第3話:九尾の狐(nine tailed fox)

「………何者じゃ?そなたは」

 わしは、前方に構えるフードを被った男に聞いた。

「………いきなり、襲われる理由がわからんのじゃが」

「………お前は人間じゃないだろ?」

「……ほぅ。ならば、わしは何だというのかの?」

「『怪異』だ」

「……ふむ。わしがその『怪異』としてもいきなり襲われる謂れはないのじゃが?」

「そんな事は関係ない。ただ、従前たる事実があれば良い」

 玖音にハンターが襲いかかる。

「『十全なる神たるモノよ。目の前の邪悪を屠(ほふ)りたまえ』」

 わしは呪文を唱える。ハンターと名乗るフードを被った男の目の前に聖なる雷(いかづち)が落ちる。

「!?」

 ハンターは慌てて後ろにひく。

「……っち。少々、分(ぶ)が悪いか。さすがは『九尾の狐』。『怪異』の中でも最上位に君臨するモノか」

 ハンターは身をひく。

「………ふむ。少々、茶をしばこうと思ったのじゃが……気分が削がれたの。まぁ、良い。このまま『社』に戻っても迷惑じゃろう。どれ『すまほ』を使って、巫女に連絡するとしよう」

玖音わしは、懐にしまってある『すまほ』を取り出し、巫女に連絡するのじゃった。












某所。

「………分かっている。『依頼』はこなす。ちゃんと『九尾の狐』は狩る……別に『あんた』らの計画には興味などない。金だけ用意しておけ」

 ハンター俺は、定期連絡をすませる。今回、何故、俺が『九尾の狐』を狩るかと言うと、話は簡単だ。『依頼』されたからだ。それでなくとも『怪異』の存在は許せない。『怪異』は存在するだけで『悪』だ。

「………それにしても、『九尾の狐』とはな。難度は高いが、狩れなくもない」

 ハンターは乱雑な室内にあるソファに体を沈めた。











江戸窓事務所


「先生?調子でも優れないのですか?」

「……いや、夢美君。なんでもないとも。多少、ぼーっとしてしまっただけだよ」

「……先生が?やはり、体調でも崩されたのではありませんか?」

 夢美は、まるで信じられないといった顔で翔也を見る。

「夢美君。僕も一応人間なんだが?」

 翔也はそれに対して、少し不満げに唇を尖らせた。

「そうですが……先生?今日は依頼の方はあるのですか?」

「いや?ないけども」

「それでは、今日は出かけましょう」

 夢美は翔也に笑いかけ言った。













とある喫茶店

「んー!美味いの〜。この『いちごぱふぇ』とやらは」

 わしは、あれからとある都市に来ていた。

 カランコロン。客が来店する音が聞こえた。


「ほら、先生。ここのパフェ美味しいんですよ」

「ほぉ。夢美君がそう言うなら、ここは名店なのだろうね」


「(あの者……何者じゃ?人間にしては『こちら』に近い?しかも、そばに居るおなごも、霊力が異常に高いのぅ)」

 わしは、今入ってきた者達を横目で見る。すると、そのもの達はわしが座っている、かうんたー席の横に座った。


「マスター、私は今日のお勧めセットを。先生はどうなさいます?」

「ふむ。ここは夢美君がおすすめしてくれたパフェでも頼もうか。夢美君、パフェの中で何がおすすめなのかな?」

「んー、どれもおすすめですが……そうですね、先生ならば甘いより、少しアクセントのある甘みが良いかと。なので、いちごパフェですかね」

「ふむ。ならば、いちごパフェを頼もうか。ご主人、僕にはいちごパフェを」


 二人が注文をする。


「……ん?失礼。僕の顔に何かついてますか?」

「い、いや。失礼したのじゃ。わしは初めてこの都市に来たのでな。都市部の男性がもの珍しかっただけなのじゃ」

 先生と呼ばれた男性がわしの視線に気付き声を掛けてきた。

「……そうですか。いや、こちらこそ失礼しました」

「まぁ、先生はもの珍しいですからね」

「…夢美君?それは失礼ではないかな?」

「あら。これでも褒めてるんですよ?」

「褒められてる気がしないね」

「……その、聞いてもいいかの?『主(ぬし)』らは一体何者じゃ?」

 二人の動きが止まる。二人の視線が玖音に向かう。

「………まさか、『そちら』から訊(たず)ねてくるなんて」

「…………逆に聞きましょう。なぜあなたのような『オオモノ』の怪異がここにいるのです?」

 翔也がそう言った時、二人が注文したメニューが目の前に置かれた。







「……ほぉ。わしの正体を『一発』で見抜くとは……ますますもって興味深い。これでも、『完璧』に人間に化けておるのじゃぞ?」

 わしは、そう言った。『一発』でバレる程の擬態をしていない。まぁ、『あの者』にもバレはしたが、わしの『眼』で過去を少々覗いたが、『わしの正体をあらかじめ知らされていた』ようじゃった。なので、今は姿を変え、存在感も変えている。


