第10話 父と子と
スラファトに連れて帰られたシェリーは、まだ意識を取り戻さずに眠っている母・ベガの側に投げ捨てられた。
「お前はそこでベガの看病でもしてろ」
その態度にシェリーは腹が立った。確かに、ベガが未だに昏睡状態なのは自分のせいでもあることはわかっている。しかし、そんな私に看病を押し付けてばかりで、自分は何もしない父親にシェリーは耐えられないでいた。
「どうしてお父さんは何もしないの。お母さんのこと大切なんじゃないの?」
二人を置いてどこかへ行こうとしているスラファトに対し言う。スラファトは
シェリーに簡単に答えた。
「お前に言われたくない。お前こそ、祭りに行って、その日に会ったばかりの男と惚気ていただろ」
「昴介は関係ないし、しかもさっきの祭りで出会ったんじゃない」
「おい。じゃあどこで会ったんだ。地球で、とか言うなよ」
図星なのでシェリーは何も言えなくなる。
「治療魔法の習得をサボって地球に行った挙句、そこで人間と恋愛だって? ふざけるのも大概にしろ」
「ねえ! どうして、そんなに人間を嫌うの! なんでいつも説明してくれないの! ちゃんと話してよ!」
「黙ってそこにいろ。二度と星から外に出るな」
スラファトはそう言い残すと、姿を消した。
人間のいない、昴介のいない空間に意識のないベガとふたりぼっち。その事実に私は涙を我慢できなかった。
「お母さん……ごめん……。私、どうすればいいかわからない……」
そのままベガの隣に横たわる。
「昴介に会いたい」
星が輝く黒い空を通った流れ星に祈り、目を閉じた。
『地球です。お降りの方は忘れ物のないようにご注意ください』
銀河鉄道は再びあの山の上へ着く。
「私はここで待ってるから、行っておいで」
窓から外を眺めながらリゲルは言って、俺はそれに返事をすると、客車に置きっぱなしにしていた牛乳を持って降車した。
辺りは暗い。本当に三十分くらいしか経っていないのかもしれない。
階段を駆け下り、来た道を引き返す。やがて、白川おじさんと俺が暮らす家の前まで戻ってきた。
深呼吸をして、玄関扉を開ける。
「ただいま」
「遅かったな」
と廊下の先のリビングから白川おじさんの声が聞こえた。
「ちょっと、友達に会ったんだよ」
彼のところまで行き、ビニール袋を差し出す。
「はい牛乳」
「お、ありがとう。ん? なんだか温くないか?」
「冷蔵庫で冷やしとけば大丈夫」
「じゃあ冷やしといてくれ」
俺はカムバックされた牛乳を受け取り、床に散乱した白川おじさんの仕事の資料を避けながら冷蔵庫へ向かう。
牛乳を入れ、棒アイスを一本出してから、本題を始める。
「おじさん、仕事しながらでいいから聞いてほしいんだけど」
「どうした」
パソコンから目を離さずに返事をする。
どう言おうか迷ったが、ストレートに言うのが一番いいだろう。その方が上手く伝えられる気がする。
「俺、このあと、もう一回ちょっと出かけるんだけどさ。しばらく家に戻らないかも」
キーボードを打つ音が止まる。その代わりに、
「は?」
という、いつもより高めの白川おじさんの声が耳に入って来た。
「待て。聞き間違いかもしれない。何て言った?」
「もう一回、出かける。しばらく戻らないかもしれない」
俺は同じ内容をゆっくりと発音する。白川おじさんはいまいち理解できていないような顔をしたが、数秒時間を空けたのち、内容がわかったのか、口を開いた。
「俺も、お前の肉親なら家出の一つや二つは全然させる。構わないよ。でもな、俺はお前を預かった身だ。他の親戚からの目もある。お前に何かあったらいけないんだよ」
「それはわかってる」
白川おじさんは俺の親父の弟にあたる。つまりは叔父だ。母親が俺を身ごもってすぐに親父は自動車事故で死んだ。俺が生まれてからも、母親はまだ一歳になっていない俺を自宅に残して失踪。座敷に一人で寝ている俺をちょうど白川おじさんが発見してくれたらしい。話を聞くと、どうやらおじさんは、母親へその日家に遊びに行くという旨をあらかじめ伝えていたらしく、母親は白川おじさんに見つけさせるために、その日に失踪したのかもしれなかった。しかし、母親が失踪した真の理由はわからないまま、両親のいない俺の子育てを、一人暮らしをしていた白川おじさんが自ら手を挙げてくれたのだ。その恩は忘れていない。
「わかっているけど、助けに行かないといけないんだ。俺の大事な人を」
「助けに行く? どういうことだ。危険を冒すのはやめてくれ」
