第五出動 月花解放プロジェクト、始動! ⑤

    ●●●


 翌朝。

「おっす時雨さん。昨晩はお疲れサマーってもう冬だわ!」

「村野君。ありがとう」

 月花の席までやってきた鉄平が一人ボケツッコミも交えた労いの言葉をかけた。

「でも、まだ私には乗り越えなきゃいけない人がいる」

 しかし、月花の中ではまだ終わってはいない。乗り越えなければならない壁は残っている。

「私はまだ、大平さんにやり返せてない」

 月花は決意を秘めた瞳で話す。

 ワーストレンジャーの面々が続々と月花の席までやってきた。

「ま、いいんじゃない? 僕も、時雨は今のままじゃいけないとは思ってたからね。そこで大平が背中を押してくれた。けどやり口がはなはだ乱暴だった。きっかけをくれたとはいえ、奴に意趣いしゅ返しするのも面白い体験だね」

 優は自席に座る大平を一瞥いちべつした。

「そう、だね。持ちかけられた因縁は、自分で解決しなきゃ」

 月花は両手で拳を作る。

「――決めた」

 意を決した月花は一人で大平の席へと向かった。

「お、大平さん」

「なに、時雨さん」

 大平は月花を視界に捉えると目に力を込めた。

「えっと、お話があるんだ。昼休みに屋上に来てくれないかな?」

「いいけど」

 圧に若干ひるんだものの、月花は大平を屋上に誘うことに成功した。

「大平と何話したん?」

「昼休みに時間をもらったよ。大平さんと正面からぶつかることにしたんだ」

 自席に戻るなり、鉄平が首を傾げて聞いてきたので月花は高らかに宣言した。

「私、もう……自分の気持ちをこれ以上隠したくない。感情を押し留めたくない。大平さんに、自分の主張をぶつける」

 月花は覚悟に満ちた表情で言い切った。かつて公園で泣き崩れた時の悲壮感はもうそこには存在しない。

「まったく、時雨はすげぇ奴だよ。もう俺らが背中を押さなくても自分で決断できるんだな」

 腹をくくった月花に、銀次は素直に世辞の言葉を述べる。

「ワーストレンジャー結成時の時とは見違えたな。この前公園で泣いてた時のお前は俺の目を見てはっきりと想いをぶつけてきたもんな。今回も絶対に上手くいくさ。お前の勇気が神々こうごうしいぜ」

「こっ、公園でのことは掘り返さないで……!」

 穴があったら入りたいと思う月花であった。

 そんな月花の様子を大平は意味ありげな表情で見つめていた。


    ●●●


「こんなところに呼び出して、ごめんね」

「時雨さんから呼び出してくるとは思わなかったわ」

 大平は北風に吹かれて身体を縮こませる。

「ただ、さすがに寒いわね」

 快晴で日が出ているとはいえ、真冬の外気温は低く肌寒い。

 二人の髪を揺らす風が冷えをより強力なものにしてくる。

「で? 私に話があるんでしょ?」

 月花は無言で頷いた。

「私ね、大平さんに言われて色々反省したんだ」

「反省?」

「自分は今のままではいけないって感じた。私は高嶺の花なんかじゃなくて、大平さんが言った通りタンポポの種でいたい。その方が根を張るまでに様々な景色が見られるから。今まで動かずにいた、まさに高嶺の花を続けてた自分に、反省したんだ」

「今日はよく喋るじゃないの」

 大平は茶々を入れてくるが、月花は構わず続ける。

「だから大平さんは私のどこが気に食わないのか教えてほしい。指摘を、受け入れたいんだ」

 大平は月花から青空へと視線を移した。

「前に言った通りだけど? お高くとまったあんたが目障りだったからよ」

「それだけじゃないよね? 百%悪意だけとは思えなかった。大平さんは、私に何かメッセージを訴えてくれてたんだよね?」

性善説せいぜんせつとはおめでたいわね。世の中そんなに甘くないんだけど」

 大平は腕を組んで月花の質問を突き返す。

「私のこと、心配して、気にかけてくれたんだよね?」

自惚うぬぼれも大概たいがいにしなさい!」

 大平の怒鳴り声に月花はビクッとするも、なんとか耐えることに成功した。

「私はね、自分がなんでも一番じゃないと気が済まないたちなの! 中等部から常に自分が一番周りからチヤホヤされてた。ルックスも可愛いし、剣道も有段者の実力があるからね」

 可愛いって自分で言うんだ……と目が点になりつつも、月花は無言で大平の話に耳を傾ける。

「けど、内部進学してあんたと同じクラスになってから私は一番じゃなくなった。あんたはそんな性格だから表立ってチヤホヤする奴はいないけど、陰から好意を抱く男は多い。それが本当に憎らしくて、うとましかった」

