第11話 告白
また、あの神社に行き、銀河鉄道に乗り込む。リゲルさんは来たときと同じ場所に座ったままだ。
「おかえり。挨拶できた?」
「ちゃんとできました」
「良かった」
『それではまもなくリゲル行き銀河鉄道発車いたします』
アナウンスが車内に流れ、座席の振動で列車が動き出したことがわかる。
俺はボールペンとさっき白川おじさんからもらった短冊を出して、座席に備え付けられている小さなテーブルの上に乗せると、リゲルさんがそれに反応する。
「その短冊、どうしたの?」
「これはですね、叔父が死んだ俺の親父からもらったものだそうで、願いが叶う魔法の短冊だとか」
「え?」
やはり、『星の国』の人でも、地球の魔法には違和感があるのか、リゲルさんは不思議そうな顔をしていた。
俺はそんな様子のリゲルさんを気にせず、短冊にボールペンを走らせる。
『必ず俺たちが幸せになれますように』
こんな感じでいいだろう。笹は今ないので、一先ず鞄にしまっておく。
「そんな短冊があるんだね」
「みたいですね」
俺がそう返すと、
「そういえばさ、昴介君はシェリーに図書室で告白したんだって?」
リゲルさんは悪そうな笑みを浮かべる。
「……何で知ってるんですか」
「前にシェリーから聞いたんだよ。なあ、話してくれよ。私、こういう話好きなんだ」
「恥ずかしいので嫌です」
「いいじゃないか」
「嫌です」
そんな会話をしているうちに、またあの日々の思い出が蘇ってくる。
× × ×
文化祭まで残り一週間となった。小道具、大道具、衣装は全て完成し、練習も大詰めというところまで来ている。
そして琴ともまあまあ話す仲にはなっていた。
今からの午後は通し練習だ。段ボールに詰めた荷物を全員で持って体育館へ移動する。
「昴介!」
俺が段ボールを持ち上げると、ちょうど織姫の衣装を着た琴が話しかけてきた。
「おお、琴。どうした?」
「見て見て! 衣装さんがね、ちょっとデザイン進化させてくれたの。より華やかになったでしょ!」
確かに、全体的に薄桃色だった衣装に、落ち着いた金の刺繍が入ったり、緑や青の装飾品が追加されたことで、豪華さが上がったように感じる。しかも、琴がその衣装を身に着けることで、より衣装の良さが際立っていた。
「よく似合ってる」
「えっへへ!」
琴は変な笑い方をしながら、教室を出て体育館の方へ走って行く。その後ろ姿を眺める俺に「よお」と肩を組んできたのは、高校に入って初めて友達になった
「熱心に見てるけど、もしかしてラブ?」
と、親指と人差し指を交差させてハートを作る。
「そんなのじゃねえよ」
「嘘だ」
「本当だよ」
「じゃあ、嘘か本当かは別として、ひとつ情報をあげよう」
魚沼は笑顔で俺の肩を叩くが、あまりいい情報ではなさそうだ。笑顔が朗報の笑顔ではない。
「お前が嫌ってる前田いるじゃん。あいつ、琴を狙ってるんだってよ」
「は? だから何だよ」
「まあ、あとはお前がどうしようと勝手ってことだ」
我ながら、小学生のような誤魔化し方をしたが、内心めちゃくちゃ焦っていた。前田が琴と? 絶対に嫌だ。想像しただけで気持ち悪くなって吐きそうだ。
「お前がどうしようと勝手だし、俺はお前を応援する。だけどクラスのみんなは違うだろうな」
魚沼の言う通りだ。クラスのみんなはきっと前田を応援するに決まってる。なぜなら彼らは前田には表裏のない優しい紳士だと思い込んでいるからだ。
前田とは中学生の頃から六年間ずっとクラスが一緒だ。
初めて会ったときは、こんなにも出来た人間がいるのか、と委員長に立候補した彼を見ながら思った。別に嫉妬をしていたとかそういうわけではない。ただ、自分は幼い頃に両親を亡くし、生きることだけに一生懸命だったのに、周りにも気配りができ、余裕を持つ彼に感心していただけだ。
中一の夏までは。
彼は素晴らしい人間だと思っていたのに、どこか彼を受け入れられない自分がいた。その原因がわかったのは文化祭の準備をしているときだ。彼はさも「自分があなたの分まで仕事をやってあげますよ」とでも言うような感じで、女子たちやサッカー部の生徒から多くの仕事を預かり、放課後に一人で残っていた。その日はたまたま委員会で遅くまで俺も学校に残っていて、恐るべき光景を目にしてしまった。
