第4話 自殺駅(Suicide station)

 今日も来た。何が来た?『自殺したい』人間だ。ホームに一人きり。寂しく立っている。

 ーーーーーー『わし』が走っていく。一人きりで立っている人間が『わし』を見る。その顔は『安心』した顔じゃった。だから『わし』は『轢いた』












翔也の事務所

「先生、私今日はバイトの日なんですが?」

 夢美はそう不満を漏らす。

「はっはっは。夢美君。僕は知っているぞ。君の職場の人達は『理解があって』キミの事を優先してくれるということを」

 翔也は人が食えない笑いをする。

「……それで、バイト代も出して下さる、職場の店長に大変申し訳ないのですが……?先生はお金を出してくれませんよね?」

「キミの所の店長は言っていたぞ?『夢美君は凄くいい子で、良く働いてくれている。お客さんからも評価が高くて、固定客もついてくれて万々歳だ』とね」

「…………は?先生?」

「ん?何だね?」

「………もしかしなくとも、私のバイト先の店長と連絡取ってます?」

 夢美は翔也を睨みつける。

「あぁ。夢美君は知らないのか。君の所の店長とは友達なんだよ」

 翔也は何でもないように言った。

「………はぁ。どうにで『私』について理解があるばず。普通なら信じられないですからね」

「ん?夢美君は何か勘違いしていないかね?あいつは、紛れもない一般人。僕については『理解』はしてくれていない。それでも友達付き合いをしてくれる良い奴ではあるが。あいつが信じるのは一重に、君の性格が起因しているのだよ?」

