Chapter9:便利屋は辛いよ ②

「ところで、三年二組の鈴木すずきの件はどうなった?」

「彼女は未だにやりたいことが明確だから専門学校に行きたいと主張しています」

「困るねぇ。専門よりも四年制大学に進学してもらった方が進路実績の見栄えがいいのに」

「引き続き説得はしてみますが……」

「頑なに聞かないようだったら、専門卒では就職先はないと脅せ。そうすれば慌てて大学進学に切り替えるだろう」

「承知しました。明日の部活後に伝えます」

(こいつら、生徒の進路にまで干渉してやがるのか)

 高校生の進路は今後の人生に多大な影響を及ぼす。人生の大きな大きな岐路きろの一つだ。

 それを、お前らの進路実績だかの都合で命令される筋合いはない。

「他にも就職とか馬鹿げたこと抜かしてる奴は二学期の個人面談にでも大学進学に変更させろ」

「承知です」

(腐った連中どもが)

 いきどおりを覚えていると、永山が資料をファイリングして棚にしまった。

「それでは帰りましょうか」

「ええ」

(おっと)

 教師陣が資料室からぞろぞろと出てくるので、バレないように身を縮こませる。

 こんな夜遅くに隠蔽いんぺい工作とは、ある意味でご苦労さんって言いたいぜ。

(さっきの資料は気になるな)