教室に戻ると、作業をしていたのは全く知らない男子三名だった。事情を問いただすと、別のクラスの一年生らしく、前田から金をもらったという。俺は怒りや呆れとは異なる、初めての感情に心を奪われた。裏切られたようなそんな感覚。そして、そこにタイミング悪く前田が帰って来た。
「犬飼君? こんなところで何やってるの」
惚けた顔をする前田を無視して帰るほど、当時の俺は頭がよくなかった。まだ中学一年生のガキだった俺は感情に任せて、前田を糾弾した。
「何やってるの? いやいや、どの口が言ってんだよ。これはどういうこと?」
「ああ、もうこいつらから聞いたのか」
前田は鞄から小さな茶封筒を出して来て、俺に突き出してくる。俺はその封筒をはたき落し、
「受け取らねえよ。え、何? 金出してまで人気になりたいの? それってどういう気持ちなの?」
煽るつもりはなかった。でも確かに今思えば、俺が放った言葉はそんな風に聞こえたかもしれない。
「うるさい」
そう言って、前田は俺の頬を殴った。初めて殴られたわりには、その後の対応は早かった。俺も殴り返した。前田はそのまま仰向けに倒れたかと思ったらすぐに起き上がり、俺に飛びかかって来た。馬乗りになって、一発目よりも強く俺を殴る。
「俺はどうしても人気者になりたいんだよ。だからこうするしかないんだ」
前田は泣いていた。しかし俺は構わず、前田を跳ね除けてやり返した。
男子たちが先生を呼んできた頃にはもう、お互い血だらけで、せっかく作っている最中だった展示物は無残に壊れていた。
翌日、先生はクラスのみんなに蛍光灯を変えようとしたら、はしごから落ちて失敗してしまった、と嘘の言い訳をしていた。その後聞いた話によると、前田の父親はこの学校の理事長だったらしく、権力によって前田の不正は隠蔽された。その事実を知ると、前田の涙の意味もわからくなはないが、それでも俺は前田のやり方に納得がいかなかった。
この一件から、前田の俺に対する当たりはきつくなった。そして、俺自身はどう生きていけばいいかわからなかった。今までただただ一生懸命に生きることに集中してきたせいで、世界に目を向けていなかった。こんな理不尽な世界の存在を知らなかった。俺はこれから、この世界で生きていかなければならない。でもこの世界を生きる気になれるほど、俺には生きる目的がなかった。学校に行って、勉強して、寝る。つまらない。退屈過ぎる。一日が狭い世界の中で完結してしまう。俺には生きるために彩が必要だった。
その彩が彼女だった……。
琴が前田と付き合うなんて想像したくなかった。
「告るならいつでも協力するからな」
「お前なあ」
そうは言うが、やるなら急ぐべきだ。表向きのスペックだけなら俺は前田に劣る。いや、前田みたいな下衆なことはしないっていうだけで基本的にスペックは劣っているのだが、前田の裏を知らない琴なら、絶対に前田の告白を受けるだろう。もしも前田と琴が付き合うことになったのなら、もう琴と話すこともできなくなる。せっかく学校が楽しく感じられていたのに、元の生活に後戻りだ。
「どうするんだ? お?」
魚沼は歩きながら俺を廊下の壁にぶつけようとしてくる。荷物持ってるから危
ないっての。
「これは、やるしかないのか」
「やるしかないね。手に入れたいなら」
「やるのかー、嫌だー」
「別に初めての告白でもないだろ。過去に全部フラれてますみたいなわけじゃあるまいし」
「そういうのじゃなくてさ」
リスクの恐怖と言えばいいのだろうか。成功するしないに関わらず、告白前の心臓は冗談抜きに爆発しそうになる。あんなもの好き好んで体験したくなんかない。
「で、やるならいつ? 善は急げ」
「んー、少なくとも今日ではない」
「うっわ、そんな気持ちじゃ琴は手に入らぬぞ」
「うるさいな。決めたら言うから」
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