 翔也ははぁ、とため息を吐く。

「夢美君は自己評価が低いみたいだね。もう一度君の存在価値を考え直すといい」

「それだと、私がナルシストみたいじゃないですか……。ところで、先生。私を呼んだのはそんな戯言を言う為じゃないですよね?」

 夢美は翔也に向かってそう言った。

「あぁ。ちゃんとした用事だとも。今日、依頼人が訪ねてくる予定でね。例のごとく君には僕の手伝いをして欲しい」













 片手にスマホを持ってその画面を見ている男性がいた。

「……たく、一体どこにあるんだ?アプリじゃこの辺りなんだが」

 男性は悪態をつく。

「それにしても、何であいつはいきなり『自殺』なんてしたんだ……」

 男性はここ先月の事を思い出していた。

「……考えていても仕方ない。その答えを確かめにここまで来たんだ」

 男性は顔を上げると驚いた声を上げる。

「え?あれ?いきなり、『家』が」

「……『江戸窓』ここだ」

 そう呟くと、インターフォンを押した。













 インターフォンを押すと、自分と同い歳ぐらいの女の子が出てきた。

「はーい。どなたですか?」

「あ、えっと」

「もしかして、依頼主様ですか?」

 目の前の女の子が首を傾げそう言った。

「あ、はい」














「どーも、こんにちは。江戸窓翔也と言います。君が依頼主の春川累君かい?」

「え、えぇ。あなたが噂の…?」

「どんな噂かは知らないが。そうだね。僕が『怪異蒐集家』だよ」

 翔也は胡散臭い笑顔を浮かべる。

「どうぞ。紅茶です」

 女の子がカチャっと音を少し立て、俺の目の前にカップを置く。そして、男性の横に座った。

「それで、今日はどんな用事なのかな?」

「……実は先月、彼女が自殺したんです」

「ふむ。それで?」

「その理由が知りたいんです。彼女は『自殺』する『理由が見当たらない』遺書も無かったんです」

「『理由が見当たらない』とは、随分と決めつけているね。君の知らない『理由』があったかもしれないではないか?」

 翔也はそう言った。その言い方に春川はキレた。

「……あなたに、何が分かるんだ!俺と彼女の関係もろくに知らない癖に!」

「……ふむ。では拝聴しよう。君とその『彼女』との関係を」

 春川はまだ怒ったように説明をする。

「……分かりました。俺と彼女は幼なじみでして。昔から仲が良かったんです」

 春川は説明をし始める。

「高校の時に俺から告白して付き合いました。それから大学も一緒で……学部も一緒でした」

「ふむ。それで?」

「彼女は、活発でテニスサークルに入ってました。俺は運動音痴だったので天文サークルでしたが」

「その時、彼女は何かあったりはしなかったのかい?例えばお酒の席で無理やり飲まされたとか」

「先生?何が仰りたいのですか?」

「ん?簡単な話だよ夢美君。彼女はその時に誰にも『言えない』目にあった。それこそ、そこの彼にも言えないような……ね」

 翔也はあっさりと言った。それにまた春川がキレる。今度は座ってるソファーから立ち上がって。

「それは何ですか!?あいつが…雪が襲われたとでも言いたいのか!?」

 夢美は春川の気持ちが分かった。その一方で納得もできる話だ。確かに襲われたのであればなかなか言えないだろう。

「…春川さん。お気持ちはよく分かりますが落ち着いて下さい。先生もご推理は良いですが、もう少し気を使って下さい」

 夢美が翔也に釘を刺す。

「しかし、可能性としては一番だろ?さて、春川君。彼女、雪君は『いつから』無理をしていたのかな?」

 翔也は攻めを緩めなかった。

「……くっ、確かにある日からどこか思い詰めた表情をすることもありました。でもそれも一瞬でしたから聞くに聞けませんでした。でも!それだったら尚更『遺書』がないのが不自然だ!」

「ふむ。『遺書がない』のは特段不自然ではないよ。確かに、自殺する前は『遺書』を残す者がほとんどだろう。それこそ、その者が唯一、犯人を『告発』する機会だからね。しかし、『遺書』とは何も『告発』するためだけのものでもない。後悔の念やらも含まれる」

 翔也はそこまで言うと一息つくかのように紅茶を飲む。

「しかし『遺書』を書く余裕すらなく『突発的』に自殺してしまったら『遺書』がないのも納得できる話だ」

「…………」

 春川はソファに座り込む。

「……春川さん。すみません。先生はあくまで『中立の立場』でお話しをされています。なのでこんな言い方になってしまっただけなんです。……先生。今から私がお話しを聞くので『少し黙っていて』頂けますか?」

 夢美は有無を言わさない程の圧を翔也にかける。翔也は肩をうずくめて「どうぞ」と言った。

「……春川さん。雪さんと『もう一度』お話ししたいですか?」

「……は、ははは。何言ってるんですか?そんな事出来るわ」

夢美「出来ます」

 夢美は食い気味に言った。

「は、は?あんた、何言ってんだ?」

「ですから、『出来る』と言ったんです。ただし、春川さんが『死ぬ気』で雪さんの事を思えば、ですが。どうなさいますか?」

 夢美はあくまでも真剣な表情をしている。そこに翔也が口を出す。

「黙っておけと言われたが、これだけだ。春川君、夢美君は『嘘』をついていない。君も知りたいんだろ?彼女が死んだ理由を」

「……出来るなら、お願いします。俺はどうしても雪が死んだ理由を知りたい!」

「では、約束して下さい。『真実』がなんであろうと『受け入れる』。あと、『復讐』は絶対にしない……と。それが出来るなら雪さんとお話しさせてあげます」

「……『復讐』をしない?もし、雪が死んだ理由が『誰か』にあるんだったら、復讐するに決まってるでしょ!?仮に貴女が俺と同じ立場だったらするでしょ!?」

 春川は夢美を殺さんばかりの勢いで睨みつけ怒鳴る。

「でしたら、出来ません。『彼女がそれを望んでいません』から」

「は、はぁ?雪が望んでいないだって?あんたに雪の何が分かるんだよ!」

「……雪さんは背が、あなたより少し低くて、髪は肩まで綺麗に揃っているショート。時々眼鏡をかけますね」

「!?」

 春川は息をのむ。

「そのご様子だと当たっているみたいですね。もう一度言います。『雪さんはあなたに復讐など望んでいません』これでも約束して頂けませんか?」

「……わ、分かりました。約束します。だから雪と話をさせて下さい」

 夢美は真面目な目で春川を見る。

「…約束を破れば『雪さん』の『在り方』が変わってしまいます。そう言った意味で『死ぬ気』で雪さんを思って下さい」

「分かりました。それでどうすればいいですか?」

「春川さんは特段何もしなくて大丈夫です。さっき言った『真実がなんであれ受け入れる』と『復讐はしない』を守って頂けるのなら。では始めます」

 夢美は両手を合わせて祈りはじめた。春川と翔也は静かにその様子を見守る。

 しばらく経って、夢美が口を開いた。

『……久しぶりだね、累くん』

「せ、雪なのか?」

『……うん。今はこの人…夢美さんの体を貸りる形で話してるんだ。私は死んでからもずっと累くんの側に居たんだよ。悲しかった。後悔した。自殺した事。相談出来なかった事を』

