山の怪
それは白かった。
白く大きなものがゆっくりと視界の右から左方向に向かって進んでいる。
ガラス窓に映っているのは背後の山だ。
僕らの背後にある山を「何か」がゆっくりと移動しているのだ。
「動くなッ」
父は小さいが確かな声でそう言った。
日常から非日常へ。
それが変わる瞬間だった。
天気は快晴。
しかし背中に強烈な悪寒が走る。
急激に血の気が引いていくのが分かる。
両腕には鳥肌が立ち、足は座っているのにガクガクと震える。
異界の存在に遭遇した時、特有の症状。
「絶対に後を振り向くなよ.... 分かったな?」
「う、うん...」
(何だろうあれ、おばけ?)
それはまるでストップモーションのように且つ、まるで水面を泳いでいるマンタのように緩やかに移動している。
いや、歩いている。
食べかけのおにぎりを持つ手がガタガタと震え今にも落ちそうになる。
落としたらヤバイ、というのがそれから充分に伝わってくる。
それはよく見ると両腕のようなものが生えており、木々を掻き分けながら進んでいるように見える。初めはただの白い物体にしか見えなかったが、よく見ると人のような形になってきているのが分かった。
(木よりも大きな人???)
針葉樹は10mを越すものがほとんどだ。
それよりも大きな人などいる訳がない。
バサッ、バサッという木を薙ぎ倒す音と共に、何の音かは分からないが低く鈍い音も聞こえてくる。
オオオオオオオオ...
顔すら動かせず真正面のその光景を見るしかなかった。
そしてそれが視界の中央に来た時、ふいに頭のようなものが見えた。
いや、正確には人が肩車をしている姿、に見えた。
巨大な人が小さな人を肩車している、と言うべきだろうか。
その肩車をされている白い顔がこっちを見た。
(ヒッ!)
バサッ...
驚き、思わず持っていたおにぎりを落としてしまった。
(しまった...!)
白い顔はピタリと止まり、ジーッとこちらを見ている。
じわっと吹き出す汗。
震える手足。
(あれが、もしこっちへ来たら... )
バサッ!バサッ!バサッ!
すると激しい音を出しながらそれがこちらに向かってきた。
巨大な木々の枝を掻き分けながら一心不乱にこっちに来るのが見える。
オオオオオオオオ...
速度もさっきまでの緩やかさではなく猛烈な勢い。そう、それはまるで獲物を見つけた時の肉食獣のような表情だった。
人なのか獣のなのかさえ分からない。
恐怖で逃げ出そうとする僕を父が抱きかかえた。
「じっとしてろ!」
そしてそれはもうすぐそこまで来ていた。
バキバキバキッバキッ!
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