第五出動 月花解放プロジェクト、始動! ④

「そうね。風俗店の管理業務だって大切な仕事だし、月花を食べさせられるなら十分」

(――えっ、四季さんは風俗嬢じゃねぇのかよ?)

(どうやら勘違いだったみたいだね)

 銀次と優はポカーンとした顔を見合わせてささやき合った。

「私が月花から発信する力、勇気を奪ってしまったのね……」

「親に娘を愛する気持ちがあっても、それが娘に伝わってないんじゃ全く意味がねぇ」

「そうね」

 四季は自嘲じちょう気味に微笑んで月花の目をじっと見て、

「月花。今からでも、こんなダメな母親にやり直すチャンスをくれないかな?」

 娘に懇願こんがんすると、月花は満面の笑みで、

「私の採点はシビアだよ――これからもよろしくね、お母さん――!」

 四季の手を取った。

「月花、ごめんね――ありがとう」

 四季は再度瞳からしずくを落とした。

「時雨は――娘さんは、あなたが思ってるよりも強い女の子です。大丈夫です」

「ふふっ、ありがとう」

 四季は穏やかに微笑んでから銀次を見据えて、

「それはそうと、演技とはいえ女の子のお腹を蹴るのは非人道的じゃない?」

 ジト目で銀次をねめつける。

「えっと、それは――」

「大丈夫だよ。このクッションが守ってくれたから、痛みもダメージもゼロ」

「あぁ、よかった……」

 月花がブレザーの中から取り出したクッションを見て四季は胸を撫で下ろした。心の底から安堵あんどしている。

「けど、そんな薄いクッションで身体を守れたんだ?」

「衝撃吸収性すごいんだよ。弾力もあるし」

 月花がクッションを数回パンチすると、クッションのへこみは一瞬で元に戻った。

 ちなみに月花が腹部に忍ばせていたクッションは真紀お手製のオリジナルで、弾力と衝撃吸収力が市販の商品とは段違いだった。

 真紀は「これが魔法の力だ」とのたまっていたが、魔法の存在有無の是非はともかく。

 彼女の魔法発言は相変わらずだが、月花を傷つけないクッションの設計製造技術はお見事だ。

「ごめんなさい、お母さんの本心が知りたくて」

「いいのよ。私こそ、今までごめんなさい」

 二人はお互いに笑い合った。

「みんなも、ごめんなさいね」

 ワーストレンジャーへの印象ががらりと変わったからか、彼らに向けた四季の表情は柔らかい。

「娘は引っ込み思案で気が弱いから押されればどんな男にも落ちてしまうと心配だった。お父さんが――元夫が粗野な乱暴者だったから」

 先ほど四季が銀次を元夫と似ていると言った通り、特徴には共通点がある。

「それでいうと、お姉さんは大丈夫なんですかね?」

「お姉ちゃんは平気だと思う。私と違って、強気な性格だから」

「ワイルドな子だったからね。あの人とも波長は合うだろうね」

 鉄平の懸念に対して時雨親子は顔を見合わせて苦笑した。

「私が男を見る目がなかったから、この子も大丈夫か不安で……」

「確かに、時雨が橋本から目をつけられたら悲劇しか起こらないな」

「おい」

 優がイジってきたので、銀次は眉間にしわを寄せた。

「大丈夫です! オレたちワーストレンジャーは月花さんの味方ですから! 銀ちゃんだって破天荒で乱暴な側面はありますが、月花さんを悲しませる真似はしないと断言できます!」

「ワーストレンジャー――そっか。これからも月花のこと、よろしくね」

 鉄平が大きな声で語ったものだから、四季は一瞬驚いた表情をしたが、すぐに面々に深々と折り目正しく頭を下げた。

「橋本くん。娘のことをよろしくね」

「えっ、あ、はい」

 四季は銀次にだけ耳打ちする。妖美ようびな笑みが眼前に映った銀次はたまらず赤面した。

(そもそも時雨は立川が好きだったし……)

 と、ここで時雨親子が談笑をはじめたので、

「今は二人きりにしてやろうぜ。積もる話もあるだろ」

 銀次の一声で四人は時雨親子を残して公園から出た。

「で、君は人が考えた計画を捻じ曲げるのが趣味なのか?」

 優が銀次に恨み節を放った。

「本来なら狂言誘拐の予定だったんだが?」

「悪ぃ悪ぃ。四季さんが娘に対して複雑な思いを抱いてたのに気づいたからよ」


『質問の答えだけど、親が子のことを考えるのは当然でしょ?』


 四季は銀次の質問に対して語気を強めていた。

 あれは銀次の指摘が図星だった部分もあるが、それでも心の奥底では娘を大切にしたい思いがあったからだ。

 だから銀次は時雨親子の関係修復は割と容易に実現できると予想した。

「誘拐のていだと来るのは分かり切ってたから、もう少し刺激を落としたかったんだよ」

 誘拐されても何もしないのだとしたら、もはや家庭の機能を完全に失っている状態と言える。

「本当に娘を想うならば、誘拐のような重大案件は当然のこと、男についていった程度のことでも過保護に心配すると踏んだからだ」

 娘もその方が嬉しいと感じると思ったのだ。自分の母親は些細なことでも心配して駆けつけてくれるほど私のことを想ってくれているんだ、と。

「四季さんを試したわけか」

「希望的観測だったけどな。賭けでもあった」

「さすが銀ちゃん! 人間の機微に敏感だね!」

「というか、鉄平は必要だったか?」

 銀次の立ち回りに関心している鉄平の存在を真紀が否定する。

「いやいや、オレの存在があったからこそ、四季さんが熱くなれたんじゃないかよー」

「過剰演出だろ」

 鉄平の主張を真紀は完全否定した。

「とにもかくにも、これにて一件落着だ」

 銀次、満面の笑みの鉄平、渋々の優、ドヤ顔の真紀、皆でハイタッチした。

 こうして、銀次の宣言通り四季の月花への愛情は証明されたのだった。


    ●●●


 帰路を歩む三人の背後で、真紀は銀次の後ろ姿を見つめている。

(時雨親子が笑顔になった。まるで魔法だ――銀ちゃん、いや、橋本銀次、か。興味深い)

 一人後ろを歩く真紀は人知れず口元をほころばせた。

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