第四夜

第13話 魔女の星

 この星・リゲルに降り立ってから今日で半年。



 朝起きたら、まずは一時間のランニングからトレーニングは始まる。魔法を使うには体力もいるとリゲルさんは言っていた。こっちに来て最初の三か月は体力作りのメニューばかりで、魔法のことは一切教えてもらえなかったあの頃が懐かしい。


 光る地面を全力で蹴り、前へと進む。おかげで、ふくらはぎの筋肉も随分と鍛えられた。


 ランニングが終わったら、次は腕立て伏せ、腹筋トレーニング、背筋トレーニングをそれぞれ百回。計三百回を三十分で行う。


 地球の重力じゃないとはいえ、楽ではなかった。それでもこのように運動ができるのも、この星にかかっている魔法のおかげらしい。

どうやら近くにある星雲から魔法のエネルギーが降り注いでいるようで、そのおかげでここらの星は魔法を使えるとリゲルさんは言っていた。さらに、恒星の上に人間である俺が立てているのもそのエネルギーが恒星・リゲルに大地を作り、引力の調節をしてくれているためらしい。


 つまり、俺も魔法のエネルギーを浴びているというわけだ。


 汗を拭き、軽くストレッチをすれば、ようやく魔法の練習が始まる。俺がリゲ

ルから学んでいる魔法は基本的な戦闘用魔法。火炎、氷結、治癒、回避運動、超パワー。この五つだ。今からやるのは火炎魔法。その名の通り、炎を発生させる魔法だ。


 俺は両手に意識を集中させる。炎を強くイメージしていると、だんだん両方の手の平が熱くなっていく。


 今だ! 


 そう思った瞬間に両手を強く前へ突き出す。すると、二つの小さな火球が飛び出した。


「よし」


 一か月前までは火の粉しか出ていなかった。それに比べれば大きな成長だ。しかし、これではまだ戦えるレベルではない。もっと威力を高めなければ。


 続いて氷結魔法。この魔法は火炎魔法と使い方がよく似ている。強くイメージし、両手から強い冷気を放つ。この冷気によって、瞬間的に周囲が凍り付き、地面も薄氷に覆われた。これもまだまだだ。スラファトのような巨体を氷漬けにできるほどの強さになるまで鍛える必要がある。


 治癒魔法は比較的簡単だ。技量や慣れにもよるが、少し練習すれば軽い傷はものの数秒で治せる。治癒魔法を完璧に鍛え上げると、骨折を無意識に治すことも可能になるらしいが、それは最優先事項ではない。


 回避運動も習得に時間はかからなかった。今ではどんなものでも軽々と避けることができる。


 問題は習得が極めて難しい超パワーだ。これだけは、どれだけ体力と筋力が付いているかがものを言う。超パワーがどんな魔法かというと、自分の身体能力を大幅にあげるというものだ。これを身につけると、跳躍力が上がったり、走るスピードも上がる。拳や足による打撃もテレビで見るヒーローさながらのものとなる。火炎魔法や氷結魔法と組み合わせれば、さらに強力な攻撃が繰り出せる頼もしい魔法だ。


 脚の筋肉に力を入れ、一気に弱める。その反動で俺の体は地面から垂直に飛びあがる。百メートル程上空にある岩石を目標にしていたが、あとわずかのところで加速度がゼロとなり、自由落下が始まる。今かろうじて使える超パワーを駆使し、着地は綺麗に成功。


 そんな俺の一連の訓練を見ていたリゲルさんは、俺に励ましの言葉をかけてくれた。


「昴介君は納得いってないみたいだけど、半年でそのレベルは人間にしては上出来だよ」


 と、リゲルさんは言うが、俺は修業を続けた。これくらいでへこたれていられない。


「その超パワーは一番難しいが、必須だ。火炎魔法、氷結魔法も強力だけど、相手は星。人の姿をしていても星なんだ。そんな魔法効きやしない。しかもあのスラファトは格闘に長けてる。その力と対等に戦えるのが超パワーだ。スラファトを倒してシェリーを取り戻したいなら、絶対に使いこなせるようになるんだぞ。力を制すのは愛ってね」

