で対抗するもよし。

 実行後に自分や周りがどうなるかを度外視すれば、やりようはいくらでもある。

 逃げるにしても、不登校になってほとぼりが冷めることに期待をかけるとか、転校して環境をリセットするとか、高校や大学の場合は義務教育ではないのでいっそ中退してしまうとか。

 どちらにせよ、その選択は人生に大いなる影響を与えることとなる。

 だが俺は思う。なぜ、いじめられる側だけがそのような重い選択を迫られなければならないのか?

 いかなる理由があろうとも、いじめる側が完全なる『悪』だと思うんだが、なぜそいつらは苦渋の選択を迫られることもなく、のうのうと人生を歩めるのか?

 いじめっ子ってのは、いじめられっ子だけではなく、中立の者まで苦しめている。

 中立の者はいじめには加担したくないが、同調しないと今度は自分が狙われる恐怖に常に怯えているのだ。そのはざまでいじめの瞬間を見せられて、苦しむ。

 いじめっ子連中は大抵、大人になって落ち着いた頃に「昔はワルだったんだよ」と酒のつまみにしやがる。当時被害を受けていた者のことなどどうでもいいので、下手をすれば名前も顔も忘れている始末。

 動物世界が弱肉強食だからと言われればそれまでだが、個人の見解としては他の動物の本能に倒錯とうさくしてきたからこそ、人類は進歩してきたのだと考えている。

 人類には倫理性りんりせいがある。倫理性りんりせいを元に編み出されたのが法律だ。弱い立場の人間でも必要最低限の生活ができるセーフティネットの仕組みもある。

 もちろん国によって差はかなりあるし、特にアフリカでは飢餓きがのために実現できていない国々もたくさんある。

 戦時中はともかく、基本的に人を殺してはいけないってことは大抵の国で法律にて定められている。なぜかというと、いけないことだからだ。

 その割に動物を殺して肉をかっ食らってはいるが、それは生きるために必要な栄養素を得るためには致し方ない。綺麗事や夢物語で片づけられる問題ではない。

 宗教上の問題で牛やら馬やらを殺してはいけない国もあるが、あくまでここは日本だ。

 日本人が牛や馬の肉を食べて栄養を取るように、いじめられっ子の人生を生贄に捧げることで、その他大勢の連中は心の安寧を得ているのだ。

 人を物理的にあやめることは法律で禁止されているのに、なぜ法律は言葉による暴力には重罪で裁かないのか、俺には到底理解できない。

 前置きが長くなったが、今回はいじめに関する俺の過去のお話だ。


    ◎


「おはよーさん」

 俺も、夏前まではごく普通の高校に通うごく普通の高校生だった。

「片倉、おはよう」

「おう原」

 登校し、自席に座って教科書や筆記具を引き出しにしまっていると、


「へっへー、チョーップ!」

「からの、ビンタ合わせ技!」

「い、痛いよ……」


 教室の後端あとばで数人の生徒が一人の生徒をいたぶっている。じゃれ合ってるのだろうか。

「あいつらまたやってんのかよ……」

 その光景を原が苦々しく見つめている。

「仲が良いってわけじゃないのか? 毎日あんなことしてね?」

 俺はクラスメイトの動向にはあまり興味がないので、事細かな相関図が頭に描けない。

「違う。普通にいじめられてるんだ」

 俺の感性はイカれていたようで、あれはれっきとしたいじめだった。

「えっ!? 入学して割とすぐくらいからずっとあの調子じゃね?」

 もう七月だぞ。数ヶ月経ってますけど。

「そうなんだよ。高校生にもなって、みっともない」

「止めないのか?」

 遠目からぼやくくらいなら、直接連中に言ってやればいいのに。

「簡単にできりゃ苦労しないよ……」

 原は首を振って嘆息たんそくする。まぁ、誰しも騒ぎを起こして悪目立ちしたくはないからな。今後の学校生活にも悪影響を及ぼす。危ない橋は渡りたくないよね。

「平坂高校はこのクラス以外でもいじめが多発してるみたい。嫌な学校に入っちまったなぁ」

 原と同様に引きつった顔でじゃれ合いの現場を見つめる生徒はいるが、どいつも見てるだけで何もしない。

「……許せねーな」

 しゃーない、ここは俺が出向いて手を汚すとしよう。

 奴らの元へと向かう。

「おいっ、片倉!?」

 当時の俺は厄介事に首を突っ込むことにさほど抵抗はなかった。退屈よりかはマシだと。嫌な奴が調子づいてるよかマシだと。

「おい甘田あまだ、今日も昼飯買ってこいよな」

「代金はお前持ちでヨロ」

「そ、そんなぁ……」

「おいお前ら、面白い遊びしてんな」

「なんだ片倉?」

 俺の登場に一同の動きが止まる。

「俺も混ぜてくれや」

 腕を鳴らして参戦宣言をすると、連中は嬉々として歓迎してきた。

「いいね! お前、案外ノリ良いのな」

「片倉のパワーを見せてやれ!」

 何がパワーだよ。中学を卒業したてのイキリ野郎がえばるんじゃない。

 そんな輩どもには、こうだ。

「片倉、いっきまーす! はいよっと!」

「ってえっ!?」

 俺の肘鉄ひじてつ胸部きょうぶに受けたいじめっ子が痛苦つうくもだえる。

「なにすんだ! 暴力だぞ!?」

「え? これイケナイことなの!? さっき誰かさんが同じことしてましたけど??」

 お前らがやったことはセーフで俺はアウトなの? それっておかしくね?