 資料室端の棚にしまわれたバインダーファイルにファイリングされた資料が気にかかった。

 とはいえ対価をもらっている以上仕事はサボれない。巡回の合間の休憩時間を活用して資料室に侵入することにした。


 休憩中。

 資料室の扉の鍵は永山が施錠せじょうしていたが、俺も資料室の鍵を持っている。その点では警備のバイトを引き受けてよかった。

 扉の鍵を解錠かいじょうし、棚にしまってあるバインダーファイルを取り出して表紙をめくった。

「うわぁ……」

 そこには、過去の様々なトラブルがメモとして資料化してあった。

 いじめにはじまり、生徒教師間でのいざこざ、喧嘩、万引きなどの犯罪、援助交際、教師のやらかしに至るまで、多種多様な不祥事が記録されていた。

「アンダーグラウンドはここにあったか……」

 平坂高校。混沌こんとんとした地よ。もはや入学したのが間違いだったわ。潰れろ、こんなクソ高校。

 さっき教師どもが話していたのは、とある二つの派閥で軋轢あつれきがあり、そのこじれと俺の扇動せんどうをきっかけに教室内での盛大な罵り合いに展開した件だった。

 報告者は罵り合いによりクラスで不和が生じたことをうれいた中立の生徒からだった。

「こんな案件、周囲にも悪影響が強いんだから早々に対処するべきだろ……」

 学校にとって都合の悪い事案は全てお蔵入りならぬバインダーファイルへと閉じ込められてるんだな。

 紙を何枚かめくると、見知った名前の記載に目が留まった。

 甘田翔大あまだしょうた

 俺が平坂高校で暴れるきっかけをくれた人物。

「甘田の件は俺が知るもっと前から報告が上がってたのかよ」

 報告日は四月三十日と記載されている。

 つまり甘田は俺がいじめに気づくずっと前に教師に相談していたのだ。相談したってことはいじめが辛かったのだろう。

 にも関わらず、一切改善されていなかった。当然だ。甘田が駆け込んだ職員室にいる教師どもの、甘田が救いを求めた相手の手によって葬り去られていたのだから。

 ならば、義憤ぎふんに燃えた俺が甘田にいらんお節介をしたのも、完全なるありがた迷惑ではなかったのかもしれないと少しばかり安堵する。

「甘田、あれからどうなったのかね……?」

 今度原に会った時にでも聞いてみよう。

 その後も巡回と休憩を繰り返して資料を眺めていると、一つの疑問が生まれた。

「なぜ資料として残してるんだろう?」

 隠蔽するなら資料も破棄するか、はじめから作らなきゃいいのにと考えてしまう。俺だったらそうするね。

「平坂高校教諭陣の考えは到底理解できんな」

 ま、理解したくもないけどな。理解できないからこそ、俺は奴らのやり方に反発できる。奴らに染まってはいけない。


「――っと、もうこんな時間か」

 巡回と資料閲覧を繰り返しているうちに窓から光が差し込んでいた。

 バイト終了の時間だな。

「この資料は奴らを脅すのに利用できるな」

 これを警察署に直接持ち込んで公にすれば、教育委員会も動かざるを得ないだろう。そして平坂高校は責任を問われる事態となる。

面子めんつだか沽券こけんだか知らねーが、泥まみれにしてやるよ」

 バインダーファイルを持ち出したいところではあるが、警備していた俺に疑いの目が向く確率が非常に高い。

 なのでファイリングされているメモ数枚を複写機でコピーすることにした。

 のだが――


「おう、夜間の巡回ご苦労さん」


 用務員さんが出勤してしまった。

「……お疲れ様です」

 怪しまれないように自然な笑顔を作って挨拶を返す。

「――ん? その紙は?」

 用務員さんは俺が数枚の紙を手に持っていることに気づき、そちらに視線を合わせた。

「ハハ、手違いでバインダーファイルから紙をばら撒いてしまって」

「そうだったか。あとは俺がやっておくから、上がっていいよ」

「……了解です。お疲れ様でした」

 用務員さんはニコッと笑って俺から紙を受け取った。

「急な仕事に対応してくれてありがとうね」

「いえ、また機会があれば是非」

 ここで食い下がっても怪しまれてしまうので、大人しく撤退した。


    ◎


「アレは強力な脅しの武器になったのになぁ」

 私服に着替えて校門を出る。

 早朝ということもあり人影がまばらな道を一人愚痴りながら歩く。

 すると、


「君、未成年?」

「あ、はい」

「私服姿でこんな早朝に学校で何してたの?」


 俺が校門から出てきた瞬間を目撃していたのだろう警察官が職務質問をしてきた。

「夜間バイトっすよー」

「十八歳未満の深夜労働は関心しないな」

 きっぱりと労働基準法違反と言われないあたりが平坂市って感じで複雑な気分になる。

「強力な脅しの武器がどうとか、一人で呟いてたけど」

 警察官は目を細めて俺の目をジッと見やる。その剣幕に少しだけビビってしまった。

「貸した金をなかなか返さない友人に対する文句ですよぉ」

 警察官は俺の返答にまだ引っかかりは残ってそうだが、目の力は抜いてくれた。

「反社会的な行為は禁止だからね」

「うーっす」

「……うーむ」

 しかし相手はまだ唸っている。なかなか引き下がってくれないな。

「やはり怪しいな――そうだ、連絡先を交換しよう」

「連絡先、ですか」

 警察官はスマホを取り出して電話番号を聞いてきたので大人しく教えて、登録に誤りがないことをワン切りで確認した。

「よしっと。くれぐれも不審な行動は控えるように」

「はーい」

 警察官は俺を解放し、自転車に乗って去っていった。

 個人情報が抜かれたものの、警察署に連行されるよりはマシか。

 徹底マークされたっぽいのが玉にきずだが。

「何が悲しくて警察官に電話番号を――待てよ」

 これは、むしろ活用できる。

 ひらめいた俺は自宅へと向かいながら平坂高校の闇を白日はくじつもとに晒す計画を練りはじめた。

 クソ先公どものやりたい放題もここまでだ。おごり高ぶってる連中を失脚させてやる。


「オー! 朝日が身体に染みますネー、デース!」

「ジャピャンノオヒシャマハフツクシィデーシネ」


「…………こいつら朝から元気だな」

 ちょっと真面目に決意を固めたらコレだよ。はよリックはしょっぴかれろや。

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