第6話 転落した転生者(陽菜視点)

「悠、ちゃんと聞いてる?」

「もちろん。にしても、そこまでひどいのか」

「そこまでひどいのよ。みんなもみんなよ。なんで信士にあっさりだまされたのかしら」

「それは思わないでもないけれど」

 私の名前は陽菜ひな

 そしてこの目の前で笑っているのは私の幼馴染みで恋人のゆう

 信士というのは私たちの幼馴染みである。

 私たちは、高校の卒業旅行中に事故に遭ってあっさりと死んでしまった。

 それも、曰く神様の手違いが原因らしい。

 詳しいことは説明されてもよくわからなかったけど、とにかく私たちは異世界に転生することになった。

 そのための準備としてこの酒場で働いているのだけれど、その頃から信士はおかしくなり始めた。

 信士が私に好意を持っているのは気づいていたけれど、どうにも私は信士が好きになれなかった。

 幼馴染みとして長い間いっしょに過ごしてきたからこそ、信士の本性を知っていたからだ。

 この酒場に来るまでは取り繕っていたようだが、最近はもう隠そうともしなくなっていた。

 もっとも、それ以外の部分はまともだし、外面もいいのでパーティーメンバーもその本性に気づいていなかった。

 結果、信士のそれらしい理由を鵜呑みにして悠をパーティーから追い出したわけだ。

「あなたがいなくなってから、すぐに今後の方針を相談したんだけど散々だったわ」

 あいつは悠がパーティーに残ろうと反論すると思っていたようだが、悠があっさり抜けてしまったため、予定が狂ったようだった。

 それでも、予定通り追い出せたわけだから、思い通りになると思っていたはずが翌日には逆に問い詰められることになっていた。

「パーティーメンバーが減れば、その分一人一人の仕事が増えることくらいわかると思ってたんだけどね」

「信士の口車に乗せられて、悠の仕事を見ようともしてなかったんだから仕方ないわ」

 悠が抜けたことにより、これまで悠がやってくれていた補給や整備等の分担、悠が抜けたことで補えないことに関する経費について説明してどうするのかという話し合いは、今回のことを主導した信士に対する評価を大きく下げることになった。

「悠は生産職向けの技能をとってるからどうしても戦闘は苦手だったけど、その代わり私たちが戦闘に集中できるようにいろいろと頑張ってくれていた。他の子はまだしも、最初から一緒にいた信士がそのことに気づかなかったのが悪いのよ」

「気づいてなかったと言うことはないと思うけどね」

 悠の言うとおり、そこまで影響が出るとは思っていなかったのだろう。

「悠が抜けてから稼ぎは大体6~7割くらいに落ちてる。信士以外は悠に戻ってきて欲しいって言ってるけど」

「それはないかな。今の信士の様子を見ると戻ってもろくなことにならなさそうだし」

「それもそっか」

 思い通りにいかなかったことで信士はずいぶんとイライラしている感じがした。

 いや、あれは焦っているというべきか。

「陽菜がパーティーを抜けようとしているのはわかっているからだろうね。そうなったら僕を追い出した意味がないし」

「それで無理をしてでも引き留めようと焦った結果が今の悪循環ってところね」

「今はまだ陽菜が押さえているからまだなんとかなっているんだろうけど、抜けた後が心配だね」

「それなんだけど、このままだと信士が追い出されると思うわ」

「そこまでひどいのか」

 戦闘面では役立たずだと思っていた悠が抜けて、より難易度の高い依頼がこなせるようになれば収入が増えると思っていたのに、実際は悠の支援がなければ今までの依頼すらうまくこなせなくなっていた。

 加えて、解体などの処理がうまくできなくなったために素材の買い取り価格が下がり、収入が減ってしまった。

 悠がいなくなって、必要経費が増えているところに収入が下がってしまったために、悠の追い出しを主導した信士の居場所は、もうパーティーにはなかった。

「口車に乗せられたとはいえ、みんないい子だからね」

「いい子すぎて、騙されたわけだけどね」

「いい勉強になったんじゃない?」

 私たちはこれまで暮らしていた世界とは全く違う世界で生きていくのだ。

 今までと同じ考え方をしていれば、すぐに死んでしまうだろう。

 そうならなくても、ろくでもない目に遭うのは想像に難くない。

 ここの失敗はまだ取り返しがつくが、転生してからでは後悔しても遅いのだ。

 そういう意味でもいい経験にはなったのだろう。

「まぁ、あと少しでこの件は落ち着くわ。そうしたら、またいっしょに頑張りましょう」

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