第三夜
第9話 選ばれた招待者
あれから一時間。
俺と星たちは荒らされた屋台の片づけと修理をしていた。
まだ琴のあの顔が脳裏に焼き付いている。
助けを求めるような、絶望的なあの表情。
俺は何もできなかった。せっかく再会できたのに、何も。
「昴介君」
と、リゲルさんが声をかけてくる。
「さっきはすまなかったね。私が来るのが遅れたばかりに。招待しておいて、こんな思いをさせてしまうなんて申し訳ない」
「いえ、俺も悪いんです。俺が諦めずに琴と逃げていれば」
俺の謝罪を聞いたリゲルさんは「何を言っているんだ」と俺の肩を叩く。
「あいつ相手に戦いを挑んだ昴介君は勇敢だよ。きっとシェリーも喜んでいたことだろうね」
「そうだといいんですけど……。そうだとしても……、俺は彼女を、琴を守りき
ることができなかった」
俺が顔を上げられずに、下を向いていると、リゲルさんが屈んで俺の視界の中に入って、下から俺の目を見てきた。
「悔しいかい?」
リゲルさんの言葉に俺は少し苛立ちを感じてしまう。悔しいかだって? 悔しいに決まっている。悔しいってもんじゃない。大切な人を目の前でまた失った感情は悔しいなどという簡単な言葉に収まらない。
「彼女の家庭事情、彼女が地球で君と何があったか。私は全てシェリー本人から聞いてる。だから、彼女と君を助けたい気持ちでいっぱいだ。そして、今回に限らず、反友好派の代表とも言えるスラファトの存在は『星の祭典』運営において大きな障壁だったんだ」
リゲルさんは両手で俺の頬を挟み、無理やり自分の方を向かせる。
「君はシェリーを助けてあげたい。私はスラファトをどうにかしたい。わかるかい? 私と昴介君が目指している未来は同じだ。だから、今年のゲストに君を選んだ」
「……どういうことですか」
「昴介君が良ければ、私に協力してくれないか」
「協力って……何をするんですか」
「あのスラファトに『星の祭典』についてわかってもらう。そしてシェリーを救い出す」
「どうやって?」
そこで、リゲルさんは立ち上がる。
「魔法さ」
リゲルさんの手からは眩い炎が音を立てて燃えていた。俺はあまりの熱さと眩しさに思わず後ずさりしてしまう。
そうか、さっきスラファトに手をかざしていたのは、魔法で牽制するため。俺が躓いた石も魔法で出現させられたということか。
「うちの家系は代々魔女一族でね。実際、この国も銀河鉄道も私たちリゲル族の魔法で運営しているようなものなんだ。もし君が協力してくれるなら、スラファトに対抗できる魔法を教える」
魔法、現実世界においては聞きなれない、夢のような言葉だ。普段なら魔法と言われてもそう簡単には信じないだろう。しかし、実際のこの世界に来てみて、既に魔法のようなこの世界で、魔法と言われると信じるしかなかった。
そして、その魔法が手に入れることができる。もうあの男に叩きつけられなくなる魔法が。琴を救い出してやれる魔法が。
結論を迷う必要はない。
「協力します」
「いい度胸だ……。だけど条件がある。修業は最低でも一年はかかる。ウィリアミーナから『星の国』にいる間は地球で三十分くらいしか時間が流れないって聞いただろうけど、一年間以上も『星の国』外にいるとなれば話は別だよ。しかもその間、地球には帰れない。それでもいいかい?」
長い時間を地球以外で過ごす。俺が地球にいない間に、地球では時間がどんどん進んでいく。そのことになんとなく寂しさを感じたが、幸か不幸か俺は友達が少ない。それに家族も父は幼い頃に失くしたし、母親も子供のころから行方知らずだ。連絡をしなければならない相手などいない。バイト先は、まあいいか。強いて言うなら、白川おじさんだが。
「挨拶をしておきたい人がいるなら、一度地球に戻るべきだ。それからでも十分間に合う」
「いません。俺は早く琴を救ってやりたい」
「いやその反応はいる奴の反応だ。絶対に会っておくべきだ。残される側の身になってみなよ」
俺は琴のことを考える。突然いなくなって、彼女が心配で、恋しく思っていた。気づけば町中で姿を探していた。もちろん見つからず、とにかく寂しかった。
白川おじさんも、きっとそうなるのかもしれない。
「一度、戻ります」
「じゃあ、今すぐ行こう。ネカル!」
リゲルさんはそう言って一人の星を呼ぶ。
「はい? 何でしょう?」
人混みに紛れてメガネをかけた青年が現れる。
「私は急用ができた。これからこの子と地球に行ってその足で私の星まで帰る。後を頼めるかい?」
「はあ? 何言ってるんですか。会長のあなたがいなくて……」
リゲルさんはネカルさんの口を塞ぎ、その続きを言わせない。
「君は副会長だろう。どうにかしな」
「わかりましたよ……」
と、ネカルさんが去っていく。彼の様子を見るに、リゲルさんはなかなか強いリーダーなようだ。
「よし、昴介君、行こうか」
「はい」
俺とリゲルさんが事情をウィリアミーナに話すと、すぐに銀河鉄道を呼んでくれた。
「まさか、あの子があなたの恋人だったなんて」
銀河鉄道がやって来るのを待つ間、ウィリアミーナから聞いたことは、ここに来る際に彼が話していた地球から帰って来る悲し気な子が琴だったということだ。
琴が俺に何も言わずに消えたのは地球にいるとスラファトにバレることを恐れたためだろうか。それで、地球に名残惜しさを感じていたから悲し気だったのだろうか。それはまだわからない。
『まもなく地球行き銀河鉄道が到着いたします』
アナウンスとほぼ同時にホームに銀河鉄道が入ってくる。扉が自動で開くと、ウィリアミーナがそれを押さえ、エスコートしてくれた。
「ありがとう」
俺がそう言うと、ウィリアミーナは俺でも惚れそうになる笑顔を返してきた。そんな笑顔を見て、星同士の間でも美男だ美女だとかいう概念があるのか気になったが、すぐにどうでもよくなった。
ウィリアミーナは俺とリゲルさんが客席に座ったのを確認すると、「ごゆっくり」と言い残して車掌室へと去っていった。
「地球へ行くのは久しぶりだな」
リゲルさんがそう呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。
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