「こ、この野郎……」

「おいおい、ただの遊びにキレるなよぉ」

 顔を赤く染めて怒る生徒のピアスを引っ張ってなだめる。

「いててててっ!」

「目には目を、歯には歯を。いや、やられたら数倍返しでやり返す! 甘田の代わりにな」

 俺は甘田に目配せして、いじめっ子連中に報復を続ける。

「それが、悪へのささやかな抵抗だ!」

「痛ぇっ!」

 いじめっ子たちにビンタなどの軽い攻撃を続ける。大怪我させるのはまずいのでね。

 周囲の生徒はこいつ余計なことしてくれやがって的な視線で見守っているが、誰かが暴れなければ何も変わらないんだよ。

 革命と呼べるほど殊勝しゅしょうな真似をしてるつもりはないが、明らかな不条理を減らすためには、自傷もいとわずに立ち向かわなければならない。

 いじめっ子がいないところで不平不満を漏らしたって何も収まらない。だったらクラスみんなの眼前で報復してやれば、今後もいじめようとはならなくなる。……はず。

「ってっ!」

 当然、向こうの方が人数は多い。俺も数発もらってしまった。

 だが奴らは弱い者いじめしか経験がないのか、はたまた謹慎処分を恐れているのか、俺には積極的に手出しはしてこない。甘田には散々無遠慮にいたぶってたくせによ。

「こ、この偽善者が……ヒーローにでもなったつもりかよ」

「片倉お前、自分に酔ってんのか?」

 ヒーローね――俺にゃそんな崇高すうこうなモンは似合わねぇ。

「俺はヒーローを気取ったことは人生で一度だってない。ただ、弱者を危機から救うためには手段を選ばないだけだ!」

 俺は理不尽なリンチやいじめが何よりも大嫌いなだけなんだよ。

「有事に綺麗だの汚いだの考えてる時間はないのさ!」

 気づけば喧嘩と呼べる領域に発展しているが、喧嘩の経験がなさそうな相手は基本的に防戦一方だ。こちらにされている。

「おい、甘田もやり返せ!」

「えぇ!?」

 甘田もそそのかしてその気にさせないとな。連中に同じ痛みを味わわせてやれ。

「えぇじゃない。今がチャンスだ」

 連中は俺の暴行でうずくまっており、身動きが取れずにいる。今ならどんなに喧嘩が弱い奴でも一撃を食らわせる程度は容易だ。

「今まで苦しめられた分を返上してやれ!」

「で、でも」

「そいつらに反撃されそうになっても俺が守ってやるよ」

「う、うん」

 甘田は軽く、本当にささやかにいじめっ子たちの身体をグーで叩いた。

 いや、叩いたってよりは押したと表現した方が妥当だな。

 優しい奴だ。だからこそ奴らの恰好の的となってしまったんだろう。

「あ、甘田……」

「………………」

 抗議かどうかすら分からぬいじめっ子のか細い呟きに対して、甘田の方は何も言わなかった。

「また同じ目に遭いたくなければ、二度とふざけた遊びはしないこった」

 いじめっ子どもは痛みで俺に抗う気力もないのか、それ以上やり返してこなかった。

「ふぃー。戦闘ごっこ、なかなかにやりごたえがある遊びだったわ」

 俺は掌をパンパンとはたいて甘田の元に行く。

「大丈夫か?」

「う、うん。ありがとう」

「ずっと、一人で苦しかっただろう」

「………………」

「けどさ、何かしないと何も変わらない。はじまりもしないんだよ」

 窮鼠きゅうそ猫を噛むの精神は人間にも必要だと思う。

「また何かあったらできる範囲でサポートするから安心してくれ」

「う、うん」

 俺の言葉を受けた甘田が見せた表情は微笑か戸惑いか。俺は特に気にも留めなかった。

 ここで俺は大きく息を吸い込んで、

「おいお前ら、一部始終見てたよな? いじめをしてるとこうなるぞ。誰かを苦しめるなら、自分も同じ目に遭う覚悟を持っとけバカ野郎が!」

 教室全体に聞こえる声量で演説のように言葉を飛ばした。

「だから、いじめはしないでおくべきだな。なぜなら――」

 教室全体を見渡してから続ける。

「俺のような輩がそいつに牙をくからな」

 そう、これは忠告だ。

 俺の啖呵たんかに教室中は静まり返ったまま、誰も微動だにしない。まるで時が止まったかのように。

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