 雪は悲しい声で言った。

『……出来れば累くんには悲しんで欲しくなかった』

「悲しんで欲しくなかった……て、悲しむに決まってるだろ!?大事な人が死んだんだぞ!?」

『…うん。分かってる。私は最低な事をしちゃったって。お父さんも、お母さんも悲しませて……本当にごめんね』

 夢美の目から涙が零れ落ちる。

「……それで……どうして、死んじまったんだよ?何も相談もなく」

『ーーーーそれは……うん。話すね。でも復讐なんてしないでね……私はそんなの全然望んでないから』

『あの日、テニスサークルの飲み会があったの。普段は断るんだけど、その日は先輩に無理やり参加させられて……』

 雪が話し始める。






『サークルが終わって私は体育棟のシャワールームで汗を流して帰り支度をしてた。そうしたら、いつも飲みに誘ってくる先輩……ではなく、『女の先輩』に誘われた。私は断りきれずに行ったら、いつも飲みに誘ってくる先輩もいた。女の先輩は、その飲みに誘ってくる先輩の横に私を座らせた。そこから何度も断ってるのに、意識が無くなるほど飲まされた。それから気がついたら知らない部屋に居て、複数の男の人が『裸の私』の周りで裸で寝てた。私は感ずいた。あぁ、襲われたんだって……。私は慌てて大雑把にほっぽりだされた服を着て逃げるように部屋から出た。そこからは、何も考えられずに気がついたら家に着いてて、お父さんとお母さんに心配したぞって言われて、咄嗟に友達と飲んでて、そのまま友達の家で眠っちゃったって嘘をついた。そこから私の『地獄』は始まった。億劫な気持ちで、累くんと大学に行った。私は累くんに心配をかけたくない一心で気丈にいつも通りに振舞った』

『そこからテニスサークルを避けるようにしたけど、『先輩』が私を逃がしてくれなかった。あの日、私を襲った所を写真や動画に残してて、ばらまかれたくなければ言う通りにしろって言われて、従うしか無かった。そこから私は何人もの男の人と行為におよんだ。時には先輩達のお小遣い代わりにもされた。私の精神はもうズタボロだった。耐えられなかった。逃げたかった。そう願って願って……そうしたら『ある場所』に居たの。その場所は『駅』だった。ちょうど駅のホームに立ってて、遠くから列車が近ずく音が聞こえてきて……その方向を見ると眩くて暖かい光が見えたの。それでその列車がそのまま私の前を通り過ぎて行ったの。そこでまた意識を無くして、気が付いたら自分で首筋をカッターで切ってた……これが私の自殺の真相』

 雪はそこで話しを終えた。そのあまりにも受け入れ難く、信じられない真相に春川は頭が真っ白になった。

『ごめんね。相談できなくて……相談したら軽蔑(けいべつ)されるかもって思ったのと優しい累くんの事だからきっと先輩達を殺しちゃうと思って……』

「軽蔑なんてする訳ないだろ!!何だよ!雪が何したっていうんだよ!そいつら人間のする事じゃないだろ!普通に犯罪だぞ!?」

「……」

「……やっぱり納得出来ない!そいつら許せねぇ!!絶対に復讐してやる!」

『やめて!累くん!私はそんな事望んでない!』

 春川は激昂する。当たり前だろう。自分の大事な人がそんな目にあっておきながら自分は気が付かなかったのだから。

「雪さん少しすみません。春川さん?私は言いましたよね?『どんな真実でも受け入れる』、『復讐はしない』と」

「でも!」

「でもではありません。『どんなに酷い真実』だろうと受け入れないと人間は生きていけません。『真実を受け入れない』人は生きてないも同義です」

「…それに、あなたがやる事ではありません。それは警察が捜査をしてあきらかにすることです。罪を犯したのなら法の下で裁かれなければいけません。あなたまで犯罪者になるつもりですか?」

 夢美が諭す。

「……でも、雪が死んだのは先月です。時間が経ってます。その『クズ』共が証拠を残してるとは思えません」

「そこら辺は私たちに任せて下さい。良いですよね、先生?」

「……今回だけだよ?流石に『私』もキレている」

「何をするつもりですか?」

「何、『少しお灸をすえる』だけだよ。それと今回だけだ。依頼料は要らない。君は夢美君の言ったように『真実を受け入れ』、『復讐をしない』真っ当な人生を歩むことだ。それが『彼女の力』にもなるのだから」