「その『あからさまに人間です』という主張をされれば、誰でも分かりますがね?そうだろ?夢美君」

「そうですね。私の場合は『ほんの少し』だけ、漏れ出ている『霊力』で判断しましたし、流石に先生のように『正体』までは分かりませんでしたよ」

二人は何ともなさげに、普通に会話をしながら食事を始めていた。その姿に玖音は戦慄を『初めて』覚える。


「…………あからさまにって『普通』の人間には分からぬはずじゃが……」

玖音はため息をつく。


「ふむ。確かに美味いな。ここのパフェは」

「でしょう?良かったです。先生に気に入ってもらえて」

「………で、食事も終えたところですし、わざわざ『お待ち』頂いたという事は、僕に何か『用事』でも出来ましたか?」

 翔也はパフェを食べ終えると、玖音に声をかける。

「……ふむ。話しを聞いてもらえるのかの?」

「『聞かせる』為に残ったのでしょ?」

「くくく。察しが良いの。さて、『主』は、わしの正体は知っておるのかの?」

 わしは『先生』とやらに聞いた。

「その前に自己紹介を。お互い名前が分からなければ話しずらい。僕の名前は、江戸窓翔也。それで、彼女は」

「岸戸夢美と申します。先生の助手をやらせて頂いております」

「玖音じゃ。して、ショウヤと呼んでも良いかの?」

「お好きに」

 翔也はいつもの『胡散臭い笑顔』を浮かべた。

「では、そうさせてもらうの。さて、もう一度問おう。ショウヤ達はわしの正体を知っておるのかの?」

 翔也は少し間を置く。

「……そうですね。色々な伝承を持ってる…。日本では神獣と言われているが、一方、邪悪な狐とされる九つの尻尾を持っている狐の妖。『九尾の狐』ですね?」

「…正直びっくりじゃよ。なぜショウヤはそこまで『見通せる』のじゃ?分かってると思うが、わしは『怪異』の中でも『最上位』の存在じゃ。そう簡単に正体を見抜けられるほどの存在ではないのじゃが」

「それで、そんな存在がなぜいらっしゃるのです?あなたは、伝承通り『神獣』のようだ。ならばどこかに『違う名』で祀られているのでは?」

「その通りじゃ。わしは、とある地方で祀られている狐の神。お稲荷様じゃ。わしはな、たまーに、息抜きがてら人里に降りて人の文化に触れるのが好きなんじゃよ」

 玖音は楽しそうに言った。

「じゃが、それを『邪魔』する者がおっての。その者は我々『怪異を狩る』者らしいのじゃ」

「『怪異を狩る』?」

 翔也は首を傾げる。

「それで?それと何が関係しているんです?」

「ふむ。一つここは『怪異』とは何か。人間はどのように『解釈』しておるのかの?」

「……『怪異』……その名の通り怪しい異なったモノ……あるいは、事象でしょうか?」

 夢美は少し考え、そう言った。

「大方、夢美君の解釈で間違えはないよ。しかし、もう少し考えを進めると、『人工的に作られる』、『自然に発生する』、『元となる話がある』、『人々の信仰により実体を得る』だ。つまり、『怪異』とは人の望みによって、その『質』を変えるものなんだよ」

 翔也は補足の説明を行う。

「その通りじゃ。生まれ持って悪な人間がいないように、『怪異』もまた『悪』からはじまる事はないのじゃよ」

「レアなケースとして、以前、解決した『殺人ピエロ』があるがね。あれは『自(みずか)ら進化した事象』だ。そう言った『自然に発生し、自ら意志を持つ怪異』も存在する」

「ほぉ。本当に詳しいのぉ。もしや、ショウヤが『ウワサ』に聞く『怪異蒐集家』なのかの?」

「へぇ。先生は有名なんですね」

 夢美がほへぇーという感じで翔也を見る。

「それで、なぜそんな存在たる貴女が狙われるのです?」

 玖音は少し沈黙して答える。

「……恐らく、『もう一つのわし』の復活が狙いじゃろう」

「『箱猫理論』の改造版という訳ですか?」

「察しが本当に良いのう」

「つまり、箱猫の猫が死んでいるか、生きているか。今現在、いい猫が生きていて箱に入っているのは悪い猫。ならば『入れ替え』てしまえばいいって事ですか?」

「そうじゃな。分かりやすく言えば、『わし』という存在がいるから『悪い方面をもっているわし』が封印されている。逆説的に言えば『良い方面をもっているわし』を殺せば『悪い方面をもっているわし』が出てくるという訳じゃな」

 玖音がそう言った。すると、夢美が疑問を発する。

「でも、『怪異』とは人の意志、つまり『集合体』でその質を変えるのですよね?ならば、玖音さんが『九尾の狐』ならもう一つの『九尾の狐』は存在出来ないのでは?」

「そこが『怪異の解釈』の違いじゃな。わしは、『九尾の狐』じゃが、すでに『別の名』を持っている。つまり、わしは『九尾の狐でもあり九尾の狐ではない』という矛盾が発生しているのじゃよ。それでも、わしが存在出来ているのは『元々の知名度』があるが故じゃ」

