山の鍋

「おや、まぁ... 」


山小屋の入り口には管理人の女性と老婆が並んで待っていた。

顔は笑っているが目は笑っていないような、そんな感じだった。


「ただいま戻りました」


父は二人に頭を軽く下げると夕飯の時間とメニューを聞いていた。

どうやら今夜も鍋のようだ。しかし昼間の怪異事件で気が滅入っている僕にはどうでもいいことだった。


「これ、山で採ってきたんです。良かったら鍋に入れてください」


いつの間に採取したのか、父は美味しそうな山菜を老婆に渡していた。


「おやおや、これは嬉しいねぇ。今日は食材が採れなかったから助かるわぁ... 」


とても喜ぶ老婆に父も上機嫌だ。


「食事の時間まで風呂にでも入っていよう」


部屋にリュックを置くと僕と父は最後の露天風呂を満喫した。

すでに日は沈み稜線の向こうに月が昇っている。


今夜は昼間の怪異が嘘のように山は静かだ。

そう、とても静かだ。


「ねぇ父さん。八尺様って...何?」


僕は思い切って聞いてみた。


父の話によると、物の怪の類で主に陰湿な場所や過去に陰惨な出来事があった土地に現れる不浄な存在だという。そして狙った獲物に対する執着は凄まじく、祓うのも一苦労なのだとか...。


「だからここも大昔、何かあったのだろうな... 」


遠くを見つめる父に僕はそれ以上、何も聞くことが出来なかった。

ただでさえこの山で友人を亡くしたのだ。もうそんな目には二度と遭いなくないのだろう。


「さて。そろそろ、かな」


父はそう言うと僕にも風呂から上がるよう促した。



身支度をし食堂へ行くとすでにいい匂いが広がっていた。

今日はグループ客もおらず静かだ。


昨夜と同様、老婆が鍋を運んできた。

どうしたことか、今夜はとても上機嫌のようだ。


「さぁさ、たんと召し上がれ」


「お婆さんはもう召し上がりました?」


「わたし?まぁだ、これからだよ」


「そうですか。お婆さんも娘さんもたくさん召し上がってくださいね」


「ありがとねぇ」


そんなやりとりを脇で見ながら鍋を堪能したが、再びあることに気がついた。


(あれ?)


壁に貼ってあった写真が1枚も無くなっているのだ。

(また整理でもしたのかな... )


そんなことを考えながら鍋をつついていると、厨房から老婆が何かを壁に貼り付け始めた。


(なんだ、やっぱり整理していただけか)


「ねぇ父さん、アレ...」


視線を父に移すとそこには物凄い形相のをした父がいて、思わず言葉に詰まった。

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