山小屋

山の稜線がオレンジ色に染まっている。

じきに日が暮れるのが見て取れる。


しかし僕はと言うと、もはや疲れで周りの景色もどうでもよくなっていた。


「... あれだ」


父が指差す先を無気力ながらも見ると、そこには1つの灯りが点いていた。

薄暗い木々の中にポツンと灯る光... 目指す山小屋だった。


まるで揺らめく蝋燭の炎のようにユラユラと輝いている。

暗闇に近づく視界の中で、それはこの世のものとは思えないほど美しくそして幻想的に僕の目に映った。


「ふぅ、何とか間に合ったな。大丈夫か?」

「疲れた... 」


山小屋の中に入ると荷物を降ろし、父は僕の頭をクシャクシャに撫でた。

「よく頑張った。偉いぞ」


珍しく父が褒めた。

父に褒められることは滅多になかったので僕はそれが嬉しかった。


「...いらっしゃいませ」


気がつくと、いつからそこにいたのか山小屋の管理人と思しき女性がいた。

年齢は30代半ばだろうか。華奢な見た目だが黒髪がとても美しい人だった。


「お世話になります」

父は僕の頭に手を置くと一緒にお辞儀をさせた。


奥の方から談笑の声が聞こえる。

すでに僕らの他にグループ客が来ているようだ。


部屋に通され荷物を広げる。

疲れて食欲は無かったが、すでに夕飯が出来ているとのことで着替えて食堂へ行く。

いかにもロッジ風な木の椅子とダイニングテーブル。

壁には過去の登山客と思しき人達の写真が並ぶ。


先程聞こえたグループ客の姿は無かった。

しかしパチパチと燃える暖炉の炎がとても心地良い。


程なくして鍋が運ばれてきた。

背がほぼ直角に曲がった老婆がそそくさと皿を並べる。齢80といったところか。

(... 受付の女性とは親子だろうか?)

具材は地元で捕れた野菜とジビエの肉だと言っていた。とても旨い。

僕はまったく食欲がなかったが、鍋の匂いで急激に腹が減り夢中で食べた。


食後、父と露天風呂に向かった。

浴場には誰もおらず貸し切り状態だ。


真っ暗な山。只々、風の音と不気味な野鳥の鳴き声が響き渡る。

本当に夜の山は漆黒で星の明かりしか見えない。

元々田舎育ちの僕にはそういった田舎の風景には目新しさも興味も無かった。

しかし湯は温かく気持ちがいい。



再び談笑の声が聞こえた。

さっきのグループ客が盛り上がっているのだろうか。


しかし今日の疲れからか部屋に戻ると僕と父はすぐに眠りについた。

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