山の墓

「知り合いの墓を参るんだ」


ポツンと父が言った。


「... 昔の知り合いだ。一緒にこの山を登った時、そいつは途中で亡くなったんだ」


山小屋を出て小一時間。

今回の旅の理由をようやく父が語った。


僕のインドアを心配して、というのはどうやらその口実だったようだ。



そして、それは突然視界に飛び込んできた。


まるでもののけ姫にでも出てくるような森の中に開いた池。そして滝。

池の中には紫色の花が沈んで見える。

これだけで1枚の絵画のようだ。


池は直径20mくらいだろうか。

滝から流れ込む清涼な水が緩やかな波紋を広げる。


その中を父は躊躇いもせずバシャバシャと入り込んだ。

僕は唖然としたまま、その場で立ち尽くした。


よく見ると池の中央付近に白い棒切れが立っている。

父はそこまで行くとピタリと止まり、十秒ほど無言で見つめると両手を合わせて拝み始めた。何度も頭を上げ下げしている。そしてリュックからお酒のようなものを取り出し、その白い棒にジャバジャバとかけていた。


(あれが、お墓?)


後数分後、ようやく父は戻ってきた。


「待たせたな。さぁ、下ろうか」

「... うん」



下り始めて10分くらいした頃、父が立ち止まった。

周りをキョロキョロとすると脇道を指差した。


「こっちだ。付いて来なさい」


僕は無言で付いていくと、茂みの中に小屋が建っていた。


「ここで昼飯にしよう」


そういうと父はリュックからおにぎりを取り出し僕に差し出した。

おにぎりを見た途端、僕のお腹はグ~ッと鳴り父は笑った。


小屋の外にある丸太の椅子に腰掛け夢中で食べた。

早朝、父があの老婆におにぎりを作ってもらっていたのだと言う。

(それで朝いなかったのか... )



ふいに視界の中で何かが動いたような気がした。


僕と父は山側ではなく小屋のほうを向いて腰掛けている。

何故か、そうするようにと父に言われたのだ。

食べることに夢中で僕はそのことを、些かの疑問にも思わなかったのだ。


目の前には小屋の窓が見える。

その窓ガラスの中で何かが動いたように見えた。


「あれ?」




















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