番外編 1-4
僕は焦っていた。
3時間前、今とは別の意味で僕を焦らせた太陽は、西の空を朱く色づかせ始めている。
日の入りまでは約2時間ほどの猶予があるが、前回はこれくらいの時間が経過したころにはショッピングを終えるころだったはずだと考えれば、まだひとつも買うところまで至っていない今回はどこまで時間が掛かるのかと心配になってくる。
今日が普通のデートであれば、ほぼ付き合っているだけの僕は焦る必要なんてないのだが、今日は夏休み。日時を決める際には意識していなかったが、ここから数駅離れた場所では夏祭りが開催されているというのだ。
そして今日はその最終日。夜からは花火大会が予定されている。
新しい地で、初めての彼女と、初めての夏。
知らずに日程を決めていた少し前の自分に賞賛を与えたいほど、恋人にとって完璧な王道シチュエーション。
普通なら誘う一択だと思うのだが、「一緒に花火大会なんて気持ち悪いと思われないだろうか」とか「暗闇で他人に絡まれたりしないだろうか」と考え出すと心配で、夜もあまり眠れず、音無さんに伝えないままデートの時間を迎えてしまった。
今日のデート中も何度か話題を切り出そうとしたが、「タイムリミットを設けてしまえば音無さんを焦らせてしまう」と思ってしまい、未だ言い出せずにいるのが現状だ。花火大会の開始時刻は8時。移動や席の確保に掛かる時間を考慮すれば、ここに居られる時間はあと1時間弱。まだ何も買えていない現状、諦めるのもやむなしだろう。またほかの機会にでも誘えば良いかと思っていた矢先、いきなり音無さんの足取りが変わった。
今までの優柔不断さが嘘のように、店に入っては商品を手に取ってお会計……
というのを繰り返していき、あっという間に両腕が紙袋で埋まった。
僕は目を疑った。特別何があったとも考え難いのだが、たった30分で一連の買い物を済ませてしまったのだから。
「買いすぎちゃったかな」とはにかむその姿には、女性の不思議さと恐ろしさが備わっている気がしてならなかった。
とはいえ、花火大会を諦めていた僕にとってそれは嬉しいことでもあった。
これから会場行きの電車に乗れば、余裕で間に合う時間である。
僕は音無さんの手を引いて、モールに隣接する駅まで歩いた。
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