第12話 異セイの距離

「一年に一度ならば、会うことを許そう」


 ステージの中央に立つ天の神様がそう言い、スポットライトからステージ照明に切り替わる。その瞬間、ステージの両サイドから前田彦星と琴織姫の二人が中央に走ってくる。


「織姫!」

「彦星!」


 俺は手を取り合う二人から目を反らすが、セリフは嫌でも耳に入り込んできた。


「また会うことができる! こんなに嬉しいことはないよ!」

「本当だわ! もう一生会えないかと思ったもの!」

「「神様! ありがとうございます!」」


 この劇のテーマソングである曲がかかり始め、拍手がステージに集合した役者たちに送られる。この曲は琴が好きだと言っていたバンドの曲だなあ、なんて思いながら適当に拍手を送る。


「今日の三回の通し練習は特に問題はなかったように思えるけど、何か気になった点とかある人いる?」


 ステージの上から前田がクラスメイトに尋ねる。誰も手を上げないのを確認すると、


「じゃあ、今日の練習はこれで終わりだ。荷物を片付けてホームルームをやったら、下校。いいかい?」


 まばらな返事があちこちから聞こえ、今日の練習はお開きとなる。生徒たちが荷物を片付け始めると、前田が琴の耳元で何か囁いているの見かけた。琴はそれに対し、指でオッケーマークを作っていた。ちょっと嫌な気分になったので、気を紛らわすために道具の片付けに専念する。


 段ボールを抱えて、教室に戻り、ロッカーの上に積み上げる。短めのホームルームが終わると、なぜだかみんな荷物をまとめずに教室を出始めた。


 あれ、何かあったっけ。


 すると、魚沼が俺のところへ来て「出るぞ」と促してくる。


「どういうことだ?」

「先越されたってことだよ」

「は?」


 全員が教室を出終わると、上位カーストの人たちを中心にクラスメイトたちが窓や扉の隙間から中を覗いている。誰かが外に出ずに残っているのだろうか。


 廊下に出ている生徒の顔を一人一人見てみると、前田と琴が見当たらない。つまり、そういうことだ。


「落ち込むなよ。今日にしろ、明日以降にしろ、もう手遅れだったんだ」


 魚沼は俺の背中に手を当て慰めてくれる。でも、俺はそこまで悲しんでなかった。現実っていうのはこんなものだ。高スペックな男にはそれに釣り合うような女性がカップリングされるというのは誰もが知っているこの世の摂理である。俺は気にしない。ちょっとした失恋だ。


「俺は大丈夫。ありがとうな」


 一応、魚沼に礼を言うと同時に、サッカー部男子たちの盛り上がっている声が廊下中に響く。しかし、すぐに「えええ?」という思っていたものとは違う文字が聞こえてくる。


 教室の扉が激しく開き、顔を真っ赤にした前田が大股でクラスメイトの間を通り、俺の前も通り過ぎていった。あれは照れとかの赤さではなかった。かつて喧嘩したときに見た、怒りの赤。


 なぜかわからないが、琴は前田の告白を断ったらしい。




 同日、夜。


 課題を進めていると、側においてあったスマホの画面が光った。琴からのLINEだ。


 俺は課題を中断し、アプリを開く。


『なんか、すごく盛り上がっていたのに悪いことしちゃった』


 返信内容をすぐに打ち込み、


『そんな気がないのに、付き合う方が失礼だよ』


 と送る。


『だよね』

『でも、前田は色々できる奴だし、女子人気は高いらしい』


 前田を褒めたいわけじゃないが、会話を続けたいがために話題を作った。結果的には前田をいい奴のように言っているので、これで琴の気が変わらないかと、一瞬だけ不安に思った。