「え?それはどう言う……」

「本当に春川さんは愛されてますね。雪さん。あなたもどうか、あれ程酷い経験をされたのにその『在り方』が出来るのはすごい事です。これからもその『在り方』を忘れないでくださいね」

「では、話はここまで。春川君は帰りなさい。親御さんに話をするかは君次第だ。まぁ、信じてもらえるとは限らんがね……」

 翔也がそう言うと背後から『女』の声がした。

「ならば、この『ねっくれす』を付けると良い。さすれば、お主にもそこにいる女子の姿が見え会話も可能!しかも『触れられる』という高性能!」

『………いつから聞(いてた・ました)!?』

 二人がいきなり現れた玖音にツッコミを入れる。

「ん?『始め』からじゃが?さて、小童ほれ、この『指輪』はその女子の両親にくれてやれ。機能は一緒だが、小童のものより一段階権限が低い。基本、見え、話せて、触れられるが『暴力』は振るえない。小童のお仕置の方が余程その女子には効くだろうて」

 玖音は回廊明快に『カッカッカ』と笑った。

 俺はあれから雪の『告白』を聞いて真実を知った。その時は頭が真っ白になって数秒間を置き怒りが爆発した。俺が必ず復讐してやるって言ったら夢美さんにきつく諭された後、謎の女性が出現して俺に三つの道具を渡してきた。それは『見たいと思ったモノを見れたり、触れたりする事』が出来るそうだ。俺は渡された『ネックレス』をしたら、本当に雪が見えて、声が聞こえて、触れ合えた。すごく泣きそうになりながらもお礼を言った。女性は『神の気まぐれじゃぞ?本来なら世界のルールに違反し排除されるのじゃが、まぁ、『それ位の事など瑣末な事。世界のルールを作った神には適応されん』等と快活に笑って言っていた。俺は江戸窓さんの事務所を出て直ぐに雪の家と向かった。













 また一人、ホームに人が立っている。『わし』はまたかとため息をつく。ここに来る者は皆死にたい者ばかりじゃ。『わしという存在』が呼び寄せてしまうらしい。『わし』はまた『轢こう』としたが、『今回』は様相が違った。

「…ふむ。『そなた自身』にその気はないみたいじゃの。さすれば『付加』してやればよいか」

「『自殺駅』これはあるネットの一部の界隈から広がり、存在を持ったみたいですから、その対処でよろしいかと」

「ふむ。では『私』はその『概念』を回収しよう」

 ……一人かと思ったが三人じゃったか。

「さて、『自殺駅』君の『概念』を回収させてもらおう」

 男がそう言うと『わし』の走るスピードが極端に遅くなる。

「それ、付加じゃ」

 はじめに立っていた者が『わし』に触れてそう言った。

「さて、もうそなたは『人間を自殺に追い込む』事は無い。むしろ逆に『そう言った人間』の救いになるじゃろうて」

「終わりましたね。先生、玖音さん帰りましょう」

 そう言うと『三人』は消えていった。













後日談

「…ふむ。清美は早速仕事をしてくれたらしい」

 翔也は新聞の一面に掲載された記事を読み言った。

 ―――――時間は遡り、自殺駅の件を解決した頃。

「さて、やる事はまだある」

「そうですね。『彼ら』の悪事を暴いて白日のもとに晒してやらないといけませんね」

「……玖音、春川君が言っていたように『彼ら』は雪君が自殺してから『すぐ』に証拠品を処分した筈だ。その復元はできるかな?」

「そんな事造作もない。本来なら『わし』という存在は世界に影響を与えてはいけないのじゃが『今回』だけは因果律を曲げても大丈夫じゃろ」

 玖音がそう言うと、『ポン』と音を立てて、彼女の手に『スマホ』が出現した。

「ほれ。『これ』があれば良かろう?後はショウヤ達がやる事じゃ。わしは帰るぞ」

「玖音さん、ありがとうございました」

 夢美が玖音にそう言うと、玖音は手を上げながら自分の社に帰っていった。

「さて、清美に相談しよう」

「今度は先生が借りを作ってしまいますね」

 夢美が笑ってそう言った。













――――【江戸窓翔也の怪異譚 第四話 自殺駅(Suicide station)】終

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