「どこで知ったんですか、そんな言葉」

「地球に決まってるじゃないか」

「え、地球?」


 言ったことなかったか、とリゲルさんは惚けた顔をする。


「この私も若い頃、独学で人間になれる魔法を勉強してね、一人で地球に行ったことがあるんだよ」


 驚く俺の顔を見て、ゲラゲラと大きな声でリゲルさんは笑った。


「しかも、昴介君たちみたいに大恋愛したのさ」

「……それ、最後どうなったんすか」

「そりゃあ、辛い別れだったよ」

「リゲルさんが星であることを告白したんすか?」


 いいや、とリゲルさんは窓の外を見ながら頬杖をつく。


「皮肉なことに、あいつも星になったんだ」


 何秒かして、その意味を理解する。そして、リゲルさんに対して気まずいことを訊いてしまったな、と少し後悔した。


 リゲルさんも大切な人を失っている。だから、こんなにも俺たちのために動いてくれているのだろう。


「私たちの分まで二人には幸せになってほしいんだ。そのためには修業をしなきゃだけどね!」


 よし、とリゲルさんは手を叩く。


「するって言ってて先延ばしにしてたシェリーの話でもしようか」


 確かにそんなことを言っていたな。今の今まで忘れていた。


 リゲルさんは魔法で小さな丸テーブル、二脚の椅子、そして光る水の入ったコップを出した。そのコップを俺に向けてくる。


「星屑のジュースだよ。昴介君も飲んでみな? ここでしか飲めないし、何より運動後の人間の体にはとりわけよく効く」

「いただきます」


 俺はコップを受け取り、一口飲んでみる。不思議な味だ。口の中で、何かが弾けるような、とろけるような。俺の知っている言葉じゃ言い表せない。


 ふと、ウィリアミーナの言葉を思い出す。


『あなたたちの概念にまだそれはない』


 きっとこれもそういうことなんだろう。


 しかし、美味しいのは確かだ。


「美味しそうに飲んでもらえて嬉しいよ。さて、シェリーの話を始めよう。君にも知っておいてもらいたいことだ」


 彼女は父・スラファトと母・ベガの間に生まれた。本名はシェリアクであるシェリーは幼い頃に本で初めて地球と人間について知って、強い関心を持ったが、反友好派のスラファトはシェリーに人間の姿になる『星の祭典』へ行くことや、人間のことを知ろうとするのをやめさせようとした。この頃、ちょうどベガが重い病気にかかって、スラファトはシェリーにはベガの看病をしてほしかったんだ。だけど、シェリーの好奇心は収まらず、スラファトに隠れて情報収集をしていた。もちろん母親の看病をしながらだよ。そして『星の祭典』へも、スラファトの隙を見つけては活動に参加していた。そこで、シェリーは人間になって地球へ行けることを知ったらしくて、母親の病気を治すための魔法を習いたいと言って、スラファトに嘘をついてまで私の所に来たんだ。私は治癒魔法を教えるようにってスラファトから言われていたからさ。


 第一声が、


「人間になれる魔法を教えてください」


 だよ。私もさすがに驚いた。母親が病気だっていうのに、それでも治療魔法ではなく、自分が人間になるために私の所に来たって言うんだから。それだけ人間に憧れていたんだろうね。その気持ちはすごくわかったんだ。私も自分の好奇心を抑えきれずに地球へ行ったからね。


 まあ、どちらの魔法を教えるにせよ、一年はかかるから、まず一年修業させた。だけど、人間になれる魔法と言っても一年しか効果がないんだよね。だから地球に行くのも一年間だけ。お父さんには黙っておいてほしいって言うから、スラファトには私から修業を一年延ばすって連絡した。


 すごく熱心に修業してたよ。人間への憧れの想いがすごく強かった。


 普通に考えれば、病気の母親を治すための魔法を教えるべきだったと思うんだけど、私もすごく彼女の気持ちがわかってしまったからさ。自分と重ねてしまうんだよ。ましてや、地球に行って帰ってみれば、私みたく男に恋に落ちて来てる。


 だから、私にも彼女を助けてあげる義務がある。彼女がスラファトに責められる原因が私にもあるんだよ。


 と、リゲルさんは星屑のジュースを飲みながら語った。


 俺はリゲルさんの目を見つめる。


「必ず琴を救い出しましょう」

「わかってる。私もスラファト戦の作戦を考える。昴介君は超パワーの習得に勤しむんだ。私がもっと戦闘用の魔法に長けていれば良かったんだけど、残念ながらそうではないからね。昴介君が強くなるしかない。あ、そうだ。今度ネカルを呼ぼう。あいつも一時期ここで修業してたんだよ。ああ見えて超パワーをめちゃくちゃ上手く使いこなす」

「え、そうなんですか」


 ネカルさん、とは『星の国』の塔でリゲルさんと一緒に仕事をしていた人だ。メガネを掛けた『星の祭典』協会副会長。


「そうそう。昴介君がもう少し強くなったら、相手になってもらおう」

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