『私は魅力感じなかったよ』


 続けてメッセージが送られてくる。


『なんか、本心を隠してる感じが嫌だった。心の底からしゃべってなさそう』


 すごいな。会ってまだ長くないのに、前田の本性を見抜いている。体力だけでなく、コミュニケーション能力も計り知れないようだ。


『私はさ、もっと話しやすい人がいいよ。ちゃんと自分の言葉で話してくれる人。私にとってそういう人が話しやすい』

『例えば?』


 慌ててアプリを閉じる。


 送ってから、しまった、と思った。こんなの答えにくいに決まってる。自ら好

感度を落とすようなことをするなんて馬鹿だ。たった今、話しやすい人がいいと心を開いてくれたのに。


 着信音が鳴る。


『昴介とか』


 という文字がロック画面に表示された。


「え?」


 思わず目を疑う。目をこすって、もう一度見ると、既読をつける前に送信を取

り消されてしまっていた。代わりに、


『見られる前でよかった』


 と、来た。


 いや見てしまったよ。しかし、これで告白する決心がついた。


 俺はメッセージの打ち込み欄に素早くフリック入力する。


『話変わるけど、明日の放課後ってさ、暇?』

『暇だよ! どこか行く?』

『いや、ちょっと見せたい本があるからさ。放課になったらすぐ図書室に来てくれない?』


 これは本を読むことも好きな琴だから使える技だ。何度か好きな本を紹介しあったこともあるため、わりと自然な誘いだと思う。


『え、私一人で? 一緒に行こうよ』


 まさかそう来るとは思ってもいなかった。パニックになる脳をフル回転させてどうにか誤魔化す。


『俺先に行って準備しなきゃだからさ』


 こんな文でいいだろうか。

『なんの準備よ(笑) まあいいけど(笑)』


 危ない危ない。なんとか隠せた。俺はスマホをスリープモードにして、背もたれに体を任せる。


 琴と話していると時間があっという間に過ぎていく。以前は地獄のように長く感じていた時間が魔法のように変わった。


 琴のおかげで、今は楽しい時間が過ごせている。


 これからもずっと、そんな時間の中で生きていきたい。







 翌日。


 ホームルームが終わるチャイムが鳴り、俺は教室を飛び出す。最上階にある図書室を目指して二段飛ばしで階段を上っていく。


 息を切らしながら上り終え、急いでクーラーの効いている図書室内に入る。


「ふぅー」


 深呼吸をして、奥の背の高い棚の陰に隠れる。司書が怪しいものを見る目でこちらに顔を向けていたが、どうでもよくなったのか、すぐに手元の文庫本に視線を落とした。


 そもそも、隠れることに大した意味はない。机に座って本でも読みながら待っていてもいいのだが、琴が来た時に、そんな開けた場所で告白できるメンタルを俺は持ち合わせていない。何でも隅でささやかにする方が得意なのだ。


 数分ほど待つと、扉が開く音が耳に入って来た。


「昴介ー。来たよー」


 静かに囁くこの声は間違いなく琴の声だ。俺は息を潜めて、琴がこちらに向かってくるのを待つ。


「あれ? 昴介ー?」


 足音がだんだんと近づいてくる。一定のテンポでゆっくりと、ゆっくりと音が大きくなっていき、止まった。


「何してんの。こんな所で」


 彼女の不意打ちに声を出して驚きそうになるのをなんとか堪える。予定では、適度に近づいてきたところで俺が声をかけるつもりだったのだが、緊張しすぎていたようだ。


「いや、あの、あれだよ。驚かそうと思って」

「私よりも昴介の方が驚いているじゃん」


 さすがに昨日のLINEのようには上手く誤魔化せなかった。


 もうやるしかない。戦いの火蓋は既に切られている。


「あのさ、実は見せたい本っていう話は嘘なんだ」

「え、私に嘘ついたの?」

「いや違う違う」


 俺は全力で首を振って潔白を示す。


「あ、待って違わない。嘘はついた」

「え」

「いや、ちゃんと理由がある! 聞いてくれ! その重たそうな辞書は置いてくれ!」


 自分でも焦りまくっているのがわかる。普段はこんな失敗をすることはないの

に。


「えーと」


 俺は両手で自分の頬を叩き、気を引き締めなおした。


「綾織琴さん。好きです。俺と付き合ってください」


 琴は顔色を変えずに一度、「え?」と聞き返してくる。俺も思わず「え?」とオウム返しをしてしまった。


「だから、その。琴が好きなんだ」


 俺が言葉を変えて言い直すと、琴の顔がだんだんと朱色に染まってくる。


「え? え?」


 琴は何度もそれを言い続け、俺もどうすればいいかわからなくなった。なんてグダグダな状況だ。世界の告白の中で一番ダサい告白に違いない。


「こういうとき、何て言えばいいのかわからないけど」


 ようやく琴がちゃんとした言葉を口にする。


「実は私も気になってた。好きです」

「お、え」


 語彙力が消滅した。実際に「好きだ」と言ってもらうと、体中が熱くなり、脳が全く働かなくなる。


 どうにか意識を地上に引きずりおろして、もう一度あの言葉を言った。


「じゃあ、付き合ってくれ」


 琴も真っ赤になった顔を上下に大きく動かす。


「もちろん!」


 これが俺と琴の初々し過ぎる告白だ。


   × × ×


「熱い! いいなあ!」


 リゲルさんは目を爛々と輝かせ、俺の話を聞いていた。


「というか、俺話してしまってるじゃないですか」

「いいじゃないの。シェリーとはまた違った視線で聞けて楽しかったよ」

「マジでリゲルさんにしかメリットがない時間でしたよ」


 そんなことないよ、とリゲルさんは笑う。


「シェリーを連れ戻したあとで、彼女にこの昴介君視点の話をしてあげる。だから、シェリーにもメリットがある」

「え、ちょっと」


 恥ずかしいんでやめてください。それを言う前に、車内にウィリアミーナの声のアナウンスが流れる。


『まもなくリゲルです』


 窓を覗くと、下の方に眩しく光る恒星・リゲルが見えていた。

その青白い光は幻想的で、とても美しいと思えるものだった。


「さて、琴から聞いた彼女視点の話をしようかと思ったけど、もう着いてしまったし、それはまた今度ね」


 車両はまだ揺れているが、リゲルさんは上手くバランスを取りつつ立ち上がる。俺もそれに倣って、ショルダーバックを持って、扉の方へ近づく。


『リゲルに到着します。お降りの方は忘れ物の無いように……』


 もう何度も聞いたアナウンスに被りながらリゲルさんは俺の方を見た。


「これから、またよろしくね」


 また? よくわからないが、俺は自分への鼓舞の気持ちも込めて返事をした。


「はい! こちらこそ!」

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