「危険かもしれないけど、行かないといけないんだ」
「危険かもしれないってわかってるなら、なおさら行かないでくれよ」
おじさんはノートパソコンを閉じて立ち上がる。
「兄貴を失って、お前までいなくなったら俺はどうすればいい? 俺の気持ちを考えてくれ」
「同じような気持ちだよ。俺だってもうあの人を失いたくない。二度も俺の前から消えたんだ。絶対に救い出す」
「お前はまだ高校生だ。彼女のことか何か知らんが、お前たちがしている恋愛の世界はまだまだ狭いんだ。お前たちは大恋愛をしているつもりで、世界の真ん中にいる気になっているかもしれない。わからなくもないさ。俺も昔はそうだった。でも現実を見ろよ。もう高校生だろ」
「あの人がいなきゃ現実を見れないんだよ。現実を実感できないんだ。俺はあの人がいないと生きていけない。あの人も俺がいないと生きていけない」
白川おじさんは、今俺が発した言葉に目を丸くする。その理由を俺が想像できずにいると、
「兄貴も、お前の親父も同じことを言っていた」
さっきとは打って変わって小さな声で呟く。
「お前は兄貴そっくりだ。あいつもずっと、子供のままで、大恋愛映画の主役のようなことをしていた。お前と同じ顔だ」
「親父も?」
「そうだ。両親はいないとかいう、素性の知れない女を連れて来て、その日にこの人と結婚するとか言い出した。もちろん家中大反対だ。それなのに、『二人でじゃなきゃ生きていけない』とか言っていた。蛙の子は蛙だな」
そんなことがあったのは知らなかった。そもそも、おじさんから両親についての話を聞く機会がそんなになかった。
「でも、二人は本当に愛し合っていたように見えた。お前の母さんがいなくなった理由はわからんが、わざとお前を俺に見つけさせた。二人の愛の証であるお前を見捨てはしなかった。お前が間違いなく兄貴そっくりなら、きっとその愛も強いんだろう。あの二人みたいに」
おじさんは「昴介」と、低い声で俺の名前を呼ぶ。
「そんなにその人のことが大切か」
俺は即答した。
「大切だ」
白川おじさんはおもむろに机を離れ、押し入れの戸を開ける。中を漁って大きな段ボールを引っ張り出すと、それを俺の目の前に置いた。
「これは?」
「兄貴の遺品だ。お前に渡したいものがある」
段ボールの蓋を開けたおじさんは、中にある服やノートの隙間に挟まっていた茶色い封筒を取り出した。
「ほれ」
差し出されたそれを受け取り、中身を取り出す。それは五枚の縦長の紙だった。
「何これ」
「短冊らしい」
短冊? 七夕の日に願い事を書いて笹の葉に括り付けるというあの短冊? なぜそんなものが親父の遺品に入っていて、それを俺に渡してくるのだろう。
「最初は兄貴が俺にくれたんだ。なんでも、そこらの短冊よりも願いが叶う魔法の短冊だとか言っていた。しかも、お前の母親からもらったものらしい。胡散臭すぎていらないって言ったんだが、『使わなくてもいいから持っとけ』って無理やり渡されてな。魔法とか意味わからないし、気持ち悪くて使わずにしまっておいたんだ。兄貴そっくりのお前なら理解できて使えるんじゃないかと思って引っ張り出してみた」
まさか、地球で『魔法』という言葉を聞くとは。確かに魔法と聞けば、胡散臭いとか怪しいとか思うのが普通だ。でも俺は既に魔法を見てしまっている。『星の国』を見てしまっている。魔法を信じないわけない。魔法は存在するのだ。
「今日は七夕だし、願掛け程度に使ってみるといい」
「使うよ。魔法の短冊なら必ず願いが叶うはずだ」
おじさんは人間でないものを見るような目でこちらを見てくる。
「おい、まじか。信じてるのか」
「ああ、信じてる」
「まったく、お前には敵わん。事情は知らないが、早くお前の大切な子を助けに行ってあげろ」
「わかってる」
俺は持っていた棒アイスを一口で食べてしまうと、自室に一度戻った。ショルダーバックを手に取り、スマホ、イヤホン、魔法の短冊、ボールペン、それから付き合っていた頃に琴に贈るはずだったプレゼント包装されたままのお揃いのミサンガを鞄に入れた。
そのまま、玄関に行き、廊下に立っている白川おじさんの方を向いた。
「絶対に帰って来るから」
「いいから早く行け」
「ありがとう」
俺はできるだけ丁寧に頭を下げてから、家を出た。今までしたことがなかったから、少しぎこちなかったかもしれない。でも、精いっぱいの感謝を込めたつもりだ。
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