第五出動 月花解放プロジェクト、始動! ③

「月花っ!! 大丈夫!?」

「うん、大丈夫だよ……」

「よかった……」

 四季は娘に怪我がないことを確認して安堵あんどすると、

「――――ッ!」

 娘を地面に蹴り飛ばした銀次に向かって乱暴に歩を進めてくる。

「あなた、よくも私の大切な娘を……!」

 激昂げきこうした四季は銀次の胸倉を掴む。

「自分が何をしたか分かってるの!?」

「けっ。言うこと聞かねぇから足で調教してやったまでだ」

 何か問題でも? とでも言いたげな表情を浮かべる銀次に、四季の怒りは限界に達し、

「月花に暴力を――許さない――!」

 ばちーんと、小気味よい音が公園に響き渡った。

 四季が銀次の頬をビンタした音だ。

 勢いが強く、銀次もその場に倒れ込んだ。

「お母さん……?」

 怒りに顔を赤くする四季に、月花はぽかんとしている。

「ちょっとちょっとお母さん、そう荒れないでくださいよ。娘さんのことは今まで放置プレイだったじゃないですか。今更母親ヅラする必要あります??」

 鉄平がわざとらしい演技で四季を煽ると、冷静さを欠いた四季は更に逆上した。

「大切な娘が蹴られて平然としていられる親がどこの世界にいるってのよ!!」

「高校生をビンタとか、銀ちゃんがふっかけたとはいえ、お母さんも警察を呼ばれたら無事では済みませんよ?」

「構うものですか! 子供を守るのが親の務めよ! 私の娘をこれ以上傷つけさせはしないわ!」

 四季は挑発してくる鉄平に、娘のためならば我が身を犠牲にすることも辞さない覚悟を見せた。

「親の務め、傷つけさせはしない、ねぇ――どの口がほざくんだか」

「黙りなさい!」

 ゆっくりと立ち上がった銀次が四季を批判するも、彼女は一切狼狽うろたえる気配がない。

「月花、こんな不良と仲良くするのはやめなさい!」

「………………」

 四季は銀次を指差して糾弾きゅうだんする。

「こんな男と一緒にいてもあなたが不幸になるだけよ! こんな、平然と他人に迷惑をかけるだけのろくでなし男なんか……!」

 四季の糾弾きゅうだんを真紀と鉄平は苦々しい面持ちで聞いていた。

 たとえ演技の延長線上だと分かっていても、同士が罵倒されるさまを見るのは心苦しかった。

「それに、この男は離婚したあの人と雰囲気が似ている――あなたには、同じ道を辿ってほしくないの!」

 銀次に離別した元夫を重ねたのか、四季は自らの経験を持ち出して娘を説得する。

「私みたいに暴力を受けて傷ついてほしくないの!」

 母の叫びは続く。四季の瞳は大きく揺れている。

「月花、お願いだからどうかこいつらとは縁を切って――」

「いい加減にしてよ、お母さんっ!!」

 月花は今までに聞いたこともない声量で母親を怒鳴りつけた。

「あなたのために言ってるのよ!?」

 四季は娘の一喝に戸惑いの表情を浮かべている。

「誤解されやすい見た目や言動かもしれないけど――それでも大切な友達なの! 何も知らないお母さんに彼らを否定されたくない!!」

「つき、か」

「……この公園でのやりとりは全て、あんたの気持ちを確認するための演技だったんだよ」

 ここでネタばらし。

 銀次は娘からの不意打ちに驚きを隠せない四季に事の顛末てんまつを説明した。

「演技……」

 一連のやりとりは全て演技だと知った四季は力が抜けて地面に崩れ落ちた。

「ほらな。やっぱり四季さんは娘のことが大好きじゃねぇか。男に呼び出された程度で血走った顔で公園まで駆けつけて、俺から娘を救おうとして。立派に母親してるぜ」

 銀次は穏やかな笑みで本心からの言葉を述べた。

「時雨!」

 銀次の声に時雨親子ともに反応するが、銀次が視線を向ける先にいるのは娘の月花だ。

「分からず屋のかーちゃんに、ありったけの積年せきねんの想いをぶちまけてやれ!!」

「――うん……!」

「月花……」

「お母さん、私ね」

 月花は四季の目をはっきりと見据えて口を開いた。溜め込んだ想いが決壊して溢れてしまったかのように。

「もっとお母さんに甘えたかった。お仕事大変ならお手伝いしたかったし、愚痴も聞きたかった。学校の話や相談もいっぱいしたかったんだよ……お仕事忙しいのは分かってたけど、一度くらいは授業参観や体育祭とかの行事に来てほしかった。いつも周りが家族といる中、一人で昼食をとるのは寂しかった」

 月花は母親への不満を吐き出した。瞳から流れた涙はブレザーにこぼれ落ちる。

「………………」

 四季はまぶたを閉じて娘から顔を逸らしてはいるが、無言で積年せきねんの想いに耳を傾けている。

「もっと私のことを見てほしかった! 私の声を聞いてほしかった! 我儘わがままだって言いたかった! お母さんとの団欒だんらんが、欲しかった……!」

 月花は早口でまくし立てて全てをぶちまけ終えると、涙を拭って息を切らして肩で呼吸をする。

「――時雨は自分の話を聞いてくれる人間が周りに誰もいなかった影響で、マイナス思考で自己主張が苦手な性格になっちまった」

 銀次が月花の代理で彼女の現状を説明する。

「学生生活でも円滑な人間関係が築けねぇし、社会に出てからも困るだろう。俺らだって永遠に毎日一緒につるめる保証はねぇ」

 無意識のうちに普段の口調に戻っていることにも気づかず続ける。

他所よその家庭に口出しするのはアレだが、今からでもちゃんと親子してみたらどうだ? 血が繋がった家族だろ? 娘を想うその気持ちがあれば、今からだって取り返せるさ」

「月花……」

 目に涙を浮かべた四季は月花へと駆け寄ると、その身体を抱き寄せた。

「ごめんね、月花。私バカだからあんな仕事でしか月花を食べされてあげられない。月花は私とは違って優秀で眩しくて、気まずくて……つい、距離を置いちゃった。実の娘なのにね」

「職業に貴賤きせんはねぇ。娘を女手一つでここまで育てたのはすげぇよ」

 母としての懺悔ざんげの告白を聞いた銀次はつい口が動いてしまったが、

「社会に出たことがない僕らは偉そうに説教できる立場じゃないけどね」

 優のツッコミにしまったとばかりに思わず口を手で覆った。

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