 玖音は夢美の疑問に答える。

「『怪異』には『二面性』を持ってるモノもあるんだよ。夢美君」

 玖音の返答に翔也は少し説明を足す。玖音は頷く。

「……そこで、ショウヤ達にお願いがあるのじゃ。『悪い方面を持っているわし』を復活させる訳にはいかぬ。つまり、わしは『死ねぬ』のじゃ。なので、わしと一緒に『怪異狩り』を撃退してほしい」

「………まさか、『怪異』から依頼されるとは。まぁ、依頼は依頼。ならばこう言わなければいけない。『九尾の狐』玖音。貴女は『私』に何を与えてくれる?」

 翔也は珍しく『胡散臭い笑顔』を浮かべていない。

「ふむ。そなたの『使い魔』になる…というのはどうじゃ?」

 玖音は不敵に笑う。それに対して翔也も不敵に返す。

「何とも『高い』報酬だ。その依頼受けさせてもらいますよ。夢美君も協力を頼みたいのだが」

「はぁ。どうせ、断る事は出来ないのですから、そう聞くのは卑怯ですよ。先生」

 夢美はため息をつく。
















某所。

「……来おったな」

 玖音は後ろを振り返る。

「今夜がお前の命日だ」

「話しを聞く気は……」

「ない!」

 玖音の言葉に食い気味に、否定の言葉を発し、ハンターは玖音に近づき、拳を打つ。

「……」

 玖音は冷静にハンターの攻撃を交わし、距離を取る。ハンターは『人間離れしたスピードで玖音に近く』

「死ね!」

「…ふっ!」

 玖音はハンターの攻撃を受け流し、霊力を込めた拳を放つ。

「ちっ!」

 ハンターは玖音の拳を受け、後退するが、同時にナイフを投げる。

「……ほぉ。『概念否定』をもつナイフか」

「多少は『効く』だろ?」

 ハンターは不敵に笑う。しかし、玖音は余裕もった笑いを浮かべる。

「………何を笑っている?」

「さてな、ところで『背後』に気を使わなくてもよいのか?」

「!?」

 ハンターは突如、背後に感じた気配に慌てて振り返る。そこには、『美しい長髪をした美女』が『剣』を構えていた。

「はっ!」

「くっ!」

「先生!」

 夢美の攻撃を受け、更に後退した所に一人の男が立っていた。

「さて、終いだ。『怪異狩り』君」

 翔也から『得体の知れない気配』が溢れる。そして、ハンターは力を失ったかのように膝を着く。

「!?貴様何者だ!?」

「『怪異蒐集家』だよ。まさか、『怪異狩り』が『怪異』を使っているとはね」

 ハンターは翔也を睨みつける。

「……そなたは何故、『怪異』を憎んでいるのじゃ?」

「………からだ」

「ん?なんじゃ?」

「妹を『殺された』からだよ!」

 ハンターは憎悪が篭った目で睨みつけ、怒鳴る。

「お前たち『怪異』は存在するだけで、人間に『害悪』だ!『怪異』に『善』なんて存在しない!!」

「………」

「…それで、『復讐』ですか?」

「あ?小娘、貴様に何が……」

「勝手に決めつけて、『怪異』に価値観を押し付ける。あなたの行っている行動と、妹さんを『殺した怪異』に何か違いはありますか?」

 淡々と話す夢美に対し、翔也が止めにかかる。

「夢美君。『怪異狩り』君。君は一つ勘違いをしている。『怪異に善し悪し』も初めから存在しない。『怪異』は人の解釈により質を変えるものだからだ。そして、君がたまたま出会った『怪異はすでに悪意』を人に持たさられたモノだっただけだ」

 翔也はハンターにそう言った。

「………ち。今更あり方など変えられん。俺はこれからも『怪異』を狩る」

「………」

「だが、もう一方的には狩らん。そこの『九尾の狐』は、お前達の言う『良い面』が定着した『怪異』らしいからな。今回は引いてやる。だが、気をつける事だ。『お前が存在するのを良しとしない者がいる』」

 ハンターはそう言うと、闇へと消えていった。













後日談

「世話になったの。さて、ショウヤ、これを」

 玖音は懐から何かを取りだし、翔也に渡す。

「それは、わしの霊力が篭った、鏡じゃ。それによって『わしとショウヤの間にパス』が繋がり、連絡、呼び出しが可能じゃ。これにてわしとの契約となす。それと、ユメミ、お主にはわしの加護を付与する。これにより、更に能力が向上する」

 玖音はそう言い、鏡から空間を繋ぎ帰って行った。

「……能力向上って嬉しくないんですが」

「まぁ、あの『九尾の狐』の加護だ。能力以外にも夢美君に利するものがあると思うよ」

 翔也と夢美はお互いに笑いあった。



ーーーーーー【江戸窓翔也の怪異譚 第三話 九尾の狐(nine tailed fox)】終

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