 自分に好意を抱く男子がいる事実に月花は驚いた。

「中等部であたしをチヤホヤしてた男子どもは外から来たあんたのファンに流れた」

「でも、大平派もいると思うよ。大平さん、可愛いし」

「ま、まぁーね!」

 大平は顔を赤らめて肯定する。照れの表情は一切隠せていない。

「だから対抗勢力の時雨さんをおとしめたくて一丁ハメてやりました。以上!」

「え、でも――」

 大平が強引に会話を打ち切ったものだから月花は戸惑っている。

「さてと。そろそろ戻りましょ。いつまでもここにいたら風邪引くわ」

「……うん」

 二人は扉を抜けて屋上から出た。

 結局、月花は大平の本当の気持ちまでは聞けずじまいに終わってしまった。


 二人は教室に戻り、それぞれ席に着くと、友人たちが彼女らに近づいてきた。

「時雨さん。どうだった?」

 鉄平の質問に、月花は首を横に振った。

「……そっか」

 勇気を出してはみたものの、目的は達成できなかった。

 もう一度話す機会をもらったところで平行線だろう。

 生まれて初めて自分から立ち向かってみたけれど、どうにも上手くいかなかった。

「もしも――もし、中学の時に立川君に告白していれば、違う結果になってたのかな……」

 月花は誰に話すわけでもなく言葉をこぼしはじめた。

「もし、中学の時に大平さんと出会っていたら、未来は変わっていたのかな……?」

 ワーストレンジャーの面々は黙って月花の話を聞いている。

「もう一度大平さんとぶつかった結果、悪い展開が待ってたりしないかな……?」

 月花は不安げな表情を作る。元は臆病な女の子なのだ。当然、怖い気持ちはある。

「もうたらればで悩みたくない。結果云々関係なしに戦いたい。でも、今でも逃げ出したくなる自分もいて」

 月花が視線ですがった先には銀次がいる。

「そうなる前に、行動できる、次なる一歩を踏み出す、勇気をください……!」

「…………っ!」

 彼女は銀次の手を両手で握り、目をつむった。

(時雨の奴、ずいぶんと大胆な行動するな……)

 しかし月花の真剣な面持ちに銀次は何も言わずに月花に手を委ねる。

 やがて月花が銀次から手を離すと、

「わたしも、ぎゅ~~!」

 月花に対抗したいのか、真紀が銀次に抱きついた。控えめな胸が銀次の身体に控えめな主張をしてくる。

「おい、お前は関係ねぇだろ!?」

「なんだ? 嫌か?」

 真紀が上目遣いで見つめてくるので、銀次は頬を赤らめて目を逸らす。

「いや……嫌ではないけど」

「いやどっちだよ」

 言葉の多様性に苛立った真紀は軽くツッコんだ。

「真紀! オレにもハグしてくれ!」

「さて、次の授業の予習をするか」

 真紀は両手を広げてスタンバイしている鉄平をスルーして自席に戻った。

「いいよーだ。オレは硬派に生きるんだもん。軟派な銀ちゃんとは違うんだもん」

「俺はただの受け手だったろ!?」

 鉄平は膝を抱えてねはじめたが、月花の机の上だということを忘れている。

「ありがとう、橋本君」

「勇気、受け取れたか?」

「――うん。やっぱり、洗いざらい全部話し合いたい」

 パンドラの箱を開けたのは自分だ。

 月花は次の機会を作ろうと考えを巡らせる。

 そんな月花たちの裏で、

「サトミン、時雨さんと何の話をしたの?」

「私のどこが気に食わないのって聞いてきてさぁ」

 大平グループも月花の会話を繰り広げていた。

「だからガツンと言ってやったわ。受け身で澄ましてる態度が気に入らないってね。内気を装って清楚な女を演出するとか、あざといのよ。ムカつく」

「そ、そうなんだ」

「あ、あはは……」

 近くの生徒に会話を聞かれてることも気にせずに大平は月花の話を続ける。

「――やっぱ大平のやり方は酷すぎだよ」

「大平って正面切って堂々とキツイ言葉を浴びせるからなー」

「僕、大平のこと前々からよく思ってないんだけど、アイツ見た目も良いしクラスでカーストも高いから何も言えないんだよね……」

「アイツ悪女だよな」

 クラスの面々、特に男子が大平のことをあれこれと言う。

 大平本人は気にする素振りを見せないが、クラスでは大平への陰口が続いている。勝気で我が強い性格は常日頃から特定の層からヘイトを買っていたのだ。

 教室内の雰囲気が悪くなっていると察した月花は腹の底から声を絞り出す。

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